使えるかどうかは人次第
あらアマンダ、どうしたの?
え? 聞きたいことがある? 構いませんよ。
婚約者? あら、まぁ、何かあったの?
えぇ? 貴方のスキルについて文句を言われた?
あら、文句という程ではない? 使い道がない?
うーん、そうかしら? 私は貴方の母親だから親の欲目かもしれないけれど、でもアマンダ、貴方のスキルは使い道がないなんて思わないわ。
そうね、私のお母様の話をしましょうか。
そう、アマンダ、貴方の祖母ね。貴方が小さな頃に亡くなってしまったから、アマンダはほとんど憶えていないかもしれない。あら? 一度だけ頭を撫でてもらった事は憶えてる? まぁ、そう。ふふ。
お母様はね、岩の神の祝福を受けていたわ。
けれど小さな石ころしか出せなかった。
だからね、お母様が小さな頃は色々と馬鹿にされていたようよ。
他の岩の神の祝福を受けた方々のスキルは、大きな岩を出せたりできたのにお母様はどれほど頑張っても小さな石ころが限界だったのですから。
でもね、お母様は諦めなかった。
小さな石ころでもきっと何かの役に立つ。そう信じて幼い頃から必死にスキルを磨いてきたわ。
えぇ、アマンダ、貴方にも伝えたわよね? どれだけ使い道がないように思えてもスキルは使えば使うだけ上達するから、とにかく使う事って。その教えはお母様譲りなのよ。
お母様はね、お父様と結ばれる前に別の人と婚約していたのだけれど、その人がまぁ嫌な人だったみたい。
お前みたいな役立たずのスキル持ちと結婚なんて! って頭ごなしに決めつけて扱き下ろしていたそうよ。その時はお母様もまだ自分のスキルの可能性を信じ切れず、落ち込んだりもしたみたい。
でもね、それでもある日、お母様は小石以外の物を出す事に成功したの。
嬉しくて、婚約者に見せようとしたみたいよ。これで少しは見直してくれるかしら、って。
でもその時にはね、婚約者はお母様の事なんてとっくに見切りをつけていたみたいで、他の相手と結婚しようとしていたみたい。
えぇそうよ。婚約を解消する以前に別の女と。いやぁね、順序って大事よ。いくらお母様のスキルが使えそうにないからって、それでお母様を蔑ろにしたい気持ちがあってもそこで婚約を続けたまま他の女となんて、ただの浮気じゃない。せめて婚約を解消しようと告げればあの時のお母様だって反対しなかったはずよ。
それなのに婚約者はお母様を貶めたいばかりにあるパーティーで浮気相手をエスコートして、大勢の前でお母様に婚約破棄を突きつけたの。
確かにお母様のスキルはしょぼく見えたかもしれないけど、だからって貶めていい理由にはならないし、婚約破棄を突きつけるにしてもお母様の有責にはならないわ。
お母様が努力をしていたのは大勢の方々が知っていたし、
あぁ、その時に私もいたなら不誠実な婚約者に鉄槌を下せたものを。
まぁ、私が生まれる前の話ですもの。そこは仕方ないわね。
流石にそこまでされて婚約者に縋り付こうなんてお母様も思わなかったみたい。
婚約破棄を改めて突きつけたわ。理由は勿論相手の不貞。証人が大勢いる中でやらかしたのだから、言い逃れなんてできなかったわ。愚かよねぇ、素直に当事者同士で話し合って解消していれば、あの家だって没落しないで済んだのに。
没落した理由?
まず、お母様を捨てた事。これに尽きるわ。
お母様はスキルで小さな石しか出せないとさっき言ったでしょう?
