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「この後予定ある?」
12時にスタジオを出て深月さんが僕に聞いた。
僕は首を振った。
「何もない」
「ラーメン食べに行かない?」
「え?ラーメン?」
「池袋だからさ。どこ行っても並ぶし、どうせ落ち着ける店はないし」
その通りだった。ラーメンか最後に食べたのは学生時代だ。脂と炭水化物、そして食後の多幸感。悪くない。
「いいね。久しぶりだ」
「塩ラーメンでいいかな」
少し歩いてラーメン屋に並んだ。12時過ぎで10人以上の列があったが回転は速かった。案内されるまで30分もかからない。2人並んで座り、無言でラーメンをすすって出た。
「あー。最高」
と彼女がのびをする。
「しばらくおやつ食べられないわ」
「うまかったね。ラーメン屋にはよく行くの?」
「まさか。月に一回行くかどうか」
その後少し歩いてドトールに入った。駅から遠い店だがそれなりに混んでいる。何とか2人分席を確保し、アイスコーヒーを注文した。
「今回はなんだか悪かったわね。素人の相手させちゃって」
彼女が申し訳なさそうに言った。僕は首を振った。
「そんなことはない。楽しかったよ」
「ほんと?」
「うん。伴奏するのは久しぶりで勉強になった。"Just Friends"なんか久しぶりに弾いた。ブルースも大変だった」
「そういえば弾きながら苦しそうな顔してたわね」
と彼女が笑った。
「2コーラスで限界だったよ。次回のためにもう少し仕込まなきゃ」
「次もある?」
「是非」
「それはありがたい。また候補日連絡するよ」
僕は頷いた。
「土日はほぼ空いている」
彼女が笑った。
「意外。休みは何してるの?」
「映画。ジュンク堂。アニメ。読書。ピアノの練習。あと料理の作り置き」
「すごいね」
と彼女が感心して言った。
「いや、すごいって何」と僕は笑った「土日に予定が入るのは助かるよ」
「じゃあこっちも心置きなく誘うわ」
「サックスはいつから?やっぱり吹奏楽?」
と僕は聞いてみた。
「そうね。中学と高校」
「『響けユーフォニアム』みたいな感じ?」
彼女が笑って首を振った。
「ぜんっぜんユルかったよ。先生が全然厳しくなくてね。でも、やる気がないわけじゃなくて・・・いやあ、でも、あれやる気なかったのかな。不真面目ってわけじゃないんだけどね。それなりに通しで揃ったらオッケーみたいな。賞を取るとか全然目指してなかった。趣味と自己満足の世界だね。」
「へえ。そういうのもあるんだ」
「別に下手でも合奏って楽しいじゃん。あのアニメ見たけど別世界だったわ。ああいう学校ばかりじゃないよね」
へえ。と僕は感心した。
「確かに。僕が吹部だったとしたら金賞目指すより楽しく吹きたいかな。体育会系のノリはちょっとキツい」
「ギノちゃんは何やってたの?」
「中高は帰宅部。家でピアノ遊び弾きしてた。大学でジャズ研」
「なるほどね」
意外性はないようだ。特にそれ以上聞かれなかった。
「相変わらずアニソン耳コピしてるの?」
「うん。意外とウケてたよね。もう少しレパートリー増やそうかと思ってる」
「ちょっと思ったんだけど、ギノちゃんの演奏動画をYoutubeにアップしてもいいかな」
「え?僕程度の演奏じゃアクセス集まらないでしょ」
「アニソンに特化してさ。弾いてみたってやつ。バズりはしないかもしれないけど、そこそこイケるかもよ」
ちょっと考えてみる。Youtubeはともかく、深月さんと一緒に何かやるということが気に入った。
「身バレしないならいいよ。どこで撮る?」
「店でいいんじゃない?マスターに言ってさ。宣伝にもなるかもだし」
「マスターがOKならね」
「よし。じゃあ来週マスターに話してみる。OKなら撮るよ」
「分かった」
その後彼女は予定があるといって駅に向かった。僕はジュンク堂に行って上から下まで背表紙を眺めて歩いた。でも、何か新しいことが始まったような気がして内容は頭に入らなかった。




