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人食い邪竜、やさしい人間のおっさんとして生きます  作者: 伊沢新餌
1章 気がついたらおっさんであった
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3話 ブレス

 ノックもせずに家のドアを開けたのは、この村の人間であろう、小太りのちょび髭を生やした中年だった。

髪の毛も禿げ上がっている。きっと、この我の身体よりも年上なんだろう。

 

「ノジーさん!ドラゴンて?一体?」


「話はあとだ。でっかいドラゴンが現れて、空から火を吹いて、村を焼いてる!

 早く隠れるんだ。このままじゃ危ないから!」


 ドラゴンだと?知ってるやつじゃないだろうな。

まずい。もし同等の古代竜レベルのやつだったら、さすがにこの状態で相対したくない。

種族が近いからといって、決して仲のいい奴らではないのだ。


「そんなまさか。見間違いじゃないですか?ドラゴンなんて、こんな村に現れたことないのに。」


 ……いや、そうでもないぞ。


「問答はいいから!間に合わなくなる!えーっと、そこの人?誰だかわからないけど、

 リリィちゃんを連れて逃げくれ。僕ももっと周りに知らせなくちゃならない。」

 

 我とリリィの関係も気にしてられない緊急事態だということはわかる。

 それに、もうリリィにもはっきりわかるぐらい、ドアの外から叫び声や怒号が聞こえてくるのだ。


「じゃあ僕はもう行くから!どこでもいいから身を隠して!」


 そう言うとノジーという男は外に駆け出していった。様子からして他の家にもを知らせにいくらしい。

 自分一人でも逃げればいいのに、人間というのはわからないものである。

 

 そう思った途端だった。火球がノジーに降り注いだ。


「あぎゃあああああ!」


 言葉にならない断末魔を上げて、ノジーの身体が火に包まれる。


 魔力の生み出した殺意の炎だ。ただの熱量ではない。

 ノジーは地面に転がるも、あっという間に黒焦げになり、動かぬ死体となった。


 間髪入れずに、向かいの家に火球が降り注ぎ、屋根が燃え上がる。

 たまらず、中から老夫婦が出てきたと思ったら、それにも火球が直撃した。


「マリダさん!アイクさん!」


 同じように燃え尽きていく夫婦の名を、呆然とリリィが叫ぶ。

 くそっ。さっきキラーベアと戦ったばかりだぞ。一体どうなってやがる?


「ここも危ない!早く離れるんだ!」


 我はリリィの手を取って、急いで家を出る。

 直後に、背後で今までいた家に火球が直撃し、燃え上がった。


「ああ、家が!」


 今まで住み慣れた家を燃やされたリリィが声を上げる。

 我も覚えがあるぞ。思い出のこもった住処を奪われた悔しさ。

 本当にこれには、怒りがわくものだ。


 家を出たら村は次々と火に包まれていく最中だった。

 あちこちから叫び声が上がり、夜の闇が上がる火の手でこうこうと明るくなる。


 そう思った途端、火球が上空の闇から放たれるのが理解った。

 人間の頭よりふたまわりは大きい。これは、我を狙ったものだ。


 直撃を見計らい、手の甲で火球を弾き飛ばす。

 手の産毛が焦げる嫌な匂いがする。弾かれた火球は路肩に落ちると燃え上がった。


「だ、大丈夫なんですか?今、火が……。」


「問題ない。」


 それよりも、敵の正体がまだ見えない。普段ならともかく、周りが明るすぎて

 夜目が効かないのだ。


「いったい、どこに逃げたら……。」


 リリィが狼狽える。その手を我はぎゅっと握り返すと、

 

「我の傍にいろ。それが一番安全だ。」

 

 と言い放った。


「は、はい……。」

 

 リリィはぽっとした顔で返事をする。言うことを聞いてくれたようだ。

 狼狽えてどこかあさってに逃げられるよりよっぽどいい。


 そして、我は先程の火球で、だいたいの敵の正体が理解った。

 これならば今の状態でも勝てるだろう。万が一には逃げればいい。

 勝てなくとも、負けることはない。


 だが……、正直我は相手のやることに怒りを覚えているのだ。


 また一つ建物が爆発し、叫び逃げ惑う村人を、降り注ぐ火球が襲う。

 たてがみに火が燃え移った馬が、叫び声を上げながら地面を転がっている。

 地獄絵図だ。


 なんていうことをしやがる。なんということを。

 

 村を焼いて面白いのはわかるが!