でも頑張って努力して、ただの石ころ以外の物も出すことに成功したの。
それはね、宝石よ。
大きな物は無理だったけど、でも小さなサイズの宝石なら出せるようになったの。
うちの領地にある鉱山、ちっぽけで収入源には到底ならないけど。でも、お母様がスキルで出した宝石の隠れ蓑にはなったわね。
小粒だけど良質な宝石がザクザク、なんて。人によってはとても夢溢れるものよね。
装飾品には使えなくてもドレスを飾るのには使えるし、しかも種類も豊富。
お母様のおかげで我が領地は潤ったわ。
ま、お母様が亡くなったからあの頃のようにはもういかないけれど。
それでもお母様は生きている間に精力的にスキルを使って我が家を富ませ、財政を潤してくれた。得た財産を他の方法で増やしていけば、私やアマンダ、それにこの先の子孫も豊かな暮らしができるでしょう。
えぇ、元婚約者はそんなお母様を捨てた見る目のない男として社交界で笑いものになったみたいよ。
お母様を捨てて選んだ浮気相手の女性のスキルは確かに石ころしか出せなかったお母様と比べれば素晴らしいものだったかもしれない。でも、お相手のスキルってデザイン関係だったみたいで、お母様の宝石を使ったドレスとか、そういったものをデザインしたくて、でもお母様との関係を考えたら気安く声なんてかけられないでしょう?
そういう意味でもさぞ悔しい思いをしたみたいよ。
貴方が浮気なんてしないで普通にお母様を紹介してくれていれば今頃私は理想のドレスが作れたかもしれないのに! って。
身勝手な話よねぇ、聞いた話じゃお母様の事、陰で一番笑い者にしてたのはそのお相手の方だったみたいなのに。
それに大勢の前での騒動でしょう?
元婚約者は不誠実な人間だと周囲に知らしめてしまったし、お相手の女性も婚約者がいる男性に言い寄られて軽率に靡いた尻軽、なんてこそこそ言われてたもの。
スキルの力で素敵なドレスが作れるからって言われても、そんな不誠実な女性が作ったドレスとか縁起が悪くてだぁれも着たいとは思わなかったみたい。それまでは彼女のドレスを着るのが一種のステータスだったこともあったみたいなのに。
そう? アマンダもそう思う?
やっぱりねぇ、いくら素敵なドレスでも作った相手がとんでもない人だってなっちゃうと、いわくつきになっちゃうのよねぇ。裏方に徹して表に出てこなければ、浮気の事実が周知されなければまだどうにかなったかもしれないのに。
でもそれだけなら、元婚約者の家が没落するまではいかなかったのよ。
確かに醜態晒して周囲から遠巻きにされたりもしたけれど、でも挽回の余地はあったはずなの。
でもね、お母様は大勢の前で婚約破棄を突きつけられて、自分が今まで努力していたスキルについても散々馬鹿にされて腹に据えかねていたの。そうよね、ちょっとした愚痴で済むならまだしも、大勢の前でわざわざ無能みたいな言い方されたら誰だっていい気分はしないわ。むしろ喧嘩売られたと思ったっておかしくないわよ。
捨てた女が実はとんでもない金の卵の作り手だった、なんてだけでも相手からすれば痛手だけど、お母様はそれ以外にもこっそりと誰にもバレないように仕返しをしたそうよ。
えぇ、私にこっそりと教えてくれたわ。
お母様はね、大勢の前で婚約破棄を突きつけられて逆にこっちから突きつけ返した後、両家の当主や当事者同士で後日婚約を破棄する書類を用意した時に元婚約者にこっそりと仕返しをしたそうなの。
アマンダ、貴方、尿管結石ってご存じ?
そう、知っている。えぇそうよ。とっても痛いらしいわね。むしろ痛いなんて一言で済ませられないくらいの苦痛らしいわね。出産の痛みとどっちが痛いか、ですって?
比べるものではないわよ。痛みの傾向が違うもの。
貴方が一番仲の良いジョゼットとお母様、どっちが好き? って聞かれても困るでしょう?
家族としてどっちが好き? ならジョゼットは家族じゃないからお母様と答えてくれるでしょうけれど、お友達としてどっちが好き? ならジョゼットと答える、でしょう?
好きにも色々あるもの。痛みだって色々あるのよ。無理に一つに纏めようとすると拗れるの。
それで……そうだったわね。尿管結石。
お母様は小さな石ころを作る事ができたって言ったでしょう?
