これから世界は、平和になるはずだ
それから数十年後、私は勇者一行に殺された
の後日談
多分前の話を読んでなくても大丈夫です
百年ほど前から、この世界は大きな争いがなく均衡をたもっている。
理由はある魔法使いだった。
その魔法使いは戦争がおきてると知ればその場へ行き全員殺し、その土地は魔法で焼きつくされる。
平民も貴族も、後方の補給部隊も比較的安全な場所にいた王族すら関係なく戦場にいれば殺される。
ある時、魔法でどこぞの国の旗に大きく書き置きがしてあった。
[戦場にいるなら誰もが死ぬ覚悟があるはずだ。]
これは戦争している場合ではないと国々は一時的に協力をすることにした。
そして相手を人類の敵であるとし、魔王とよぶことに決めた。
まず国よっては魔法使いへの迫害と冷遇がはじまった。
ただ、もともと魔法使いというのは数が少なく、一般人に隠れて生きていたからそこまでは大事にはならなかった。
一部では魔法使いは捕らえられて非道な実験をおこなったり、火炙りにされたりと凄惨なこともあったようだけども。
そんな人々に嫌気がさした魔法使いや魔法使いの家族の普通の人やそれと同じ考えをもつ人は、魔王の城の近くに村を作りそこで生活するようになった。
村はだんだんと発展し、そのうち街とよんでもおかしくないほど栄えた。
土地を肥やす魔法が使える者、狭い範囲なれど天候を操れる者、魔道具を作れる者、そしてそこでしか買えない物を求めて各国から密かに行商人が来るようになっていた。
そこはどこよりも穏やかで幸せな街だった。
ある国は大陸で一、二の大きさを誇り、周りの国と協力して魔王討伐に向けて準備をすすめていた。
各国からの支援、人も金も武器も揃え、あとは機が熟すのを待つだけだった。
魔王について解ってることは魔王本人は戦争と自身への攻撃が無ければ魔法を使わないこと。
そして常に魔王とそう歳がかわらない見た目の女の子を連れていること。
その二人は大抵は浮遊して移動し、時として瞬間移動してるようだということ。
自称魔王軍はあるが、魔王はそれを認知してなさそうであること。
ただし戦闘力は自称であっても強い者が多数おり、また残忍な性格をしてる者も多く、村への殺人や略奪行為を行う者もいること。
何度か魔王の城まで偵察隊を送り込んだが、ある程度の距離を取っているならば魔王軍に見つからなければ無事に帰ってこれた。
ただし距離の関係なしに魔王軍の好戦的なのに見つかれば戦闘は避けれず、全滅も多々あった。
ここに魔王討伐の勇者にされた者がいる、この国の第四王子だ。
母は貧乏な男爵家の出身で城へ下働きしてるところをたまたま王の目にとまり一晩だけ遊ばれた。
そして産まれたのが王家の髪色と眼の色を持つ彼だった。
王の血をひく子が産まれた以上しかも母親はたとえ没落寸前といえ貴族であるから、王は仕方なく側室にしたが一度も夜の渡りはなく勿論寵愛もなく、皇后にも皇妃にも目をつけられぬように後ろ楯のない母子は離宮で息をひそめて暮らしていた。
目立てば殺される。否、目立たなくても殺される。
身分の低い女というだけで皇后や皇妃からは疎まれ、また王位を狙う兄達からしたら例え王位を争う可能性が低くともほんの少しでもその権利を有してる弟など目障りな存在だ。
事実、彼は何度も毒を盛られ死にかけ、馬車に乗ってる最中に馬が暴走した事もあったし他にも数えきれないほど色んな事があり死は身近にあった。
母親も毒か、それとも繊細な心の持ち主だった彼女はこの殺意溢れる場所には体も心もあわなかったのか、彼が十になる前に儚くなってしまった。
それから暫くして彼が15歳になった時のこと。
はじめて父である王によばれ本城へ行って告げられたのは魔王討伐。
それは彼に拒否権が無い、決定事項だった。
魔王の城までは騎士団と数千の兵士がついていき、歴代の最高傑作である人工の魔法使いと現人神とも言われる死以外は治せる聖人も同行すること。
そして、この件がうまくいけば同盟国の王女と結婚させ、そこの王となることを約束すると宣言された。
彼は剣の腕も何も特別秀でたものは無いことにしてた筈なので、はじめは死んでこいという話かと思った。
しかし話を聞いてると違うとわかり、困惑して王に問うた。
ーしかし、父上。私には魔王を倒せる力などありません。そんな私がどうやって倒すというのでしょうか。
