17話 スマウグ
あれからは平和な旅が続いている。
現在ロンデルから出て2日。
まだ雪の残る山脈に沿う街道は魔物の姿もなく、小鳥のさえずりとカポカポと馬の蹄の音だけが聞こえている。
王からぶんどった馬車は乗り心地快適で、荷台で寝ながら進めるほどであった。
一番の心配だったのが、病み上がりで投獄され、そのまま旅に連れてきたマリスだったのだが、それはもう元気過ぎるぐらいだ。
「ねえねえ、お姉ちゃん!ノジーさん!お花!いっぱい咲いてる!」
馬車に乗っていればいいものを、平原に花畑を見つけては、わざわざ降りて摘み取っては、走って追いかけてくるのだ。
今まで動けなかった分、取り返すかのようなはしゃぎぶりである。
気持ちもわかる。今まで暫くの間、あの狭い家で寝たきりだったのだ。
マリスはただ自分の足で動けることの嬉しさを、その全身で表現しているのだ。
見たところ、追加で例の薬を使う必要は無さそうである。
万能の薬があると知れば、命に変えてでも手に入れようとする人間も出るだろう。
何処から情報が漏れるかはわからない。
あれは、たとえ身内であっても本当に最後の手段になるまで使わないでおきたい。
「フラヴィさん、いっぱいお花積んできた!」
しかしマリスの幸せな様子を見たら、それだけのリスクを犯した価値はあったと思える。
改めてこんな気持ちは、人間だからこそ味わえるものなのだな、ということに気がついた。
ドラゴンであるときには、1万年生きてても感じ無かった充足感だ。
フラヴィの性格で、初対面でいきなり旅に付いてきたマリスと仲良くなれるかは少し心配だった。
しかし案外相性は悪くないようで、今は微笑みながらマリスが採ってきたお花で冠を作ってあげている。
そんな我らが今向かっているのは、国境の町スマウグだ。
ロンデルと隣国ロスタニアは、山脈と大河が自然国境になっている。
その大河に通商のためにかけられた大橋があり、集まる人を目当てに、自然と人が集まってできた街なのだそうだ。
首都ロンデルほどは大きくないが、活気のある街らしい。
位置的にちょうど先日我が吹き飛ばした山脈の麓に有るらしいのだが、
すれ違う人々の話によると、爆心地との間に丘があったらしく、ほとんど影響を受けなかったらしい。
なるべく人の往なそうな方向に向けて撃ったのだが、反省することしきりである。
そうそう、やはり先日のブレス……噴火は会う人会う人の話題になっていた。
それはそうだ、火山でもないのに突然大爆発を起こすのだから。
ちなみに、フラヴィもエミリアもマリスも、我が吹き飛ばしたとは気づいていないらしい。
そりゃあそうだ。マンティコアをパンチで殺せたとしても、鉄格子をぶちやぶっても、山を吹き飛ばせるとは思うまい。
しかし、何かあったなとは感づいているらしい。
投獄されるような扱いだったのに、急に与えられた立派な馬車、大量に渡されたお金。
疑問に思わないほうがおかしい。
「ノジー、やっぱり勇者として認定されたの?」
と聞かれたが、「いいや」と応えるしかない。
「この馬車とお金どうしたの?」
と聞かれたが、「王様からもらった」と答えるしかなかった。
うむ、全く嘘はついていないぞ。
「ふーん……。」
とフラヴィはそれ以上突っ込まなかったが、納得はしてないらしい。
あえて追求しないほうがいいとわかっているのだろう。賢いことだ。
「まあいっか。しばらくお金には困りそうにないし、この馬車乗り心地最高だしね。」
「ノジーさんは秘密が多い方なんですね。」
「そのうち話してね、ノジーおじさん。」
と、三人はいつか話してくれるんだよね?というささやかなプレッシャーを与えてくるのだった。
我は薄笑いで返すしかない。
やがて豊かな穀倉地帯が始まり、青い麦畑が風でさらさらと波打つ中を進んでいく。
そして、道の果てに日の光を返す輝きが見えたかと思うと、それが大河だった。
ロンデルとロスタニア両国を潤す豊かな流れだ。
聞くところによると、歴史上この川の水が途切れたことがないらしい。
両国の関係が悪くないのも、水利で争う必要がないからだろう。