両家が集まって書類を提出する際、元婚約者にお母様はこっそりとスキルを使ったわ。
えぇ、体内に小さな石を仕込んだの。
大きな石や岩は出せなくても小さいものならその頃のお母様は自在に出せたそうよ。修練を重ねた結果ね。
大きさを変える事ができなくて、そこそこ大きな石しか出せなかった、とかならそんな事をした時点ですぐに発覚したかもしれない。でも、極小サイズの石は気付かれなかった。
尿管結石って腎臓から膀胱をつなぐ尿の通り道とも言える尿管に沈着して固まる事でなってしまうのだけれどね? その際に腰痛や腹痛といった症状が出る事もあるんですって。前兆というべきかしら。
他にも症状はあるようだけど、決定的なのってやっぱり用を足した時に激痛が、とか血尿が、とかになると思うのよ。
お母様はスキルで膀胱の中ピンポイントで元婚約者に小さな石を発生させた。だから前兆らしい前兆はなかったみたい。
そうして相手が気付かないまま婚約を破棄して、その後よ。
元婚約者が地獄を見たのは。
生きてる限りはどうしたってトイレは利用するでしょう?
垂れ流すわけにはいかないもの。
でもとても痛い。出したくない、でも出さないと事態は解決しない。嫌なループよね。
痛みにも波があるから痛くない時もあれば立っていられないくらい痛い時もあったみたい。
あまりの痛さにトイレに行きたくなくなって、そうなると水を飲まないようになったりするけどそうしちゃうとお母様が体内に発生させた石に他の老廃物の成分がくっついたりして、更に成長したりするんじゃないかしら。流石にそこまで詳しくはお母様も知ることができなかったみたいだけど、別にね、お母様だって相手に今までの反撃を兼ねて発生させた石は、ほんの数個だったのよ。膀胱の中が石でみっしり、なんて事は流石にしていなかった。
だから、さっさと水分を大量に摂取して痛くても出し切ってしまえば、それで治るはずだったのに。
水分をとらないでトイレに行かないようにした結果膀胱の中で石が育っちゃったみたいで。
王都で一番のお医者様にかかることになって一応、石は出し切れたみたいだし他の後遺症もなかったようだけど、トイレに行くのがすっかりトラウマになってしまったみたいで。
お医者様に適切に水分をとったり運動もするように、って言われたらしくそれは実践していたみたい。
でも、自宅ならトイレに行くのも万が一また再発して痛みがあってうっかり叫んだとしてもまぁ自宅だもの、そこまで事件にはならないけど社交の場でそうなったなら、どうしたって噂にはなるでしょう?
それを危惧した結果、元婚約者は社交の場から遠ざかって、浮気相手とも上手くいかなくなって廃れていったのよね。
お母様は内緒よ、って言ってたけどもう時効よね。当事者どちらも生きていないんですもの。
だからね、アマンダ。
貴方のスキルも使い道がないなんて事は決してないわ。今は使い道が思いつかなくても、いつか使える日がやってくるかもしれない。
むしろただ使えないなんて文句を言うような婚約者と、貴方本当にこれから先上手くやっていける?
今ならまだお互い縁がなかった、で解消することも可能なのよ?
そう?
いいのよ無理なんてしなくて。
我が家は生活に困っているわけでもないし、派閥の関係上何が何でもあの家と縁を結べなんてわけでもないのだから。
私はね、アマンダが幸せになれる相手と結婚してくれるのが一番嬉しいわ。
えぇ?
私のようなスキルなら良かった?
自分のスキルじゃどう頑張っても役に立てそうにない?
もう、言ったばかりだけど、なんでも使い方次第よ。貴方が幼い頃から私は貴方にスキルの精度を上げるために修練だけは怠らないように言い続けて、貴方は必死に努力した。
それでも私みたいに、植物の成長を促すスキルの方が良かった?
もう、卑屈になっちゃって。
わかった、本当なら自分で気付いてほしかったけど、私も貴方の母親だものね。娘の幸せのために一肌脱ぎましょう。
今の婚約を解消して、辺境伯のところに打診するわ。
そうね、あの辺境伯よ。多くの令嬢たちの恋心を掻っ攫ってる麗しの君と呼ばれてるあの。
え? 受けてもらえるとは思えない?
何言ってるのむしろ喜んで受け入れられるわ。
だって貴方のスキルは即戦力になれるくらい洗練されているのだから。
いい、アマンダ。
貴方は自分に価値なんてないみたいに思っているかもしれないけれど。
辺境伯から見たら貴方はまさしく救いの女神にだってなれるわ!