それを聞いてる王は鼻で笑った。
ー私が知らないと思っているのか。お前剣術の授業、かなり手を抜いているだろう。それにこれを持っていけばいい。
王の側使えが持ってきたのは真っ黒な剣だった。
ーその剣は魔法ですら切る、まあ最悪お前が死んでもその剣と聖人だけは王都へ帰還させよ。出発は6日後。
そう言うとまるで汚いものを追い払うかのように手をふり、彼を下がらせた。
これが彼がはじめて父親という存在とした会話の内容である。
出発が6日後ということはすでに全ての用意が整っていたのだろう、知らぬは自分だけだったということ。
王子は自分の惨めさに笑ってしまった。
それから旅の準備で忙しくなるかと思いきや全ての準備はしてあり、あとは魔法使いと聖人を待つだけだという。
そして出発の日、はじめて魔法使いと聖人に会ったが、魔法使いは妖艶な色気をまとった美女であったが必要以上に腰が低く、聖人はアルカイックスマイル浮かべており王族の人々をみてるようで言い知れぬ胡散臭さを感じた。
兵士と騎士団に守られながら三人は馬車にのって魔王城へと向かっていく。
途中、何度も魔王軍なるものに出会ったが兵士達が倒していった。
私達三人は魔王城まで馬車から降りることを司令官に止められてしまった。
御身を守る為と言ってたが、剣と聖人を守る為だろう。
休憩と野営の時だけは馬車からおりることが許可されていた。
こうなると馬車に乗っているだけでやることがなかった。
ある日、王子は魔法使いに聞いた。
「人工魔法使いと聞いたが、人工とは何だ?」
軽い気持ちで聞いて凄く後悔した。
「えっとですね、私達は人から産まれたのではないのです。」
「人から作られた存在ですし肉体もかわらない構成なんですけども、培養器から産まれ、育てられたのです。」
「そして私はこう見えてもまだ九歳なのです。」
どうみてもその倍以上の歳にしか見えないのに、赤く魅力的な唇を歪ませて笑いながら発育が良い胸を張って言う。
「人工魔法使いは育つのが早く、また、魔力の大きさに身体がついていかないので死ぬのも多いのです。」
「私の歳まで生きれるのも少ないですし、私ほど優秀なのも初めてだそうです。それに人工魔法使いが施設から外に出るのも私が初めてかもしれません。」
自分から聞いたくせになんと返事をしていいか解らなくて、とりあえず飴を渡しておいた。
同じ話を聞いた聖人はそうなんですね、と言いながら相変わらず何考えてるか解らないほほ笑みをたたえている。
魔王城までの道のりが遠い、何度も思ってたことだったが今日はとくに強くそう思った。
それからも私達は順調に進んでいった。
魔王城に近づくに連れて兵士と魔王軍の戦闘は激化し、死亡者も怪我人も桁違いに増えていった。
それでも私達は関わらせて貰えなかった。
体がなまらないようにトレーニングをし、安全なときには騎士と手合わせをする。
そうして進んでいると、濃い霧の森の中へと入っていった。
此処をぬけると魔王城と街があるはずなのだが何日たってもぬけれず、ある兵士が機転を利かせてつけた目印によって同じ所を彷徨ってるいることが解った。
そこで初めて魔法使いが動くことになった。
この霧をはらし、森をぬける為だ。
魔法使いが呪文を唱え杖を一振りのすると、霧は嘘のように消えていった。
馬車にもどってきた魔法使いが言った。
「あれは魔王や街に悪意がある人のみに作用して出現する霧でした。」
魔王はともかく街にも、か。
この先、街はきっと地獄になるだろうと他人事のように思った。
魔王の街など、その存在が許される筈がないからだ。
例えそれに魔王が関わってなくても魔王に傾倒してる人が住む街など、あってはならないのだ。
街の手前についたのだろう、馬車は止まり騎士から掃除をしてくるので暫く待って欲しいと外から声をかけられる。
そのあと遠くから酷い悲鳴や兵士達の笑い声が聞こえ、魔法使いが辛そうな顔をしてそっと馬車に防音の魔法をかけた。
暫くして自分の所のカーテンを少しめくり外を見てみると街からは火の手があがっており、ちょうど戻ってきた兵士達が略奪してきたであろう物を見せびらかしてる所だった。
血のついた宝飾品、魔道具、そして幼い子供。
子供はたぶん魔法使いではないのだろう。
何の為に連れてきたのか解らず見ていると、兵士達がその子供に的に笑いながら弓を引いていた。
