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小原結衣の隣の席にはクラスカースト最上位の二人がいる。
一人は右隣りの男子の倉橋康太。彼は一年生の夏休みが終わった時点で十人以上の女子から告白され、男子からも人気がある。
整った顔に高身長、一年にして運動部でレギュラー入り、体育祭でも大活躍で学年問わず話題になったような人気者だ。
そして、左隣の女子の御蔵陽菜乃。彼女は派手なギャルと言った雰囲気で、金髪にピアス、派手ではないがメイクもしていたりと、クラスどころか学校でも特に目立つ一軍美少女だ。孤高のクール系女子と言った雰囲気だが話してみれば人当たりはよく、こちらも男子人気は勿論、女子人気も高い。
なのでどちらも下心を持って近づく人が多い。それは好意であったり自分の立場のためであったり、様々だ。
そんな二人に挟まれている結衣は普通の女子だ。それなりに顔がいい方である、という自覚をしているくらいの容姿ではあるが自分から人に話しかけることはないので、影が薄い。人と話す時と言えばふと康太に話を振られた時くらいであり、それ以外は基本一人で本を読んでいるタイプだ。
しかしなぜか、席が近いからなのか、たまに康太が話しかけてくる。
「なあ小原、すまん、数学の課題見せてくれ!」
「えー、まあいいけど」
「あ、あたしもおねがーい」
「陽菜乃も?」
「昨日康太とゲームしてたら熱中してさー」
「ああ、付き合ってたら気付いたときにはな……」
「はぁ。てか、陽菜乃ってそんな遅くまでゲームするタイプだっけ」
「いや、普段はしないけど、康太がやってんの前に見て気になって買ってみたんだよね。キャラ可愛いし、結構簡単みたいだから。そんで教えてもらってたらハマっちゃった」
「なるほどね。まあいいけど……ココアラテね」
「「あざす!」」
二人は同時にそう言うと、結衣の取り出した課題のプリントを映し始めた。相変わらず仲が良いなと生暖かい目で見ながら、結衣は小説を開く。
さほど長い課題ではないので、すぐにプリントが帰って来た。それを受け取って続きを読もうと思っていたら、今日は珍しく話が続いた。
「そういえば結衣ってゲームとかしないの?」
「うーん、ソシャゲくらいはちまちまやってるけど、買い切りのゲームはあんまりかな」
「そっかー」
気のせいだろうか、陽菜乃の声が少し寂しそうに聞こえた。
「いや、あたしが始めたの、元のゲームが結衣がやってるやつって康太が言ってたからさ、やってんのかなーって思ったんだけど」
「まあ、特典欲しいからって買いはしたけど、全然やってない」
「えー、なら一緒にやろうよ!」
「んー、まあ、いいけど」
「やった。じゃあ今日結衣の家行っていい?」
「まあいいけど……なんか珍しくグイグイ来るね」
「そ、そう?」
「ほら、普段グループで遊ぶときくらいしか誘われないから」
「あー、確かに?」
基本結衣の交友関係は受け身で、席が近い康太や陽菜乃に誘われたら遊ぶ、といった感じだ。
「まあいいや、どうせ今日親もいないだろうし」
「そうなん?」
「どっちも夜勤」
「あーね。あ、それなら夕飯作ったげよっか?」
「それは嬉しいけど……」
そこまで仲が良いわけではなかったが、なぜここまでグイグイ来て、しかも尽くしてくれるのだろうか。康太ともたまに話すので牽制のつもりなのか、それとも純粋に友人(推定)としてなのか。逆に怖くなってしまう。
「じゃ、放課後よろしく~」
それから放課後。
これと言って休憩時間に話したり、一緒に弁当を食べることもなく、ただ隣の席同士として過ごした。
今朝のあれは何だったのだろうと疑問を抱きつつも帰り支度をしていると、離れた席の友人と話していた陽菜乃がやって来た。
「結衣、帰るの?」
「うん。陽菜乃は?」
「結衣が帰るならあたしも帰るー」
「ん。じゃあ待ってる」
結衣が教科書をバッグに詰め、友人たちに「また明日ー」と挨拶して回る陽菜乃について行って、二人で教室を出る。
ただでさえ目立つ陽菜乃が普段一緒にいない女子といる、ということだけで周囲は何やら話している。結衣の立場的にはカースト下位でもないが上位でもない、人との関りが基本浅い人なので、あまり認知されていないのだ。しかしそれだけで話題になる陽菜乃もすごいものだと結衣は感心していた。
「結衣、家に食材ある?」
「んーん、ない」
「じゃあスーパー寄ってこ。今日はそうだな~、肉じゃがとかどう?」
「あ、食べたいかも」
「おっけー」
この新妻感は一体何なのだろう。少なくとも康太と仲良く見えるから牽制、というわけではなさそうだが。
他愛のない話をしながら結衣の家に向かい、初めて陽菜乃を家に上げる。
買ったものを冷蔵庫に入れて結衣の部屋に入ると、陽菜乃は興味深そうに部屋を見渡した。
「へー、結構女の子って部屋だね。かわいー」
結衣の部屋はいったん勉強机を処分して、部屋を作り直している。大人っぽいおしゃれな木製の机に座りやすさ重視の椅子、ベッドにはクラゲやサメのぬいぐるみが置いてあり、棚の上にもぬいぐるみがいくつか置いてある。
そしてテレビ替わりのモニターが置かれたテレビ台には人気キャラクターのシールが張られたゲーム機が置いてある。
自分では普通の部屋だと思っているが、陽菜乃からすると可愛いらしい。
「そうかな? それより、ゲームだよね。ちょっと待ってて」
結衣はPS5を起動して、ベッドに置いてあるクラゲのぬいぐるみを取る。これがあると、ゲームをするときの腕起きにちょうどいいのだ。
「ぬいぐるみ抱いてやるんだ」
「腕起きにちょうどいいしね」
「じゃああたしも、あのサメ貸して!」
「いいよ」
「やったー!」
陽菜乃も膝にぬいぐるみをのせて、そこにコントローラーを持つ手を置く。
「結衣はこれあんまやってなかったんだっけ」
「うん。一応トレモで推しのコンボ練習程度はしたけど、対戦は一回やって辞めた」
結衣たちがやるゲームはソシャゲをもとにした格ゲーだ。結衣は対戦ゲーム自体あまりやらないので、システムは理解しているが初心者そのものだ。しかし意外なのは、陽菜乃がこういうゲームに興味を持っていることだ。
陽菜乃は基本ゲームには疎く、男子がゲームの話をし始めても基本興味を持たないかぽかんとしているかのどちらかだった。
「てか陽菜乃がこういうゲームに興味持つって珍しいね」
「最初は興味なかったんだけどねー、遊びに行った時見てみたらちょっと興味出てねー。あと、結衣が興味あるって聞いて……」
「ん、なんて?」
「なんでもない。それよりやろ。教えてあげる!」
陽菜乃はドヤ顔でそう言うと、すぐに対戦を開始した。