18話 颯爽と
もはや見ては居られない。一か八かやるべきだろう。
どう考えても、この場をなんとかできるのは、我のブレスだけだ。
肩を上げ胸を膨らませ、息を吸い込む。
胸の中で魔力の小さな火が灯った。
かつてない最低威力で放出し、ティロサウルスだけを消し飛ばせばいいのだ。
……うまくいくイメージがわかない。
殺意を込めたブレスが、ちょうどよく敵だけを殺せるだろうか。
しかも水中に向けてだ。
間違えれば、少女ごと消し飛ばしたり、死なせてしまう可能性もある。
さらに、これだけの人間が見ている中でブレスを放つことの懸念は大きい。
ただの攻撃魔法だと言い訳できればいいが。
魔力が元になってはいるが、ブレスと魔法は根本的に違う。
ただ攻撃の意思を乗せて放出するものと、魔力を紡いで現象を再現するものという差。
少し魔法を使う人間なら、全く別物だということは簡単に看破されるだろう。
魔力の残滓から、先日の噴火が我の仕業だとバレる可能性もでてくる。
その時人間たちは我のことをどんな存在だと考えるだろうか。
周りからは恐れ、避けられ、殺害を企てられる可能性もでてくる。
ほんの僅かだが、人間として得たものを失ってしまうかもしれない。
迷いはある。
だがそれでも、眼の前の助けを求めるものを見捨ててはおけない。
それこそ、今我は人間として生きているのだから。
覚悟を決めたその時だった。
空からいくつもの青白い光が矢のように鋭く川に降り注いだのだ。
冷気の魔法が発動する鋭く高い音が響いた。
一瞬水面に白い波紋が生まれ輝いたかと思うと、少女の背後の川が一瞬で凍りついていく。
あっという間に小さな氷山が川の流れの中に現れたのだ。
もう少しで獲物にありつけるはずだったティロサウルスは、眼の前にできた氷の壁に阻まれ、下流に押し流されていく。
一体何が起こったというのだろうか。
少女の手前に生まれた氷山の上に、誰かが飛び乗る。
紺色に裏地が赤のマント、青白く輝く胸当て、キレイに切りそろえ整えられた金髪。
二十歳になるかならないかという年頃のその男は、氷に剣を深く突きたてる。
それを支えにすると、水面に手を伸ばし、一気に少女を氷の上に引き上げた。
助け出したと思ったの束の間、観衆から叫び声が上がる。
押し流す氷を避けて回り込んできたティロサウルスが、獲物を逃さんと、
水面から大きな口を開けて飛び出してきたのである。
並ぶ鋭い牙が、少女めがけてスローモーションのように襲いかかる。
だが、その男は動きを読んでいたかのように、落ち着いて突き立てた剣を引き抜いた。
少女を片手に抱き、逆手のまま肩だけの動きで剣をティロサウルスの顎に一閃させる。
恐ろしい切れ味を持ったその剣は、飛びかかってくるティロサウルスの顎を、抵抗なく上下に切り裂いたのだ。
巨体が川に落ちると大きな水柱が上がった。
頭が真っ二つとなったティロサウルスはごろりと腹を見せると、周囲を赤く染めながら流されていった。
氷から落ちないように、少女を脇に抱き寄せると、男はその剣を笑顔とともに天に向ける。
ピンチを颯爽と救ったその英雄の姿に、周囲から歓声があがった。
喜ぶのはまだ早い。
あちらが一段落したのはいいが、まだ魔族が上にいる。
そう思い目を向けると、魔族は数多くの魔法の矢からひらりひらりと逃げ回っているところだった。
一つ一つが強力な魔法攻撃だろう。
汚れ一つない真っ白なフード付きローブを纏い、杖を持ったそのメイジは、橋の欄干の上から恐ろしい勢いと手数で空に攻撃を放っていた。
きっとあの男の仲間であり、川に氷山を作り出したものだろう。
しかし、それだけの凄まじい攻撃でも、お互い本気を出しているようには見えない。
両者とも、出方を伺っているように見える。
それでも、魔族も一方的に攻撃されているわけではない。
魔法の弾幕に生まれた一瞬の隙を突いて、負けじと魔族が反撃に転じるための魔力を生み出した。
甘い。
それはメイジ側が誘うためわざと生まれた隙だ。
攻撃に転じようとしたところで魔族の動きに僅かな硬直が生じた瞬間、他の弾幕に隠れた死角からの一撃が直撃する。
空中に爆炎が上がり、一瞬後に衝撃音が鳴り響いた。
なるほど、これが魔法戦闘のプロ同士の戦いというものか。
今まで意外と見る機会がなかったから新鮮なものである。
爆炎が晴れると、そこには魔族の姿は無かった。
有効打を与えながらもメイジは警戒をとかない。
しかし、気配は完全に消えていた。魔族は退散したのだ。
この戦いも数十秒ほどのこと。
