5話 初めてのダンジョン攻略
その日はロインたちと別れ、とりあえず稼いだ金で、仕事の準備をした。
まずはほしかった荷物を入れる背嚢……リュックサックだ。
ドラゴンの時は身ひとつだったが、今ではそうもいかないものだ。
丈夫で大きいものがいいとロインに勧められたので、
銀貨7枚する、一番いいものを買った。分厚くて丈夫。そして大きい。
それに水筒を2つと、食料として沢山のパンを買って詰めている。
貨幣というものは面白いものだ。こんな小粒の金属のかけらで、
いろんなものと交換できるとは。
うっかり宿代を残しておくのを忘れたので、その晩は目立たないところで野宿した。
これはうんこ拾いで街中駆け回ったのが役に立った。
翌朝、鐘の時間にあわせギルドの前に集合した。
買った背嚢を見せたら、ロインはいいものを買ったと褒めた。本心だろう。
荷物はパンと水だけだと話したら、シェリーは困った笑い。フラヴィは露骨に呆れた顔をした。
どうやら、普通の冒険者は、パンだけでなく
傷薬やランタン、ロープ、火打石などを用意するらしい。
入ったとき税金を取られた嫌な記憶のある詰め所を横目に、街を出た。
ダンジョンから帰ったらまた税金を取られるのかと心配したが、
ギルドでもらった身分証を見せれば再入場が可能なんだとか。
そのまま草原をダンジョンへ向けて出発した。
「ノジーはどこから来たのだい?最近ポルーナにきたのだろう?」
道中は流れで、ロインたちによる質問が多くなった。
正直困ったものだが、そこは適当に受け流した。
「いや、我については秘密だ。秘密が多いのだ。」
「なにそれ感じ悪!どうせ大した秘密じゃないんでしょ?話しなさいよ。」
「まあ、そのとおりだ。大した事ないから。興味持たなくていい」
「フラヴィちゃん、あまり人のこと探っちゃだめですよ。いろいろあるんだから。」
流石に適当すぎたか?しかし、嘘を言ってもぼろがでるだけである。
黙っているとこちらが質問ばかりされそうなので、逆にこちらから色々と質問をしてやった。
「むしろロインたちはどこから?なんのために冒険者をやっているんだ。」
「ああ、俺達は……。」
ロインとシェリーはポルーナの出身らしい。
ロインは仕官を目指し、いずれは騎士の称号を得るのが夢なんだとか。弱冠二十歳らしい。
シェリーは幼馴染で、回復と補助の魔法に長けているのだとか。
見ていると、ロインとシェリーの距離が近いことに気がつく。
おそらく、二人は雌雄として好きあっているのだろう。
ちょっと生意気者のフラヴィは出身についてはごまかされた。
攻撃的な魔法が得意らしい。自分に向けられたもの以外の攻撃魔法を
見るのは初めてなので楽しみだ。
なんとかコミュニケーションを取れたと思う。
こんなに人間と話すのは初めてだが、なかなか楽しい気分だ。
我の態度はややぶっきらぼうだったと思うが、それでも気兼ねなくできたのは、
こいつらが、いいやつというものなんだろう。
そうこう半日歩くと、目当てのダンジョンにたどり着いた。
今回調査するというダンジョンは、天然の洞窟と遺跡が混じり合ったものだった。
装飾からして、古き魔族が祭祀あたりを目的に作ったものだろうか。
このダンジョンははるか昔に攻略されており、めぼしい宝などは全く残っていないらしい。
だが、ダンジョンである以上、魔物が湧いたり集まったりするのだ。
近隣住民の話によると、ゴブリンやスライムなどの最下級の魔物が、
このダンジョンから湧き出しているらしい。
今回の依頼は、原因調査とそれらの魔物の駆除。
近隣の安全のため、領主から直々に依頼がでているそうだ。
ダンジョンの中は暗い。入口付近でロインたちが立ち止まっているので、
なんだろうと思ったら闇に目をならしていたようだ。
入口から続く道は中々広く、元の我の姿でも入れなくもなさそうだ。
フラヴィとシェリーが魔法の明かりをつける。
我も同じ魔法を真似してみたら成功したが、加減を間違えて眩しすぎるほどになってしまった。
一番殿を努めていたので皆の目を潰すことは避けられたが、フラヴィに睨まれてしまった。
これは失敗だな。3つも明かりは不要だと思ったのですぐに消した。
正直、我は明かりなどなくともこの程度の暗闇なら見えるし、むやみに魔法を真似するのは
やめておこう。
