7話 絶望
マンティコアのツメがゆっくりとフラヴィのチュニックを切り裂く。
先ほどロインに振り下ろした速度はない。
せっかくのご馳走を傷つけないように、ゆっくりと剥いでいるのだ。
ケーキを形を崩さないように、ゆっくりとナイフを入れているのだ。
「ほお、これは……。」
魔道士然とした地味な色合いのケープとチュニックを剥ぐと、
その下からは対象的な、女の子らしいデザインの、かわいいリボンと
フリルをあしらった下着が表れる。
体格で幼く見られがちなフラヴィなりの、隠れたおしゃれなのだろう。
もちろん、マンティコアが嘆息したのは下着についてではない。
それが覆うものについてだ。
小柄で一見子どものようにも見えるフラヴィであったが、
服で隠していた身体は意外と巨乳であった。
柔らかくとろけるような味わいの、人間のメスの乳房は、多くの人食い魔物の例に漏れず、
マンティコアにとっても好物だった。
その部位が大きいことに、マンティコアは思わずほくそ笑む。
さらに鋭い爪先で2度弾くと、フラヴィお気に入りの下着も裂かれ、
健康的な乳首と下腹部もが露わとなった。思わずマンティコアは舌なめずりをする。
下半身の方も、少し小ぶりだが尻はやわらかそうで、形もいい。
内腿も齧りついたら、張りのある、それでいてたっぷりと柔らかい肉を頬張れそうだった。
フラヴィは更に無防備な姿になり、こうなるといつ、マンティコアが
齧りついてくるかという恐怖があった。本心では村娘のように泣き叫びたかったが、
冒険者の自尊心、そしてそれがマンティコアを喜ばせてしまうのではないかという思いから、
必死に目をそらし涙をこらえていた。
小柄なフラヴィが必死に強がって耐えている姿、
その姿すらマンティコアにとってもは嗜虐心を煽ることには気づいてなかったが。
「いいぞ。お前は思っていた以上の肉付きだ。特にここがうまそうだな。」
マンティコアがべろりとフラヴィの乳房を舐める。
鮮やかなピンク色の頂点が、皿に盛られたプディングのように柔らかにふるえた。
フラヴィは何も言わず唇を噛み締めていた。
「ふむ、さてこちらはどんなものかな?」
フラヴィの身体を十分に見定めたのか、マンティコアはシェリーの方にゆっくりと向かう。
「お……。」
「お、お願いします。ロインを助けてください。もう、息をほとんどしなくなっちゃったんです。」
近づいてくるマンティコアに対し、声をかけたのはシェリーであった。
シェリーはこの状況と、どんどん弱っていくロインを目の当たりにして、取り乱していたのだ。
「ほう……?」
「お願いします。ロインを助けてください。私はどうなってもいいから、どうか……!」
シェリーは涙目で懇願する。どんな男にも効きそうな美少女の懇願。
だが相手はマンティコアだ。魔獣に命乞いも頼み事も効くわけがないのだ。
だが、絶望したシェリーは眼の前のものにすがるしかなかった。
それを見たマンティコアがニタリと笑い、シェリーの手をツメで軽く叩く。
魔力が流れ、ふわりとシェリーの手に光が灯る。
「そうだな、我は魔法も使えるからな。自分の毒の解毒もできなくない。
証拠に今、お前の手だけ麻痺を解いてみた。」
手のしびれが取れたことにシェリーが驚きの顔を浮かべる。
これならば、ロインの解毒もできるんじゃないか。
「どうなってもいいと言ったな。まずはさあ、自分で脱いでみろ。
そして、我にお前の体を餌として差し出すのだ。」
マンティコアが提案したのは更に残酷な内容であった。
自らの愛する者のため、自ら無防備な姿を晒し、自らを差し出せというのだ。
「わ、わかりました……。」
恐怖か、狂気か、シェリーは涙と笑顔を浮かべ、自分で服を脱いでいく。
