プロローグ 〜神子の恋と、愛の呪い〜
八百万の神が住まう国で、水の神子が人間に恋をした。さだめに抗う恋と知りながら、それでも、恋を失えなくて――水の神を裏切り、人間と永久の愛を交わした。
水の神は涙を流した。涙は静謐な雨となり、止むことなく降り続けて、彼の国に恵みと災禍をもたらした。
それと時を同じくして、彼の国に隣接する誇り高き王国が、苛烈な旱に苦しんだ。誇り高き王は、彼の国が雨を奪ったと見定めた。彼の国の蛮行を正すと表明して、多大なる軍勢を率いて、彼の国の領地へ攻め入った。
雨は、水の神――ひいては彼の神に仕える水の神子が司るもの。ゆえに、誇り高き王に忠誠を誓う将軍は、水の神子に剣を突きつけた。
返り血に濡れた将軍の前で、水の神子は膝を突いた。
「お腹に子供がいるのです」
「この子に罪はありません」
「この子が無事に生まれた後なら、私は、いつでも命を差し出します」
けれども、神子の温みを宿した涙は、花のような血の赤へと無慈悲に潰えた。
神子の懇願も無惨に潰え、神子の涙を目の当たりにした彼の神は、自身が裏切られたにも拘らず、神子の死に痛切に慟哭した。
彼の神は、神子を愛していたから。
だから、彼の神は応報の呪いを与えた。
神子の願いを蹂躙した将軍に。神子が、守りたいと願った我が子を失ったように――将軍も、守るべき我が子を失うように。
呪いは、将軍の子を奪うはずであったけれども。
けれども、その子を身籠る母の愛が抗った。
「どうか、この子だけは」
「私の命なら、いくらだって差し出します」
彼の神の呪いは、将軍の子を奪えなかった。それでも、呪いが全きに打破されたわけではなく。
母の命と引き換えに生まれた将軍の子――アネット・ド・アヴェンヌ。彼女より後に生まれるはずの子が、ひとえに奪われることとなった。