貴方の事をよく知っているこの母が言うのです。信じなさい。
――数年後。
あらアマンダ、久しぶりね。
まぁ、子供が。
それじゃあ私もおばあちゃんなのね。感慨深いわ……
それで、どう?
旦那様とは上手くいってる? 聞くまでもないわね。
えぇ、わかるわ。だって貴方が抱いてるその子が証拠みたいなものじゃない。
私にも抱かせてくれるの?
あらあら、まぁ~、ちっちゃいわねぇ、アマンダが生まれた時と同じくらいだわぁ……
え? なぁに?
そう。良かったじゃない。辺境伯のところはいろんな植物が生息してるけど、貴重な植物が他の植物に育成を阻害されてこのままじゃ絶滅するかも、ってなってたもの。
だから貴方の植物を枯らすスキルは有用だと思ったのよ。
修練を重ねて自在に使いこなして特定の植物だけを枯らせるようになってた貴方なら、貴重な植物を除いて枯らしたいやつだけ枯らすのは余裕でしょう?
駆除したい植物ってね、意外としぶといから引っこ抜いてもほんのちょっと根が残ったらすさまじい再生力を発揮するものね。
そのせいで辺境伯のところ、魔境みたいになってたでしょう?
他にも植物を枯らすスキルを持ってる人はいるけど、使い道がないからって使わないままだと、特定のやつだけを枯らすとかじゃなくて一定の範囲内の植物全部枯らしちゃうものね。
そうなると貴重な植物諸共、なんてことになりかねないし。
だから自在に使える貴方はまさしく辺境伯の求めていた理想の人材。
しかも若くて可愛い娘。
そりゃもう辺境伯だって逃がすものかと婚約の話持ち込んだ時点で即決するわよ。
え? 元婚約者の領地がとんでもない事になってるって聞いた?
まぁそうね。
えぇそうよ。私がやったわ。
だってあのボンクラ、貴方が嫁いでいったあとで、社交界で貴方のない事ない事捏造たっぷりだったんだもの。貴方の耳に入らないからって何言ってもいいわけないじゃない。私の耳に入った時点であの家は私を敵に回したのよ。
だからあちらの領地に行って、ちょっと植物を成長させただけよ。
ほんの数株ミントを植えただけ。
そしてそのミントがちょっと領地内ですくすく育ちすぎてるだけ。
えぇ、他の作物押しのける勢いで繁殖してるみたいね。
ふん、今頃になってうちにアマンダの事を聞いてきたけど、とっくに嫁いでる相手を呼び戻してなんてやるものですか。大体、そのアマンダの事を役立たずって言っておいて虫が良すぎるわ。
直接貴方にそう言ってなくても、貴方が辺境伯のところに行った後であのボンクラそうやって笑い者にしてたのよ!?
は、精々必死にミントをむしり続けるがいいわ。他にも植物を枯らすスキルを持ってる令嬢は探せばいるでしょうけど、貴方のように研鑽を重ねていなければ一定範囲をちょっと枯らすだけでしょうね。根こそぎ枯らせなければあれはスクスク育つわよ。
逃した魚の大きさを知ればいいのよ。
領民にはちょっと悪い事したかなって思ってるけど、ここぞとばかりに領民が他の土地に移住してる時点で領主として民の信頼も信用もなかったみたいね。近いうちに爵位を返還するんじゃないかしら。
えぇ、そうなったら私もスキルでこれ以上ミントの成長を促したりなんてしないわ。
あの家が爵位を返還した後で、あの領地がどうなるかはわからないけど……そうね、押し付けられた相手にミントの使い道をたくさん考えてあるから、その時は後始末をつけに行くわ。
流石に私だって娘に後始末を任せたりしないわよ。
安心して貴方は辺境伯のところで幸せになりなさいな。
それが、母の願いですもの。
次回短編予告
城砦都市の治安を維持する騎士たちにとって、仲間の一人の女騎士の存在は癒しでもあった。
しかしそんな騎士はある時から恐怖の存在となってしまったのである。
無邪気にやらかさないでほしい! 切実に!
そんな騎士たちの日常のほんの一コマ。
次回 命まではとってませんよ
今月中の投稿か来月最初あたりの投稿予定。