 こんなことを繰り返したら、人間の数があっという間に減るだろう!




 かつて今より古代竜の数が多かった頃、種族として力を持ちすぎたゆえに、

 人間という種族そのものを滅ぼしかけたことがあったのだ。

 

 その結果古代竜同士で争いあい、魔族からも憎まれ、大きく我らは数を減らした。

 そして何よりもご馳走である人間を数百年もの間食べられなかったのだ。

 あの時代は苦しかったぞ。


 だからこそ今では残った古代竜も、慎重に生贄を要求したり、ダンジョンの奥で身を潜めたり、

 我のように意味もなく50年寝てみたり。人間の数が減りすぎないように気を払っているというのに。


 あいつは好き放題好き勝手しやがって!我の縄張りとも知らず!苦労も知らず!

 絶対にここでぶちのめしてやる!


「リリィ!おっぱい見せてくれ!いや、揉ませてくれ!」

「え、ええぇ!!?」


 我の急な頼みごとにリリィが素っ頓狂な声を上げる。当たり前だろう。


「そんな、見せてあげるって言ったけど、こんなところでなんて……。

 というか、なんで今なんですか!何言ってるんですか!」


「リリィの言うことはご尤もだ。だが、我も別にただおっぱいが欲しいわけじゃない!

 あいつをなんとかするために、考えがあるのだ。」


「え、ええ?でも、恥ずかしい……。」


「今は誰も見ていないし、それどころではない。大丈夫だ!我を信じてくれ!」


 勢いに押し切られたリリィは、狼狽え目を回しながらもこくこくと同意してくれる。

 早速開けた場所に移ると、リリィに声を掛ける。


「さあ、ここだ。ここでおっぱいを見せてくれ!」


「な、なんでここ広場じゃないですか。なんでこんなところで、ああ、もうえい!」


リリィが勢いよく胸元をさらけ出すと、ボロンと大きな爆乳がこぼれ落ちた。

うむ、改めて見て素晴らしい。これはご馳走だ。


「ひゃっ。おじさま、何を……。」


 我はリリィの後ろに回り込むと、背中からリリィの乳房を持ち上げる。

 ううむ、ずっしりとしたいい肉だ。それに、程よく張りがあってやわらかい。

 よだれが出てきそうだ。


「やだっ、こんなところで、恥ずかし……い!」


 そのまま、我はリリィの乳房を持ち上げ揉みしだく。時々乳首をつまみ伸ばす。

 これが柔らかい肉だぞ、お前の求めているご馳走はここにあるぞと、さんざん

 今空から襲いかかってくるやつに見せつけてやるのだ。


「こ、こんなことをしてたら、ドラゴンの炎が……。」

「大丈夫だ。それは絶対にこない。」


 先ほども火球は我だけを狙ってきたのだ。

 やつは我らを認識している。そう、きた……。


 バサバサと音を立てて、炎に照らされ大きな生き物が我らが前にゆっくりと

 降り立つ。

 

 馬車ぐらいの大きさで、我の昨日までの姿と大きさはそれほど変わらない。

 特徴としては前腕がなく、翼が背中からではなく肩から生えているのだ。


 それは、下等竜ワイバーンであった。

 

「おい、そこのお前。その娘を大人しく渡せ。そうすれば、お前の命は助けてやる。」


 立派なことに、流暢な人間語でそいつは話しかけた。

 

「リリィをどうする気だ」


「わかっているのだろう?肉をいただくのさ。そこの娘はいちだんと美味そうだ。

 なかなか上等じゃないか。特にその乳房、ああ、早く口のなかでとろけさせてみたいものだ。」


 いやらしい目でリリィのおっぱいをワイバーンのやつが見つめる。

 圧倒的捕食者を前に、リリィが「ヒッ……」と声を漏らす。


「自分が助かるために、そのとびきりの部位を見せつけてきたのだろう?賢しいことだ。

 恋人か?娘か?さあ、眼の前で食らってやるからさっさとよこせ。」


「あいつ、ぜったいキラーベアより強いです。おじさま、大丈夫なんですか?おじさま。」


 リリィが涙目で不安そうにこちらに視線を向けてくる。

 