街道沿いは穀倉地帯の主であろう農家がちらほらと目立ち始め、だんだんと街らしくなってくる。
道も広くなり、行き交う馬車の密度も高くなってきた。
小さな村を除けば、今までが城壁に囲まれた大きな街ばかりだったので、境目の曖昧な開けた街の作りは新鮮である。
そんな作りだから、スマウグの街は入街税を取らないらしい。
そのかわりに、橋を渡る際に徴収しているそうだ。
交通の要である橋の補修に使うのだとしたら、納得できる分、ロンデルに比べたら大変良心的に感じる。
まあ、今では些細な金額に一喜一憂する必要もないんだけれどな。
金持ちっていいものだ。
「マリス、スマウグが見えてきたぞ!」
「う……んーー……。」
大きな建物が並び、シンボルであろう大きな橋塔が見えてきたところである。
初めての新しい街を見て喜ぶか、と声をかけたが、マリスはフラヴィの膝の上で、すこしうとうととしていたのだった。
「フラヴィはなんどか来たこと有るんだっけ?」
「冒険者時代にね。橋も渡ったことあるよ?いろんな街、見てみたかったし。ああ、そのままの方向で大丈夫。」
フラヴィの案内どおり、周りの馬車の流れにのって進むと、スマウグの一番通りらしきところに出た。
そこはなるほど、ロンデルと遜色ない賑いである。
大通りは両国の物産を並べた屋台が並び、その後ろに立ち並ぶ高い建物は概ね酒場兼宿屋となっているらしい。
それでいて馬車で通るのに苦労しないように道が整備されてるのだからありがたい。
「ノジーさん、お店がいっぱいですね!ほらマリス、見たことないのもあるよ?」
「ほんとだあ、いっぱい、にぎやか……!ノジーおじさん、お店、見に行っていいですか?」
冒険者だったエミリアはともかく、マリスには新鮮だったのだろう。
すぐに賑やかさに興奮し、目を輝かせだす。
ロンデルには住んでたけれど、ろくに出歩けなかっただろうからなあ。
「もちろんだ。でも、馬車を宿屋に置いてからにしよう。こう人通りが多いと、
ぶつからないかヒヤヒヤするんだ。」
まあ、御者をしているのは実は我ではなく、エミリアなのだが。
街道はともかく、昨日馬車を扱い出した我には、街中で馬を操るのは自信がなかったためだ。
エミリアがどういうわけか馬車の運転にも慣れていて助かった。
「宿はどうするの?ロンデルでもロスタニアでも値段変わらないけど。」
まだ午後三時ごろ。十分に明るいが、入国したら次の街まではしばらく距離があるらしい。
それゆえ、この街に来た人間は大抵一泊してから次の目的地に進むのだとか。
「今の時間は橋の関所も空いてるみたいだ。いまのうちに渡ってしまおう。
ロスタニア側にも繁華街はあるみたいだから、見るならそっちにしよう。」
やはり橋は朝の開門直後が一番込み合うらしく、日も傾きだす今が渡り時のようだ。
ちなみに、橋銭は一人金貨一枚、馬車が2枚だった。まあ、今では屁でもない。
数百メートルの川を渡る橋は2車線となっており、我らの立派な馬車でも道幅には大きな余裕がある。
材質は立派な石造りで、そうそうは壊れそうにないだろう。
川の流れは穏やかだが、水は暗く中々に深そうで、よくぞここまでの橋を作ったものだと感心する。
並び、橋塔にあった関所に橋銭を払い、乗り合いや商人の馬車が一列になって進んでいく。徒歩の人間は脇の歩道だ。
橋の向こうに、新しい国が見えてきた、その時だった。
「………!?」
強烈な違和感を感じたのである。
なにか覚えがある、だが、あまりに久しぶりすぎてその感覚が何なのか思い出せない。
ただ、良くないことだけはわかる。
「エミリア、馬車を止めてくれ。」
「ええ?でも、後ろがつっかえちゃうよ?」
「構わない。我が後で適当に言い訳すれば良い。いいと言うまで動かさないでくれ。」
エミリアは指示通り馬車を止める。
前の馬車が我らを置いて進み、間が空いてくる。後ろからのプレッシャーを感じる。
その間にも違和感は大きくなっていた。
これは、敵意も混じっている?。
「ノジー、何かあったの?」
フラヴィが心配して声をかけてくる。
後ろからも野次がとんでくる。