メイジが戦闘態勢を解くのと、少女を岸に預け、飛んできたマントの男がたどり着くのが同時だった。
何か一言二言声を掛け合ったと思うと、二人は橋で見守っていたこちらに揃って杖と剣を掲げた。
強力な魔族を退治した二人の英雄に、橋の両端から一斉に盛大な歓声があがる。
ああ、よかったよかった。
我が余計な手出しを出していたら、こうはならなかったであろう。おそらく全員ドン引きだ。
鮮やかでカッコいいやつらだ。彼らに比べたら我の戦い方のなんと泥臭いことか。
何をやらせても見栄えがいいやつらというのがいるものだなあ。
「あの人達強くてかっこよかったですね。一体何者なんでしょう。」
エミリアは一観客となって手をパチパチと呑気に叩いていた。
───
あと一歩だったというのに、隣国へ渡れなくなってしまった。
こうなると元の姿がうらめしい。自由に空を飛べればあっという間なのに。
失ってから知る、そのありがたみよ。
気を取り直そう。橋は派手に壊れたわりには、1週間もすれば通行が可能となるらしい。
この街はこの橋あってこそなのだ。生命線ゆえ、腕のいい大工も技術も揃っているのだとか。
巻き込まれて馬車ごと落ちなかっただけマシでは有るが、思わぬ足止めに今になっていらっときた。
あの魔族め。放ちそこねたブレス、できることならアイツに撃ちたかったものだ。
ありがたいことに、滞在費は十分にある。
急ぎの旅ではあるが、一日を急ぐほどではない。
今のうちに街でゆっくりして、ぶらぶらと過ごすのもいいだろう。
我らはフラヴィの案内で、繁華街のなるべく大きく立派な宿を選んで滞在することにした。
大通りの一等地に有るその宿は、大きいと思ったフラヴィの屋敷よりも更に倍以上はある店構えで、馬車も駐められる。
川が近いということもあって、魔法で沸かした大浴場も有るんだとか。
1階が酒場のホールになっていて、食事も悪くない。
それでいて、旅人向けなので値段も高すぎない。
「ねえねえお姉ちゃん。さっきのお店見に行こうよ!」
「……しょうがないなあ。ねえ、ノジーさん明るいうちに出かけて大丈夫?」
エミリアとマリスは早速スマウグの繁華街を見て回るらしい。
「よし、それじゃあお小遣いあげるから、なんかおやつでも買ってきてくれよ」
と、小袋の紐を緩め、エミリアに小金貨を渡してやる。
「ノジーさん、これは多すぎですよ。ただでさえ、こんなに良い宿の代金も出してもらってるのに。」
「せっかくの大きな街だ。たまには良いだろうよ。二人で使ってくれ。
何かあったときのためにお金は持っておくに越したことはないさ。
マリスちゃんも全部使い切らずに、無駄遣いはしすぎるんじゃないぞ。」
「すごい!ありがとうノジーさん!」
「まあノジーさんがそう言うならば……。ありがとうございます。楽しんできますね。」
なんだかんだ二人は喜んでくれたようだ。
「……はい。それじゃあ、これで大丈夫だと思う。もちろん絶対じゃないけどね。
誰かが入ってきても、この箱も中身も価値があるものだと認識できない。
意識をしなければ、ゴミがはいった箱ぐらいにしか思わないはず。」
大金が入った箱は、部屋に持ち込んだ上でフラヴィが盗難防止魔法をかけてくれた。
これで誰もこの箱が価値のあるものだと認識できないらしい。
ちなみに男女で部屋を分けたが、我の部屋に置いてある。
「じゃあ、私も街を見に行ってくる。魔法関係のお店見てくるから。」
「フラヴィもお小遣いいる?」
「ありがとう。頂戴。」
不公平は良くないので、フラヴィにも金貨を渡してあげると、礼を言って出かけていってしまった。
一応、お土産は頼んである。
さてこうなると、部屋に一人、一気に静かになってしまったな。
一人の時間も久しぶりかもしれない。人間とは群れる生き物だなとつくづく思う。
さて、風呂に入るにもまだ早い。
たまには下の酒場で酒でもあおってもいいだろう。
これらはドラゴンの時にはめったに楽しめなかったことだ。しっかりと満喫しなければ。
そう思い、一階の酒場へ向かうと、出ていったはずのフラヴィがいた。
まだ空いてる時間帯だったので、特徴的な魔法使い帽子で一目瞭然だ。
テーブルに座って木樽のジョッキを煽っている。
「フラヴィ、早い再会だったな。出かけたんじゃなかったのかよ。」
「まあね。興味が湧いたことがあったから。」
「何か面白いお酒とかでもあったのか?」
「流石にこんなに早い時間からお酒なんて飲まないわ。出かける予定も有るし。」
そう言われてしまうと飲みにくくなってしまった。暇人は辛い。
「それより、あれ。あそこ。」
