2話 リリィ
キラーベアをぶちのめし、巨おっぱいを救い出したのがついさっき。
恐怖と衝撃からまだフラフラしていた娘が落ち着くまで少し時間がかかった。
気がつくと、日はもう傾きかけていた。
とりあえず、開けた胸元は持っていた手ぬぐいを巻いて隠してもらった。
機を見て、道に迷ってさまよっていたことを話すと、彼女は村まで案内してくれるらしい。
ありがたいことに、ここからそんなに遠くないようだ。
なんでも、いくらかのお礼をしてくれるとか。
「ならばお前の身を捧げよ……!」
などとドラゴンのときだと言い出してただろうが、今となっては人間の集落や道を教えてもらうだけでありがたい。
「ところで、おじ…さまは、お名前はなんていうのですか?」
さて、困ったことを聞かれてしまった。
古代竜として人間から呼ばれた名前はいくつもあったが、それをここで名乗るのは憚られる。
弱体化している今、万が一にも正体がバレるようなリスクは避けたいのだ。
「あっ。先に名乗るべきでしたね。私はリリィといいます。」
とはいえ、人間として生きる以上、個体名がないというのは大変不自然というのも理解していた。
人間社会から外れた存在になればなるほど、情報を得ることは難しくなるだろう。
我はこれからなるべく、普通の人間として目立たず過ごさなければならないのだ。
「えーっと、その、名乗るほどではない。」
「そんなこと言わないでくださいよ。おじさまのような強い人が、名乗る名が無いわけないじゃないですか。」
困った。この男の名前を使うにも、残念ながらこの男に関することは全く記憶から引き出せないのだ。
「う、ううん……。むしろ、名乗ることができないんだ。秘密が多くて。」
「そうなのですか?でも、持っているのに剣も使わず、素手でキラーベアを倒しちゃう人なんて。
なにか凄い魔法を使う人なんですね。とりあえず今は聞かないでおきます。」
……そういえば、先ほどショートソードを拾ったんだった。
完全に使うのを忘れていた。まあいいや。
とりあえずリリィは無理にそれ以上のことを聞こうとはしなかった。だが、諦めてるかというとわからない。
「とりあえず、私の村に来てください。もう暗くなるし、泊まっていったほうがいいですよ。」
と、リリィが我の肩に身を寄せて言う。ちょっと媚びるような上目遣いが気になる。
「えーと、リリィ、さん、なんか近くないか?」
「だって、さっきあんなことがあったばかりなので。まだ怖いんです。」
本当かなあ。これはアプローチをかけられてるような……。
我は人間の美醜も理解できるのだが、この男の顔は、正直あまり褒められたようなものではない。
それに年齢も、この娘とは差が……。
む、年齢?
「なあリリィ……さん。」
「リリィでいいですよ」
「我のこと、何歳ぐらいに見える?」
「えっ?突然ですね。うーんと、30代中盤から後半?」
我の急な質問にも、素直に答えてくれる。そうか、やはりそれぐらいか。
「人間の寿命ってどれぐらいだと思う?」
「え?普通60年とか……。80年も生きたらいいぐらいじゃないですか?」
だよなあ。人間の寿命なんてその程度なのだ。
となると、この身体はもう寿命の半分を折り返していることになる。
なんてことだ。
この身体、我がちょっと長いい眠りをしたで寿命で死んでしまうではないか。
いや、寿命どころではない。その前に老いたら動けなくなるのだ。
原因を探ることもままならなくなるだろう。
まさかの、神や魔や英雄などよりも、寿命こそが我の一番の差し迫った脅威なのだ。
「どうしたのですか?なにかショックでした?あれ?もしかしてもっと全然若かったり……。」
「いや、なんでもない。ちょっと思い出したことがあっただけだ。気にするな。」
内心焦りながらも、笑顔を作って返す。
こうしちゃあいられないぞ。人間として生きる以上、これからはのんびりしてはいられない。
精一杯急がなくては。
そうこうしているうちに村についた。
残念ながら、そんなに大きな村ではない。人口は数百人と言ったところか。
あまり広くない畑でほそぼそと暮らしているのだろう。
先ほど倒したキラーベアについてだが、なんとか我が倒したことについてはごまかしてもらうことにした。
偶然頭の潰れた死体があったとでも報告すればいい。後日、遺体を取りに来るそうだ。