自分を食べようとする魔獣が見ている前で、震えながら一枚一枚脱ぎ、そして一糸まとわぬ裸となった。
「ほお、これはこれは……。」
フラヴィの身体も意外と美味そうであったが、シェリーはそれ以上であった。
こちらもケープで目立たなかったが、身体の線からはみ出す乳房はフラヴィ以上の大きさだ。
腰回りも少女の体のようなみずみずしさがありながら、愛された、健康な艶めかしい肉付きがあった。
一口により脂がのってそうだな、というのが、マンティコアにとっての感想だった。
「よし、決めた。お前から食べることにしよう」
「!?は、はい……。」
これから食べる宣言に、シェリーの顔がこわばる。
だが、笑顔を浮かべたままだった。
眼の前の圧倒的な存在にもはや逆らうことができないのだ。
「そうだな、乳と尻、どちらから食おうか。
お前は特に美味そうだからここで殺すのももったいない。
どちらか食べて満足したら、そこの男を解毒して、帰してやろう。」
「シェリー、そんなやつの言う事、聞かないで……。」
「本当ですか。お、お尻よりかは、おっぱいがいいです。お、お、おっぱいを食べてください。」
どちらを食べられるのも嫌である。だが、もし食べられた結果、臀部よりかはまだ胸部のほうが
傷が浅いと考えたのだ。臀部を失っては怪我はおそらく立つことも歩くこともできなくなるだろう。
臓器にも近いのだ。
「そうかそうか、でも尻も美味そうではないか。やはり尻から齧りついてやろうか?」
「そんなこと無いです。私は、おっぱいが美味しいですから……。
ロインも褒めてくれたし、とっても柔らかいんですよ、ほら……。おっぱい食べてください」
シェリーはマンティコアの眼の前で、自分で乱暴に自分の乳房を揉みしだき、
自ら自らの肉を食べてくれと懇願する。
自分がマンティコアに遊ばれているだけだと本当は理解はしているのだ。
だが、狂いそうなほどの恐怖に、そこから逃げられる一筋の道でもあれば、すがってしまうのが人間なのだ。
追い詰めた人間を弄ぶこと、それが人間の尊厳を奪い踏みにじるマンティコアの卑劣な趣味であった。
「そうか、では……こちらから頂くとしよう」
マンティコアは邪悪な笑みを浮かべると、フラヴィにやったように、味見とばかり
長い舌でシェリーの乳房を舐め回す。いや、むしろ、こちらのほうがより念入りだった。
「ヒッ……」
マンティコアの並ぶ牙を見て、これから行われる恐ろしいことにシェリーが怯え震える。
「ああ、そうだ。その男のことだが……」
不意に舌をしまいマンティコアが喋りだした。
「もう解毒しても仕方がないな。なぜならば、とっくに息絶えているのだから。」
シェリーの顔が絶望に染まる。ロインが死んだ。死んでいた。
そして、我に返ったのだ。
眼の前には、今かじりつこうとする口を開いたマンティコアの顔があった。
反射的に、手でマンティコアの顔を押しのけようと手を伸ばした。
マンティコアは、無慈悲にも、その手をぼきりと噛み砕いたのだ……。
ーーー
落とし穴に落ちて、一人になってからずいぶんとゴブリンを倒した気がする。
見つけては切り、見つけては切りの繰り返しだ。
抵抗こそしてくるものの、我を止められる要素はない。
正直、ショートソードを使うより蹴ったほうが早い。
しかし、しばらくは普通の人間のふりをして目立たず生活するのだ。
普段は剣で戦っていたい。こういうものの上達は、実践あるのみであろう。
しかし、なかなかロインたちと合流できないものだ。
早く合流したいと駆け足で洞窟を進んでいたら、ますます自分の位置がわからなくなってきた。
そのうち、遠くから大きな炸裂音が聞こえる。魔法の音だろうか。
間違いなくロインたちであろう。またまとめてスライムでも倒したのだろうか。
