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翌日もリモートワークだった。朝からコーディングに取りかかる。IF文の判定など細かい仕様をいくつか先輩に確認した。全部黙って進めてしまうと上司も先輩も不安になる。まめに質問を投げるようになってから、先輩からの呼び出しや電話がなくなった。リモートワークではコミュニケーションを取りながら進めるのが大事なのだ。


コーディング、テスト、コミット。コーディング、テスト、コミット。ひたすら繰り返す。昼前に集中力が切れた。メールとチャットを読んで僕に振られたタスクを書き出して昼休憩に入った。ちらちらと仕事用モニターを意識しながらアニソンの耳コピを進めてみる。大して集中はできないが、2,3小節でも取れば気分転換になる。


ふと、深月さんの名刺どこだっけ?と思いついた。夕べの記憶をたどりながら探すとジャケットの胸ポケットに入っていた。少し迷って財布にしまう。


僕の名刺は会社に置きっぱなしだ。下っ端プログラマの僕が顧客と話すこと自体が少ない。しかも基本リモートだ。名刺を使う状況がない。ジャズバーにいる方がよほど人とふれ合いがあるじゃないか。やはりプライベートの名刺を作ってみようか。


昼食に冷凍ご飯を解凍しレトルトカレーをかけて食べた。ネットで「名刺 自作」と検索してみた。A4サイズから切り出す名刺フォーマットのワード文書がいくつか見つかった。いくつかダウンロードしておく。


午後もコーディングとメール、チャットで仕事が終わった。終了連絡を入れて業務端末をシャットダウンする。今日も一日誰とも話をしなかった。安定の一日。孤独な一日。深月さんにLINEでもしてみるか?しかし話のネタはない。もちろん夕食に誘う勇気もない。ネットでNothing Elseのスケジュールを調べたら明日もジャズライブをやっているようだ。彼女が受付をしているかもしれない。どうせ暇だ。行ってみよう。今日はおとなしく練習して、アニソンの耳コピを進めておこう。


冷蔵庫をチェックして購入リストを作り近所のスーパーに行く。ビール2缶、豚の切り落としとトマト、昼食に食べられそうなパンやレトルト食品を買った。部屋に戻ってタマネギを切る。肉を調味料で炒めて7割方火が通ったらタマネギを入れる。それからトマトを切る。ジャズ研の先輩ギター弾きが自分は包丁は触らないと言っていたことを思い出した。


「僕は普通に包丁使いますね」

「怖くないか?」

「ピアノは少々指切っても弾けたりするんで。もちろんめっちゃ慎重に使いますよ」

彼は身震いして言った。

「ギターは左の指切るとアウトだからな」


ピアノなら絆創膏を貼れば弾けることもあるし、ゆっくり弾いて運指の確認もできる。ギターはそうもいかないのだろう。プロでもないのにそこまで気にするか?と僕は思った。そういえばあの先輩、公務員試験に受かったとか言ってたっけ。意外と堅実だし、ジャズギターを弾く以外はまともな人だったな。


怪我をせずに料理を作れるというのは人として基本的な能力なのである。と思いながら、アニメを流して夕食を食べる。ピアノ練習のためビールは控えた。肉炒めの残りは室温に冷まして冷蔵庫に入れた。明日は野菜の一品つくれば何とかなるだろう。コロッケを買ってくるのもよさそうだ。


食後に皿を洗って昼にダウンロードした名刺印刷ファイルを開いた。名前とLINEアカウントのQRコードを貼り付けてみる。ぱっとしない。AI生成イラストを使ってピアノのアイコンを作ってレイアウトしてみた。試しに紙に出力したが、やはり面白くない。明らかに安っぽい。配るのが恥ずかしいくらいだ。惰性で名刺について調べていると活版印刷のサイトが目に止まった。「銀河鉄道の夜」でジョバンニが活字を拾ってたやつだっけ。サンプルイメージを見ると名前だけでも雰囲気が感じられる。高価だが払えない値段ではない。試しに作ってみようか。作ってどうする?そうだな。深月さんに渡すのだな。もし深月さんにすでに彼氏がいたら?名刺代は丸損ということになるな。いや、僕は何を期待しているんだ?思わず苦笑する。名刺のことはひとまず忘れよう。


そんなことをしている間に20時半を過ぎていた。ピアノに座って頭にヘッドホンを乗せ、電源を入れる。アニソンの耳コピを16小節進めた。眠気が来るまで軽くレパートリーを復習する。シャワーを浴びながら、明日は誰かと話をしなければ。と思う。


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