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人食い邪竜、やさしい人間のおっさんとして生きます  作者: 伊沢新餌
1章 気がついたらおっさんであった
8/18

8話 フラヴィ

 声をする方に向かったつもりが、どうしてもたどり着かない。

そのうちフラヴィの声が聞こえた気がしたので、このあたりだろうと当たりをつけて

遺跡の壁をぶん殴ったのだ。


 正直、最終手段である。地下でこのようなことはあまりやりたくないものだ。

落盤したら、さすがの我もどうなるかわからない。


 しかし、やってみるものだな。正解だ。

広い空間に出たと思うと、そこにいたのは、倒れたフラヴィと……。

今それに齧りつかんとする魔獣が居た。

えーとこいつは……久しぶりに見た。マンティコアだ。


「ノジー!」


 泣き出しそうなフラヴィが我の名前を呼ぶ。初めてじゃないか?呼ばれたのは。

どうやら無事のようだ。


「お願い、助けて……。」


ずいぶんと怖い目にあったのか、あのフラヴィがすがるような声をだしている。

一方急に壁の中から現れた我を、マンティコアのやつは怪訝な表情を浮かべていた。


「なんだ?お前は。どこから現れた。」


「ただの人間だよ。まて、ロインたちは一体……。」


 そう思って見渡すと、ロインとシェリーが倒れているのが見えた。

ロインは身体が変色して、生命の気配を感じなかった。マンティコアの毒でやられたのだ。

シェリーは……。状況を察した。ひと目見て死んでいることはわかる状態だった。

血と、いろいろなものを失いすぎたのだろう。


「人間か。こやつらの仲間か?。まあいい。我は食事中なのだ。

 邪魔しなければ、お前は見逃してやろう。さっさと背中を向けて帰れ。」

 

 マンティコアが流暢な人間語を話す。我には心底興味がないようだ。


「だめ!ノジー!そいつは毒針を……。」


 フラヴィがそう言い終わる前に、マンティコアは尾から何かを発射してきた。

見逃してやるというのはブラフだったようだ。

人間の身体には大きな棘だな。それが我の左胸に突き刺さった。


「ああっ……」


フラヴィが泣きそうな目でこっちを見た。


 そうか、マンティコアは毒針を飛ばしてくるんだなあ。これは痛みでショックを伴う毒か。

おそらく、ロインが食らったものとおなじだろう。

 マンティコアは姿は知っていたが、、不利だったり敵わない相手にはまず戦いは挑んでこない。

だから、元のドラゴンの姿でマンティコアをまともに相手した記憶がないのだ。

 まあ、マンティコアじゃなくても我の元の姿を見て戦いを挑んでくる愚か者など、めったに居なかったが。


「ハハハ。愚か者め。」


 マンティコアが勝ち誇り笑みを浮かべた。

 

 ……ロインやシェリーは、ただ情報を集めるために都合がいいと思って組んだだけだ。

代わりの人間などいくらでもいるはずだ。

付き合いなどせいぜい1日にも満たない、友人と言うにもおこがましいほどの付き合いだ。

……。


……だが、なぜ我は怒りを覚えているのだろうか?