わざと子供を逃がし、しかし逃げ切れるはずもなく。
致命傷になるような場所はなるべくさけているのか殺傷能力が低い矢を使っているのか、何度も何度も小さな体には矢が刺さり、それでも必死に逃げる子供。
ついに倒れこんで動かなくなった時、その身体には数えきれないほどの矢が刺さっていた。
私に彼らをとめる力はない。
彼らは王命を受けているのだ、そして敗者を蹂躙するのは勝者の特権だ。
それを覆すほどの命令をする権力を自分は持っていない。
「顔色が悪いようですが大丈夫ですか。」
自分の隣に座っているのだから、カーテンの外の出来事も見えていただろうに聖人が平然と言う。
体調が悪いなら聖力を使いましょうかという申し出を断り、彼に底知れない気持ち悪さを感じた。
そうしてとうとう魔王の城へついた。
思ったよりも小さな城だった。
騎士いわく、先に送り込んだ者によると魔王とその側近以外はこの城には居らず、側近は滅多に姿をみせることなく攻撃してくることはない。
魔王も戦いの意志が無い者には手は出さないという。
「ここから先は三人でお進みください、我らはここで帰りをお待ちしております。」
そう告げたとき私にだけ聞こえるように、貴方がトドメを刺すのです。必ず、貴方が。
王からの伝言であろう言葉を言って私達を城の中へと見送った。
城のなかは物がなく、人の気配もない。
そしてどの部屋の扉も開かず、まるで誘われてるように小さな城には不釣り合いの大きな両開きの扉の前まできた。
多分、この先には魔王がいる。
皆の顔を確かめ、頷きあい、扉を開いた。
そこは不思議な空間だった。
この城には不釣り合いなほど広い空間だった。
もしかしたらパーティーの為の場所だったのかもしれないが、その為の彫刻も装飾品も何もなく。
ただ部屋の真ん中に床につくほど長い髪の少女がぼんやりとした表情で窓の外を見ながら立っていた。
先手を打ったのは魔法使いだった。
魔王がこちらを見るより先に攻撃魔法を撃った。
それを見て魔王が笑いながら手をふると魔力の盾が出現し、魔法使いの攻撃を防いだ。
「戦いにきたんだね、待ってたよ。最近はどこも争わないし、誰も遊びに来ないから。」
魔王が浮かびながら攻撃を撃ってくる。
それを魔法使いが魔力の盾で防ごうとしてしきれず、盾が割れ魔法使いが血を吐いた。
聖人がすぐさま治し、魔法使いは連続で魔王に攻撃を撃つ。
聖人が魔法使いを治したとき魔王は少し驚いたような顔をしていたが、すぐにまた笑いながら攻撃をしかけてくる。
魔法使いに援護してもらいながら剣で斬りかかるが魔王はこちらを見ずとも魔法で防いでしまう。
魔王の攻撃があたり、何度か体が傷ついたがその度にすぐに聖人が治療する。
攻撃を避けきれず魔力の盾も出せなかった魔法使いが黒焦げになった時ですら、無言で治療し回復させてみせた。
本当に、彼は死んでなければ何でも治せるのだ。
何故か魔王は聖人には攻撃してこなかった。
彼を殺せば彼女にとって有利な状況になるだろうに。
魔法使いが何度も魔法を撃ち、隙ができたら斬りかかる。
魔王は多分手を抜いている。
遊び感覚なのだろう、凄く楽しそうに応戦してくる。
こちら三人はもう聖力、魔力、体力の限界である。
魔王もそれを察したのか、首を傾げてもう終わりなの?という表情をしている。
次で決めれなかったら私達の敗けだ。
二人に目配せをし、魔法使いがありったけの魔法を連発して撃つ。
その隙に私が魔王に斬りかかろうとして、魔王がつまらなそうに魔法使いの魔法を防ぎながら私に攻撃してきた。
「それはもう何度も見たよ。」
そして、そのまま魔法にやられる筈だった私の背中から聖人が、私ごと魔王に魔力すら切れる剣を突き刺した。
向かい合っていたから魔王の表情がよくわかった、彼女はなぜか驚きと少し喜びに満ちた顔をして微笑みすら浮かべていた。
私の心臓ははずして何度も何度も、彼は私を通して魔王を刺した。
魔王が動かなくなると、すぐさま聖人は私を回復させ私の手に剣を握らせた。
そう、とどめを刺すのは私でなくてはならないのだ。
魔王が血を吐きながらいう。
「面白いね、最初からそうするのが狙いだったの。そんな剣があるなんて知らなかった。」
それに答えず魔王の首をはねた。
ともすればただの少女にも見える魔王の細い首は呆気ない程、簡単に落とせた。
終わった!勝ったのだ!