「あいつは絶対に欲しいリリィに火球を万が一にも当てたくなかったんだ。

 そして、こっちをただの丸腰の人間だと思って油断している。リリィ、餌になってくれ。」


「わかった。我の命だけは助けてくれ。リリィはお前のものだ。ゆっくり食べると良い!」


「ええっ。」


 そう言うと、リリィから手を離し、背中を押した。


「ぐるうううぅぅぅぅ!!!」


 邪魔者がいなくなったと、ワイバーンはよだれを振りまき、リリィに飛びかかってくる。

 我のことにはお構いなし、だ。


 あいつは完全に油断している。我のことはどうでもいいただの人間だと。

 だから、リリィという餌につられ、上空というアドバンテージを捨て、こちらに降り立ったのだ。


 お陰でこの拳が届く所まで来てくれた!


 我はステップを踏み、一瞬でワイバーンの脇に出ると、

 一気に距離を詰め、その脇腹に左のストレートをぶち込んだのだ。


 インパクトとともに、空気が弾ける爆音が放たれた。


「グアあああああああっ!!!!」


 むう……。

 怒りとともに叩き込んだ拳は、ややワイバーンの体の線からずれたところに打ち込んでしまった。

 やはり、まだまだ人間の体の操作に慣れていない。


 それに、さすがは下等といえど竜種といったところか。

 人間の小さな拳では、胴体を吹き飛ばすまでのことはできなかった。


 ワイバーンの身体が拳の形に凹んでいた。おそらく、肋骨がいくつも砕け、

 内臓にもそれなりのダメージを与えただろう。

 息をするのにも苦しいはずだ。


【おま、オマ、お前なんなんだあアアアッ!!!】


 ワイバーンが血走った目で、なんとか絞り出したのは、竜語であった。


【わからないだろうな、お前、せいぜい数十年しか生きてないだろう。我が眠りに付く前だ。】


 まさか竜語で返されると思っていなかったであろうワイバーンが、驚いた目で見つめてくる。

 

【なんで我が言葉を、お前、一体……?!】


【さあな。だが、我は我らが古に定めたルールを犯す、お前のことは絶対に許す気はない。】

 さあ、ちっぽけな相手だ。竜種の誇りをかけてかかってこい】


 拳を固め、力を集める。次は先程のようにはいかない。 

 さあ、かかってこいと思ったその時だった。


「グアアッ、グアアアッ!!」


 ワイバーンは大きく羽ばたくと、後ろ向きに飛んで逃げ出したのだ。

 まさか正体を知られたわけでもあるまいが、得体のしれない相手に恐ろしくなったのか、

現状では不利を悟ったのか。

 やはり下等竜に竜の誇りなどなかったということだ。


 だが、このまま逃がすつもりはない。正直、飛んで逃げることまでは想定済みなのだ。

 正直、実験しようにも、地上にいる相手には被害が大きくて使いたくなかった。

 今、無防備にふらふらと浮き上がっているワイバーンは、うってつけのいい的だ。


 息を大きく吸い込む。全身から力が集まる。魔力だ。

 

 ツメの一撃など、ドラゴンにとってはあくまでサブウエポンに過ぎない。

 ブレスこそが、ドラゴンの最大最強の攻撃手段。

 

 古代竜の放つブレス。我も放つのは150年ぶりとなる。

 放つだけで歴史に残るというこの技は、やつにはもったいないが、もののためしだ。


【消し飛べっ!!】


 我は気合とともに口から破壊の魔力を撃ち出した。

 

 背後からただ事ではない脅威が迫っていることに、顔をこちらに向けたワイバーンが、驚愕の表情を浮かべる。

 だが遅い。 

  

 閃光とともに、ワイバーンの火球などとは速度も輝きも違う、ビーム状の光の束が放たれると、

 空中に逃げるワイバーンの背中に直撃した。


 我の拳を受け止めた身体も、ブレスの前では全くの抵抗もできず、蒸発し穴が空く。

 そのまま渦上のエネルギーに溶け込むように、ワイバーンの身体は光と煙なって消えていった。


 一瞬のうち、辺りは静寂に包まれた。

 なるほど、かなり手加減したつもりだったが、それでもあの相手には過剰だったか。

 ふむ、とりあえずこの身体でもブレス自体は使えることが理解ってよかったな。


「あ、あの、ドラゴンはどうなったのですか?」


 リリィが驚いて口も閉じられないような顔で空を見つめていた。


「大丈夫。見ての通りだ。跡形もなくなった。」

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