フラヴィが視線で指し示す先を見ると、奥のテーブルには先程魔族と戦いを繰り広げた二人がいたのだ。
あの目立つマントとローブなどの装備を脱いで、一般人の服を着て男は帽子で目立つ金髪を隠している。
なるほど、パッと見ではわからないぐらい溶け込んでいる。
なるほどなあ。一人はメイジだし、魔法探求者のフラヴィには気になるところだろう。
「話しかけないのか?気になってるんだろ。」
「何話しかければいいかわからないし、突然言って迷惑かもしれないし……。」
確かに、あれだけの活躍を衆人のなかで見せたばかりだ。
だからこの時間から外を出歩かず、宿の中にいるのだろう。
「むしろ明日から噂が広まって有名人になっちゃうだろ。話しかけるなら今だな。」
「あ、ちょっ……」
止めようとするフラヴィを振り切って、我は二人に歩み寄る。
近づく我に二人も気づいたようだ。
「どうも。さっきの活躍、見てましたよ。もしよければお酒でも奢らせてくれませんか。」
「ありがとうございます。でも、お酒は飲まないもので。」
金髪の男のほうが返事を返す。近くで見てもいい男だな。
一方、メイジはローブを脱げば、男と同じ年くらいの清楚な黒髪の若い女性。
そしてこれもまた美人だった。
遠目に見てたときから気づいていたが、チュニックに包まれた胸も大きい。
「なら料理でも。同じ旅人同士、お話してみたくて。」
男がメイジに視線を送ると、メイジの側は無言で2回頷いた。
別にいいよ、ということだろう。
「まあ、そこまで言うのならば。」
我が考えるに、彼らもお金には困ってないと思うのだが、そこは断らないところ人の良さを感じる。
手招きをしてフラヴィをテーブルに呼び寄せ、4人での会食が始まった。
ごちそうする料理はフラヴィに選んでもらった。
まずお互いの自己紹介をすると、金髪の男の方はロキ、ローブの女性はソルニャというらしい。
「いやあ、間一髪でした。もうちょっとロスタニア側にいたら、私達も川に落ちてたかもしれません」
「そんなに近くにいたのですか。私はロンデルに渡ったばかりでしたが、お互い災難でしたね。」
「しばらくはここに足止めになりそうです。まあ、ロスタニアに急ぐこともないので良いのですが。
そういえば、ロキさんたちは何をしにロンデルにいらっしゃったのですか。」
「ロンデルには、あの山の噴火を調査しに着たんです。ロンデル側に居たあなたに、できれば話を聞ければと。」
我に大きく関わりのあることじゃないか。
つくづくあのとき早とちりしてブレスを放たなくて良かった。
「そうなんですか、はは……あれは大きな爆発でしたね。でも、すぐ収まったし、もう危険はないんじゃないですか。」
「それが不思議なことでしてね。どう見ても爆発した山は火山には見えなかったし、私もかなりの距離はあったものの
見たのですが、あれはただの爆発ではありませんでした。」
「そうなのですか、なにせ、我も火山の噴火など見たことがないもので。」
嘘である。火山の爆発は珍しいが何度も見たことは有るのだ。
それと比べれば、あれが以上な爆発だということぐらいひと目でわかるだろう。
しまったなあ、もう顔も覚えられただろう。興味本位で話しかけるんじゃなかった。
「一説にはですね、あの爆発は強力なドラゴンによるものではないかと言われてるんです。」
「ドラゴン?それは、なんとも……」
正直言葉に詰まる。この二人はかなり確信まで迫っているではないか。
そう言えば、ロンデル王もブレスの正体を初見で看破していたな。
「それってどんなドラゴンなんですか?山を噴火させるやつ?」
なんとか話題をそらそうと考えているところ、フラヴィがむしろ話を掘り下げてくる。
一瞬余計なことを、とも思ったが。
こうなったらむしろ、相手がどれだけ知っているのか聞き出しておいたほうがいいものだ。
「そうだな、有名な話なのである程度はノジーさん達も知ってるかもしれないが。」
「破滅の光。もしそれを放てるとしたら、グラウノーズという、世界に4体居たという古代竜の一匹だ。」
それからロキの口から語られたのは、恐るべき人類の敵としての古代竜の伝説だった。
主人公が颯爽と活躍するのかと思いきや、まさかの若いイケメンが駆けつけてくれて鮮やかに解決してくれました。
本来人類の敵だったのに完全に人間の側で行動するノジーですが、果たして人類側からはどう見られているのでしょうか。
今回でやっと10万字越えました。でも、ここまで何も反応がないので辛いです。
良ければ感想レビュー等ください。