喜びにあふれ、二人の方を振り返ると魔法使いが身体の至るところから血を出しながら倒れていた。
「魔法、使いすぎたみたいです、身体が、魔力が、ついていけてません、体の限界がきました。」
聖人が必死に治そうとしてるが全く良くならず、それどころか治そうとする彼の手を制して言った。
「はじめて乗った馬車、甘かったあのお菓子、外の空気、森の匂い、すごく、楽しかった、幸せでした。」
そうして、魔法使いは笑顔で血だらけになり死んだ。
魔法使いの死体を囲んでいると、魔王の亡骸のほうから物音がした。
みれば魔王とそう歳がかわらないであろう少女が魔王の頭を抱えている。
「先生は負けたのですね。」
こちらはもう戦えない、死を覚悟したが少女は魔王の頭を大事そうに抱えて、戦うつもりはありませんと言う。
「私は先生の望みを叶えたかっただけ。最後に先生が好きだったものを。」
そう言って杖を一振りし魔王の頭ごと姿を消した。
室内なのに上から、白い花弁、いや、雪がふってきた。
ー先生は雪は全てを隠してくれるから良いと、好きだと言ってました。その白さで何もかも隠すからと。
姿はみえないのにまるで耳打ちされたかのようにすぐ側で声が聞こえた。
触ると溶けるのに不思議と冷たさを感じない雪は、魔王と魔法使いの死体を隠しはじめていた。
それを見ながら聖人との約束を守る為、もう一度剣を握る。
そこではじめて、聖人が本当の笑顔を浮かべた。
城から出た私を出迎えた騎士達は安堵の表情を浮かべたが、魔法使いも聖人もいないことに気づくとそれ等について聞いてきた。
魔法使いは魔王との戦闘で魔法を使いすぎて限界がきてしまったこと、聖人は戦闘に巻き込まれてしまったこと。
魔王の首は正体不明の少女が持っていってしまったが、死体は城の中にあることも告げて馬車で休ませてもらうことにした。
魔王の城の中で聖人にお願いされたことがある。
「この戦いがおわったらどうか私を、俺を、殺してください。」
それは旅のなかで、はじめて見る彼の必死な表情だった。
最初は教会で身分関係なく様々な人の治療にあたっていたが、そのうち王侯貴族だけを治すように言われ、また拷問の際にも協力するように強制されたらしい。
治せるとわかると拷問はより一層酷いものになる。
もし魔王がいなくなったら、また国同士の争いがおきるだろう。
その時に自分のせいで争いがおきる可能性もあるが、何よりも拷問の手伝いをしたくないと。
もう人の醜いところはみたくないと。
お願いしますと、床に座り込むどころか手をついて頭を下げて頼み込む姿に私は何も言えなかった。
魔法使いが聖人を悲しいもの見る目でみつめていた。
魔王を倒せたら、必ず。
私はそう言うしかなかった。
すると聖人は安心した表情になり、立ち上がり、なら一層頑張らないといけませんね、と笑った。
彼は私の手によって神のもとへ、死の国へと旅だったが、たどり着く先が良い場所であるといいと思う。
城の外にも雪がふってきた。
全てを隠してくれる雪は、きっと兵士達に弄ばれた子供の死体も隠してくれるのだろう。
最後に聖人に聖力で治してもらったはずなのに少し疲れたから眠ろうと思う。
次起きたらきっと外は美しい白銀の世界になっているだろう。
そう思いながら瞼をとじた王子は二度と目を覚ますことはなかった。
「先生、みてください。雪ですよ。」
首を抱えて少女はとびながら言う。
楽しかったですか?幸せでした?
あの剣は予想外でしたね、きっと使い手の命と引き換えに力を発揮するのでしょうね。
ひとしきり話したあとに急に黙りこんで彼女はポツリと呟く。
「返事がほしいです、先生。」
雪はそれから長いこと降り続き、国中を白く染め上げ、それはそれは美しい白銀の世界を作り出した。
そうして魔王はいなくなって、世界は平和になったのである。
〆