17
金曜のリモートワークを終えてNothing Elseのライブに行った。エレベータを降りてカウンターを見たら深月さんではない知らない女性が立っていた。一気にテンションが下がる。事前にLINEで確認取ればよかった。こういう時に連絡しないでいつ連絡するのか。ためらっている場合じゃなかったのだ。
20代前半の茶髪ショートの女の子がこちらをちらっと見る。少し色が褪せたヘビメタの黒ロングTシャツ。耳にはピアスがいくつも並んでいる。色白細面でやや古風な顔立ちなので、ラフな格好があまり似合っていない。神経質そうな印象も受けた。彼女にチャージを払ってビールを受け取った。現金の受け渡しでちらっと目を合わせて彼女はすぐにスマホに戻った。会話が始まる雰囲気ではない。僕もテンションが下がって暗い顔をしていたはずだ。話しかけられなくて当然だろう。
落ち込んだ顔つきでカウンターに座るのも気が引けた。壁際の二人がけの席に座った。椅子もテーブルも安っぽい作りで安定しない。がたつきが少しだけましになる位置を探して体を落ち着ける。
ちらほらと客が入ってくる。演奏が始まった。シンセサイザーにエレキベース。エレキギターとソプラノサックス。思ったよりもノリノリのファンクだった。コード進行がシンプルでリズムがうねる。自然に体を揺らしながら聞く。ドラムとベースが強力だ。アドリブソロもペンタトニック※中心で分かりやすいものが多い。やたら音量が大きいのには困った。耳栓を入れた方が快適かもしれない。次は買っていこう。
ライブが始まってからもパラパラと客が入ってきた。金曜だからだろう。カウンターもほぼ埋まり、僕には無愛想だった女の子が同世代のお客たちとにこやかに会話していた。オーナーの山﨑さんがいつの間にか現れて伝票と現金を数えた。目が合ったので軽く会釈する。彼も(見覚えがある客)という感じで頷きを返してくれた。
大音量のファンクミュージックが流れる中、一人客を見て安心している自分に気がつく。自分の孤独を勝手に他人に投影して、ありもしない仲間意識を共有している。居心地が悪くなった。同時にライブの轟音にも耐えがたくなってきた。曲が切り替わったタイミングで席を立つ。時計を見て次の用事があるような演技をした。意外と客席は見られているのだ。空いたグラスをカウンターに運び、女の子に会釈をしてそのまま店を出た。
見上げると扇情的な看板が目にとまる。金を払って孤独と寂しさををごまかせる街だ。自分が自分であることをいたたまれなく感じる。学生の頃、たまにこんな気持ちになった。しばらく忘れていた感覚だ。池袋駅の地下に入る。その雑踏に紛れてようやく少し落ち着いた。誰もがどこかを目指して歩いている。そのまま変える気になれず、人の流れに乗ってジュンク堂にたどり着いた。エスカレータで最上階に行き、背表紙を眺めながら降りた。B1フロアでラブコメマンガを2冊買って店を出た。帰宅の途中でスーパーでビールとウィスキーを買った。ウィスキーを買ったのは社会人になって2回目だ。
家でビールを飲みながら他愛のないマンガを読む。モテる主人公という幻想に浸る。いい気分転換になった。少し酔いを覚ましてLINEと向き合い、深月さんのアイコンをタップして何を入力するか考えた。無難に名刺のことを書いてみようと思う。文面を考えながらシャワーを浴びて酔いを覚ます。風呂から上がって落ち着いてから「こんばんは。名刺作ってみたけど、安っぽくてダメだった」と打ち込んでみた。何ども読み返す。これを送っていいものか。分からない。ダメならダメだ。夜の22時少し前だ。しばらく迷って送信してしまう。ああ、やっちまった。既読はつかない。LINEと過ごすのが落ち着かなかったので、アニメを眺めながらウィスキーを水で割ってちびちび飲み、既読がつかないことを確認してそのまま眠ってしまった。
※ 5音で構成されるスケール。Cのメジャーペンタがドレミソラ、Aのマイナーペンタがラドレミソ。シンプルだが奥が深い。