この怒りは毒針を打ち込まれたものだけではない。


 あのとき落とし穴に落ちなければ。もっと急いで探していれば。

ゴブリンを無視して逃げていれば、二人は助けられたのかもしれない。

 これだけ生きてきて、不甲斐なさというものを覚えたのは本当に久しぶりだ。

だが、悪いのはこいつだ。我の……仲間を殺したのだ。


「お前。そこのマンティコア。」


 我は胸に刺さった毒針を抜くと、地面に投げ捨てた。

キインと硬い音がした。


「な……に?なんだお前。刺さらなかったのか?」


 プシュッと乾いた音とともに、間髪入れず第二射がくる。

我の脛に毒針が刺さった。


「お前のお陰で、この身体に毒は効かないと理解ったよ。」


 足を振って毒針を振り落とす。

ついでに、穴が空いたら嫌なので、リュックサックも地面に下ろしておく。


「……」


 さらにマンティコアが毒針を噴射してくる。

ブスリ、ざくりと音を立て、連射された針が次々と我の身体に突き刺さった。

刺さる傍から地面に払い落としていく。血すらでていない。


 まあ、正確には全く効いてないわけではないが、毒が弱すぎるのだ。

一応毛を抜いたほどの痛みぐらいはあるのだぞ。

 毒の種類もわかる。最初から2本のは猛毒、次は麻痺毒。精神毒。魔力毒。

いろんな毒を持ってるものだ。


 どれも前の身体で過去何度も飽きるほど受けたものだ。

長くドラゴンとして生きていれば、あの手この手で殺されそうになるものである。


 計17本の針が刺さったところで、ヤツの針は打ち止めになったようだ。

おかげで足元は針の山だ。足元を蹴ると、針がじゃらんと地面にころがった。


「なんだ?お前は……。」


 マンティコアの顔から笑みが消えた。まっすぐにこっちを見つめてくる。

毒が効かない我をそろそろ警戒しはじめたようだ。


「お前に教えるようなものじゃない。」

 