少し奥に進むと、物陰からスライムたちが這い出てきた。
栄養を求めて動くものに反応して襲いかかる、原始的かつ凶暴な生き物だ。
これはパーティでの初戦闘だ。最初に拾ったショートソードを構える。
ロインはよく磨かれた長剣だ。
なるほど、これは数が多い。洞窟の通路をうじゃうじゃと埋め尽くすほどだ。
全部駆除したら、死体が多くて道が通れないんじゃないか?という具合だ。
「フラヴィ、頼む!」
ロインがそう言う前に、フラヴィは詠唱を始めていた。
手元の杖に魔力が集まるのがわかる。
スライムたちがゆっくりにじり寄るまでに完成したその魔法は、魔力の炎を発生させるものだった。
「フレイム・ロアー!!」
魔法名を唱えるとともに、フラヴィの眼の前にヘビのような連なった炎が産まれ、
うずまき、洞窟の壁を這うように進んでいく。なかなかの熱量があるようで、
スライムが触れた途端にしなびたナメクジのようにみるみる縮んでいく。
あっという間に、埋め尽くすような数のスライムは、しなびた干物になった。
なるほど、適切な魔法の運用だと思った。
なんとなく目をやると、どんなもんだいという得意げな顔をしたフラヴィの顔が横目に入った。
魔法が途切れた一瞬、闇に乗じて動き出したものがいる。
フレイム・ロアーはかなりの光を放つ。それが消えた一瞬は、
より洞窟内が深い闇に包まれるのだ。やつらは、底を狙ったのだろう。
だが、光に慣れた目に隠れても、我の視界からは逃れられぬ。
ゴブリンたちは5体。スライムをけしかけ、粘液などで消耗したところを狙うつもりだったのだ。
その目論見はうまくいかなかったが、
一瞬のチャンスは逃さず、すかさず数体のゴブリンが攻撃に移してきた。
正確な狙いで、投石を仕掛けてきた。顔面にあたれば戦力をそがれるだろう。
なるほど、賢いやつだ。
弾き落とせばいいことだと一歩乗り出したが、我の眼の前でゴブリンたちが投げた石は
ぼとぼとと見えない魔法の壁で弾かれた。
「飛び道具はききませんよっ!」
なるほど、これはシェリーの魔法のようだ。
ごくごく薄い魔法力の壁が、我らパーティを覆っている。
敵意を持って跳んでくるものを無条件に弾くものだろう。ただし、そんな強いものではなさそうだ。
ただし、酸でも毒液でも粘液でも、飛んでくるものを弾けるなら十分な効果があるだろう。
補助として立派な魔法だと感心する。
こうなればあとは、我ら前衛の仕事だろう。
ロインと我はゴブリンに切りかかった。
そういえば、このショートソード、もとい剣を扱うのは初めてだ。
振り回して当てればいいだけだと思ったが、なんとも勝手がうまくいかない。
ゴブリンどもだって、簡単にあたってくれるものではないのだろう。
振り下ろした剣が、間合いがよくわからず空振りしてしまった。
その隙を見逃すものではないゴブリンが、手に持った木の棍棒を振り下ろしてくる。
剣で受けるつもりが、見誤って腕で受けてしまった、いや、ゴブリンもそれを狙ったのか。
結果、我の腕にあたったゴブリンの棍棒は粉々に弾け飛んでしまった。
剣が傷まなくて助かる。
何が起こったかわからず呆然とするゴブリンの首を、ショートソードで横薙ぎすると、
ごきりと首の骨が折れる音がした。
…と、一体我が倒したところで、ほかの4体はロインが斬り伏せていた。
むう。中々やるものだ。
「ノジーさん大丈夫ですか?ゴブリンに殴られたように見えましたが。」
「問題ない。どうやらゴブリンの棍棒が腐っていたようだな。」
手をひらひらとして無傷のアピールをする。それでもシェリーが心配して腕を見るが、
傷一つついてないことに少し納得いってないような顔をしていた。
「まあ、最初はこんなもんだろう。初めてのダンジョン戦闘で、ゴブリン一体倒せたなら
大したものだよ。」
「にしても、あんた剣ヘッタクソねえ」
「自己流でな」
「まあまあ、フラヴィ、ノジーさんは独特なんだよ。俺は振りは鋭かったと思うよ。」
ううむ、剣を振るにもやはり動きというものがあるのだな。ロインの剣の扱いは、
なんかこう、ちゃんとしている感じがした。こんなことならば、
かつて我に挑んできた英雄たちの剣さばきでもちゃんと見ておけばよかったものだ。
「それより魔法について聞きたいのだが。
シェリーの魔法、どれぐらいのものまで弾けるんだ?」