下手をすると、死んだと思われて置いていかれるかもしれない。
それはまずい。パーティを結成したばかりなのに。人間社会に常識のない我が、
奇跡的に得られた人間のパーティなのだ。手放したくない。
我は、爆発音のした方向を頼りに、ロインとの合流を目指し駆け足を早めたのだ。
ーーー
なんでこうなったんだろう。
ロインは死んだ。最後の言葉も聞けなかった。
3人でパーティを組んでから、幼馴染のシェリーとロイン、二人は好き合ってることはすぐに分かって。
それでも中々付き合わない、気持ちを伝え合わない二人にヤキモキしながら冒険して。
口を挟むことじゃないとは思ってたけど、結局、あなたたちいい加減にしなさいと一喝し、
それをきっかけに二人はお互いの気持ちを伝え合って、はれて両思いになった。
それが先月のこと。
あまりベタベタする付き合い方をするタイプではなかった。
人前では、付き合う前と同じような幼馴染の関係だった。
だけどちょっと目を離したら、イチャイチャと幸せそうなところを見せつけてくれた。
その仲の良さは正直羨ましくなるほどだった。
あんなに幸せそうな二人。
きっと二人は、そろそろ結婚して冒険を辞める気だったのだと思う。
だから、こんな性格の私が、また一人になっちゃわないように気を使って。
私ともやってけそうな、気の良さそうなパーティメンバーを探してくれてたんだろう。
馬鹿だな。私なんてほっておいて、二人で幸せになっちゃえばよかったのに。
シェリーが自ら裸になって。そして、ロインが死んで。
シェリーが麻痺してない手首を齧りつかれたおかげで、ひどい悲鳴を上げたところで、
私は目をそらした。
すぐに私もそうなるのだ。覚悟をきめておくことが最善であろう。
宇宙の真理を見つけた賢者のように、自らの死を見つめるのだ。
すぐに静かな洞窟の中には、生きたまま皮膚を裂かれ、
柔らかい肉を貪られるおぞましい音と、シェリーの悲鳴と、命乞いと、呪詛と、
とどめを刺すことの懇願が聞こえてきた。
怖い。
耳を塞げればよかったのに。麻痺した身体では、それすらできなかった。
あの恐ろしい痛みと恐怖がこれから自分に襲いかかるのだ。怖い。
なんでこんな死に方をしなければならないのだろう。
冒険者になった以上は、ある程度は覚悟はしていたけれど、
それでもこんなに恐ろしいなんて。
怖い、助けて。誰か。
「ああー。もう動かなくなってしまったのか。つまらんなあ」
気がつくと、あたりは静かになっていた。
シェリーは、もう……。いやだ。見たくない。助けて。
「こうなってはただの肉と同じよ。残りは後でゆっくり食べるとしよう。
それよりか、まずはお前だよなあ?」
ゆっくりとマンティコアが近づく足音が聞こえる。
いやだ、来ないで。死にたくない。食べられたくない。
「助け……。」
ああ、そうだ。あいつどうなったんだろう。
もう一人一緒に来たんだ。全然強くはなかったけど。
来たってどうしようもないに決まってるけれど。
このダンジョンにはもうひとり来ているんだ。
「さあて、お前は肉を剥いだらどんな声を聞かせてくれるんだい?
味や肉の柔らかさの違いも気になるところだなあ。」
うずくまっていた私を、マンティコアがごろんと仰向けに転がす。
裂けて牙の並んだ口元にはべったりと血がついていた。怖い。
だれか、こいつを倒して。神様、可能性は万に一つもないけれど。
生きたい。助かりたい。誰か!お願い…!!
「助けて……!」
「ははあ。命乞いか?いいだろう。聞いてやろう。」
「助けて!助けに来て!お願い!誰かあーーーっ!!!」
命乞いではない。なりふり構わず、私は助けを呼ぼうと叫び声をあげた。
その時、轟音を立て、ダンジョンの壁が崩れ落ちたのだ。