人間は魔物の遺体を色々素材として利用するらしい。
「実は私、一人暮らしなんですよ。よかったら、私の家に泊まっていきませんか?」
「いや、我は小屋でもなんでもあればいいから。」
リリィの家に案内された。
本来の我の姿ならとても入りきれないような、こじんまりとしたものだ。人間の住処などこんなものか。
家の脇にわらを積んだ小屋があるので、ここでいいんだけどなあ。
「そんな事言わないでくださいよ。命の恩人を小屋になんて寝かせられません。」
「あ、ああーー。では、とりあえず聞きたいことがある。探しものがあるのだ。」
とりあえずリリィに、魔物の精神を取り込むような、宝玉のような魔法アイテムはないかと聞いてみたが、
残念ながら聞いたこともないようだ。
少なくとも一般的なものではないらしい。
「私じゃなくても、村長さんなら知ってるかもしれませんね。
息子さんが行商でよく城下街にいくので、色々話も聞いていると思います。」
そして城下町。
ここから人間の足で何日か歩いたところに、大きな街があるらしい。そういえば、そんなのあったな。
その村長とやらが知らなければ、とりあえず底に行ってみるのがいいだろう。
歩いてだと何日もかかるのか。飛べばあっという間だというのに。くそ。
「今日はもう遅いので、とりあえず会いに行くのは明日にしましょう。それより、ご馳走しますから。」
流石にお腹も空いた。飢えすぎてリリィに齧りつくのも怖いので、食事は素直にいただくことにする。
リリィが作ったシチューと、パンをご馳走になる。
人間の食事は一日何度も取らなければならないのが不便だが、この程度の量でも済むのがいいところだ。
「うむ。ありがとうリリィ。美味かったぞ。」
ボロを出さないように、最低限の感想を言い微笑む。
実際味は悪くないが、人間の食べ物の食べ方もよくわからないのだ。
手づかみと匙で掬って食べるようなもので良かったが。
「よかったです。それでですね、今、家にはベッドが一つしかないのですよね。」
「ああ、我は藁でもあれば構わないから……。目立たなければ。」
「命の恩人の方に、そういうわけにはいきません。」
「で、でも何か間違いがあったらいけないだろう。」
「私のおっぱい、見てましたよね。もっと見たくないですか?」
うぐうっ!気づいていたか。
しかし、この娘、歳の割に思ったより積極的だな!
「大きくて、邪魔なことも多いけど……。自慢のおっぱいなんです。さわっても、なにしても……。
おじさまになら、なにされてもいいですよ」
そう言うと、リリィは胸元を下げ、ぼろんとおっぱいをさらけ出す。
大きい。おヘソまで隠れるんじゃないか。
「そ、その、もっと自分を大事にだな。」
そう言うと、リリィは身を寄せてくる。
おっぱいの柔らかさと温かさが、服越しに伝わってくる。
「私には、これぐらいしかお礼ができるものがないのです。でも、嫌じゃないんですよ。
こんな小さな村ですもの。そんなにいい男もいませんし。むしろ、キラーベアから助けてくれたとき、
きっとこの人は運命の人なんだと思いました。」
ああ、あのとき惚れられてしまったのか。
たしかに、この年頃の女の子には強烈だったかもしれない。
しかし、何をされてもいい、か。そんなこと言っちゃいけないものだ。ドラゴンの我に。
「それとも、私は魅力がないですか?」
そんなことはない。とっても魅力的である。
ああ、この柔らかいおっぱい。
かじりついたら、きっと肉汁が溢れて美味しいのだろうな。
すぐにドラゴンに戻れたなら、ぜひともご馳走になりたいものだが。
しかし、人間との交尾など誘われたらごめんである。
なにせまず、やり方がわからないのだ。交わらせる尻尾もないというのに!
「あ、あの……えーと、ちょっと待って。なにか、なにか聞こえない?」
「えっ?なんですか?なにか聞こえます?」
気づいてはいたが、どうやら我の耳は人間より鋭敏らしい。
話をただ遮ったわけじゃない。本当に、遠くから騒ぐ声が聞こえる。
「本当に何かあったみたいだ。リリィ。誰かこの家に来る。」
誰か人間がこちらに駆けてくる足音が聞こえる。
真顔で入口を見つめる我を見て、冗談ではないと悟ったのか、リリィはいそいで服を直した。
「リリィちゃん!ドラゴンだ!魔物が襲ってきた!」