「飛び道具は聞きませんよと言いましたが、バレてましたか。あんまり勢いが強いものは止めきれないですね。
弓矢までいくとは無理です。石でも、スリングを使うと突破されちゃうかも。」
シェリーがすこし斜めを向きながら言う。
態度からして、本人はもっと強力な防壁が張りたいのであろう。
「なるほど、あまり過信はしないほうがいいということだな。性能を把握できて助かる。」
「私の魔法はすこし発動に時間がかかるの。でも、それだけの仕事はしてみせるわ。」
「ああ、あれだけのスライムを一撃とは大したものだ。助かる。」
「当然でしょ」
フラヴィのフレイムロアーにも助かった。
正直、あんな数のスライムを叩いてたら、うんざりしてブレスも吐きたくなるかもしれない。
面倒が省けたのは実際ありがたい。
なんだかんだ彼らの技術には細やかなものではあるが感心されられることも多いものだ。
その後も進むにつれ、何度もゴブリンの群れに遭遇した。
戦法は変わらずシェリーが弾除け、フラヴィが後衛からの攻撃、我とロインが剣での攻撃。
しかし、やはりショートソードの扱いはなかなかうまくいかず、討伐数はロインに
現状ダブルスコアをつけられている。まあ、倒せてるしいいのだが。
ロインたちの反応を見ても、まあ特別な活躍はしてないが、初めてなら
こんなものだろうといったところだ。悪くない。うまく人間に溶け込めている証拠だ。
「しかし、思ったよりゴブリンがいるな。こりゃ外に湧いたら大変だ。」
ロインがそういうのだから、いつもよりか数が多いのだろう。
「私の魔力はまだまだ大丈夫よ」
「私も余裕です。」
この調子なら、ダンジョン内のゴブリンの殲滅も問題ないだろう。
「我もまだまだ大丈夫だ。ちょっとお腹が減ってきた…」
と足を踏み出したところで、床がパキリと崩れた。
目立たないように、地面に細工がしてあったらしい。
バランスを崩して、その穴の中に落ちる。これは、覚えがあるぞ。罠か!
……身体のあちこちに何かが刺さり転がり落ち、地面にぶつかる。
落ちた先は案外広かった。ひとまず、魔法で明かりを付けると、天井に穴が空いていた。
穴の側面にはゴブリンが仕掛けたのか?剣や槍などが壁から生えるように刺さっている。。
なるほど、あれで落ちたものを殺すわけか。途中で身体に刺さったはあれだろう。
んん?まいったな、服に穴があいてしまった。まあ当然のごとく、我の身体に傷など無いが。
「ノジー!大丈夫か!」
「ああ、無傷だ!問題ない!」
穴は斜がかっていたのか、ロインたちの姿は見えず穴から声だけが聞こえていた。
正直、我はジャンプでそれなりの高さを飛べるが、構造上落ちてきた穴を戻るのは難しそうだ。
ドラゴンの身体のときにはそもそも落ちもしなかったであろう罠。
人間の体というものは不安なものだ。
この程度の罠で良かった。
今の状態、どう足をすくわれるかわからないものだ。
今後は気をつけよう。
周りを見てみると、人骨がいくつか転がっていた。
なるほど、ここで落ちてきた人間にとどめを刺すのか。
周りを見るに、通路の途中である。どこかにつながっていそうだ。
「ここからは戻れないようだ!ここは通路のようだ。
我は先を進んでみるから、一旦別れよう!」
「ノジー!無理しないでくれ!危なかったらその場を動くんじゃないぞ」
「あんた強くないんだから!無理しないのよ!」
「ノジーさん!一人で戦わないようにしてください!」
なんだかんだ心配してくれているようだ。我は大丈夫なんだけどなあ。
さて、罠に引っかかったのを察知してか、ゴブリン共が湧いてきたようだ。
ちょうどいい、ここいらで剣の練習がてら、我ながらゴブリン退治に貢献してみるか……。
「あいつ、大丈夫かなあ。」
「なんだかんだフラヴィも心配してあげてるんだね」
「まあね、言う通り、あいついい奴そうだし。……さっきも、最初のゴブリンの攻撃、
私達から庇おうとしてたでしょ。」
「責任感が強い人なんでしょうか。今も、わたしたちに心配かけないように、
気を使ってるように見えました。声の遠さから、結構落ちたでしょうに。」
「ああ、新しい仲間が無事でいることを願おう。なるべく早く合流しよう。」
そしてロインたち3人がたどり着いたその先は、ダンジョンの最深部であった。