 我はショートソードを上段に構えると、一気にマンティコアに飛んだ。

一瞬で間合いを詰められた我のスピードに、マンティコアが驚きの表情を見せる。

振り下ろしたショートソードが空振りした。やつが飛び退いたのだ。


 避けられてしまったが、むしろわざと大振りな動きを見せたのだ。

マンティコアへの攻撃よりも、フラヴィと奴を引き離すのが目的だった。

人質に取られないようにするためだ。


 一瞥。よかった、フラヴィは毒は受けているようだが、命に別状はなさそうだ。


「ノジー、大丈夫なの?……」


「フラヴィ」

「遅れて悪かったな。大丈夫だ。お前は死なせない。」


 剣を斜め上段に構え、背中で返事をする。


 さあ、次の一撃を入れてやろう。まっすぐ一気に駆け出した。

マンティコアが前足を振り上げ、カウンターを繰り出そうとするが、見えている。

我の攻撃のほうが早い。ヤツの攻撃を流し、今度こそ脳天にショートソードを振り下ろしてやる。


「ギインッ!」


分厚い頭蓋骨に負けたショートソードは真ん中で折れて、剣先は明後日の方向に飛んでいった。

マンティコアのやつは、脳天を少し割ったようだが、大した傷にはなっていないようだ。


「ハ……」

「ハハハ……どんなものかと思ったが。どうした?唯一の武器も折れてしまったぞ。」


 マンティコアも思わぬ一撃をもらい、多少の動揺はあるようだ。

しかし、我のことを眼の前の餌を置いて、逃げるほどの相手とは思っていないだろう。

馬鹿な奴め。逃がすつもりはないがな。


しかし、これではだめか。まず頭を狙ったのも悪かったかもしれんが。

我は折れたショートソードの残った刀身ををつまむと、指に力を入れた。

バチンと指の形に金属がちぎり取られる。


「はあ……、柔らかすぎるなあ。」


 正直こんなもので殴りつけていては、ゴブリン以上の相手では埒が明かないな。

重ねた紙の棒で叩くようなものだ。諦めよう。


「どうした。今から謝ってみるか?人間の分際で我に楯突いたこと。」


 馬鹿にするような笑みを浮かべ、マンティコアが煽ってくる。

折れたショートソードを、ため息交じりに見つめる我が、

絶望しているのかとでも思っているのだろう。


「いや、残念ながら違うな。人間らしさを捨てるのに躊躇してただけだ。」


 我は、折れたショートソードを投げ捨てると同時に駆け出した。

まさか徒手空拳で襲いかかってくると思わなかったマンティコアの動きが、

一瞬遅れた。


「我は素手のほうが強い!」


 マンティコアが我を振り払おうと、思わず左前足を振り上げた。

我は振り下ろされるヤツの前足に、右ストレートを叩き込む。

衝撃が弾ける。圧縮された音が周囲の空気を一瞬歪ませた。


 遅れての破裂音。マンティコアは肩まで身体が吹き飛んでいた。


「ギャアアアアアーーーーーっッッ!!!」


 マンティコアが何が起こったのかわからないという顔で、

汚い叫び声を上げる。


 ふむ、間合いが浅いのだけはどうしようもならない。

殺すつもりで殴ったが、つい末端にあたって、勢いを殺されてしまった。


 奴が残った3本の足でひょこひょこと後ずさる。

弾けた上半身から毛皮が破れ落ちる。

助骨と肩の骨が見える傷口からぼとぼとと汚い血があふれ、床を汚した。


 身体から煙が出ているのは再生能力の発動であろうが、

さすがにあの損傷はすぐには治るまい。


「う、うぎいっ。痛えっ!!なんだ、一体お前なんなんだあっ!!」


 自分の身に起こったことに信じられない様子でマンティコアが叫ぶ。


 その質問にはスルーだ。我は問答無用と次の攻撃に入った。

軽く間合いを詰める。


「オぉっ!!」


 マンティコアが次の武器、尾で殴りかかってくる。

我はそれを手のひらで受けると、ぐしゃりと握りつぶした。

汚い。床にびしゃりと投げ捨てる。


マンティコアの顔はもはや驚愕から恐怖に変わっていた。

勝てない相手だと悟ったのだ。


「お前、本当に人間か?待て、助けてくれ。死にたくない。

 そうだ、見逃してくれたら財宝をやろう。」


 いちいち余計なことを言いやがって。

ああ、もういい。苦しめて殺してやろうかともおもったが、

やはり不快な存在は一瞬でも早く消すのが先だ。


「バカを言え、どっからどう見ても」


さっき割りそこねた脳天に狙いを定め、拳を撃ち出す。


マンティコアの脳天に拳の形にクレーターができたと思った一瞬の後、

汚い血肉と臓物をぶちまけ、マンティコアの上半身は爆散した。


「ただの中年男性だろう。」


 頭を失った巨体が吹き飛び、奥の壁に激突し崩れ落ちる。

そのままピクリともうごかない。再生すら止まったところから、

確実に死んだようだ。


 さて。

もうあんなやつのことはどうでもいい。

フラヴィはどうなった……。と思い駆け寄ると、

裸を隠す素振りすらせず、床にぺたんと座ったまま、こちらを呆然とした顔で見ていた。


脚に毒針が刺さったのか、怪我をしていた。血はほとんど止まっている。

針はもう自分で抜いたようだ。


「すまん、もう大丈夫だ。自分で治療できるか?麻痺の毒は時間が経てば消えていくはず。」


我は傍に転がっていたフラヴィの杖を取ると、手を添えて握らせてやる。


「う、うん。」


そう言うと詠唱を始め、自分の傷の手当てを始めた。

よかった、治療の魔法も使えるんだな。


「………。」


呆然としていたフラヴィの目から涙がこぼれる。


「う、あ、ぐすっ……。」


 治療して、落ち着いて、我に返ったのか、フラヴィは鼻をすすり、声を上げ泣き始めた。

恐怖、仲間を失った悲しみ、色んな感情が蘇ってきたのだろう。


 こういう時はどうしたらいいのだ。

迷って、フラヴィの肩に手を寄せて抱いてやった。

フラヴィは身を寄せて、そのまましばらく泣き続けていた。


 我はこんなことをするようなドラゴンではないのになあ。

大分、この身体の持ち主に引っ張られている部分があることを認めなくてはならない。

まあ、人間たちとの関係がうまくいくならばいいものだが。


「もういいのか?」


 フラヴィは泣きはらした顔で立ち上がった。

まだ少し手が震えてるように見えるのは、

恐怖か麻痺毒がまだ残っているのか。


 だが、その目には力があった。

おそらくトラウマになるような恐怖があったろうに、前に進もうという意思が感じられる。

結構強いじゃないか。フラヴィ。


「ありがと。ノジーが居てくれて、助かった。」

「ああ。」


 マンティコアを素手でぶっ殺した我のこと、どう思ってるんだろうなあ。

 

「……ロインとシェリーはどうしようか。」

「ここで、焼いていく。」


 二人の名板、貴重品は回収した。

フラヴィが呪文を唱えると、魔力の炎が発生し、二人の遺体を包み込む。

人間の行う葬儀というものだろう。


 フラヴィは戦いで魔力が尽きかけていたらしい。途中でポーションを飲んでいた。

ごめんな、我が落ちなければ二人は死ななかったのかもしれないのに。


フラヴィの服は破れていたが、遺体を焼いている間に本人が繕っていた。

なんとか街までは持つだろう。


「ノジー。あなた、何者なの。」


「それはうん……秘密じゃだめか?」


言う気はないが、今のタイミングで正体を伝えるのは最悪だろう。


「その強さ、色々あるんでしょうね。」


「いいよ、ロインの言う通り、悪いやつじゃないし。

 これから、いつか、話してくれればいいから。」


 それはこれからもよろしくという意味だろうか。

パーティはこのまま二人で続けていいようだ。


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