その時、前方の景色が熱で炙られたように歪む。
「フラヴィ、魔力攻撃だ!」
そう言ったとたん、前方の橋真ん中ほどが爆発した。
衝撃が近く耳が遠くなる。周囲から悲鳴が上がった。
爆発したのは先だが、弾けた橋の破片がこちらまで飛んでくる。
「……っ!!やっぱり!」
丈夫だと思っていた石造りの橋の支柱が破壊され、支えを失った部分の構造から落ちていく。
数台の馬車が崩落に巻き込まれた。馬車の重さに引きずり込まれた馬のいななきが響く。
まずい、連鎖的にここまで橋が崩れるか!?と思ったが、崩壊はその一角だけで収まった。
「ノジー、何が起こったの?」
「……上空だ。」
その攻撃を目の当たりにしてやっと、我はその感覚の正体を思い出した。
爆発地点のはるか上空の空間が歪んだかと思うと、人の形をした……悪魔が現れる。
「ノジーさん、何か怖いのが浮いてる?あれ何?」
「……魔族だ。」
なにかと黒光りする生地を身体に貼り付けたような奇っ怪な格好、 骨ばったゴツゴツとげとげしたデザインの鎧。
人類と敵対する種族。魔王の尖兵。
角の生えたドクロのような顔つきからして、グレーターデーモンと呼ばれるもののようだ。
さっきから感じていたものは、普段姿を隠しているあいつらが、攻撃を仕掛けようとするときの独特の殺気だったのだ。
対するのがかなり久々なので忘れていた。
魔族、あいつらは人類のことがとにかく気に食わないようで、我が知る歴史上ずっと縄張り争いをしている。
詳しくは忘れたが、確かお互いの生息環境が違いすぎて、とても共存できる生態ではないんだとか。
正直我も魔族については会話の経験も乏しく、それほど詳しくはない。
何故かと言うと、魔族とドラゴンとの関係が希薄なのだ。
まず、ドラゴンにとって魔族はそのままの意味で美味しくなさすぎる。
あいつらは死んだ途端、さらりとした魔力の塊に戻ってしまう。
食べようとしても水蒸気を口に含んだような味気なさでなんの得もない。
それでいて知能が高く、大抵の人間より強いので、下手に手を出すと痛い反撃を食らうのだ。
なら関わらないほうがいい。
魔族からしてもドラゴンは相手にするのは強力すぎる。
そして特に相手にする必要もない。
歴史上稀に魔族が勢力を広げすぎて、人間が追い詰められたとき、
貴重な餌がなくなることに危惧して何度か魔族とドラゴンが争うこともあった。
しかしそれ以外は基本的にノータッチなのである。
もし魔族を滅ぼすには骨が折れるし、人間の勢力が広がり力をつけすぎても、それも都合が悪いので、
この世界はそれぞれ3者+αのパワーバランスで上手く成り立っているのである。
それはそうと。
何故魔族が現れたのかはわからないが、今から渡ろうとした橋を爆破されてしまったのは困る。
今の我はどう見ても人間奴らの敵だ。
喧嘩はしたくない。迎え撃ってここで目立ちたくもない。
今のところ、何を考えているのか不明だが、デーモンは空中に静止したまま、こちらの様子を伺っているように見える。
気になったのは流された人々だ。
流れが急でないのが幸いし、落ちた人々は荷物に捕まって浮いているようだ。
しかし問題は、水棲の魔獣である。
このような大河には、大型の人を狙う魔獣が住み着いているのだ。
「来たぞー!!早く上がれ!ティロサウルスだ!!」
誰かが叫ぶと、下流から波を切って何か大きなものが遡ってくるのが見える。
ティロサウルスと呼ばれるそれは、ワニの手足をヒレに替えたような水棲の爬虫類型の魔物である。
竜族に間違われることもあるが、翼を持たない4本足のトカゲの魔獣だ。
そして、他の魔獣の例に漏れず、奴らにとって人間はなによりもご馳走なのだ。
崩落した橋の際には、早くも人が集まり、ロープを使い、落ちた人間を引き上げている。
問題は、橋から流され離れてしまった人間だ。
場所が悪かったのか、一人大きく離れてしまった人間が見える。
フラヴィとそう変わらない、あどけない年頃の少女だった。
なんとか足を掻いて浮いているが、あまり泳ぎが達者ではない。
服が邪魔だと判断したのか、トップスを脱ぎ捨てたので、肩と膨らんだ胸が水面から浮き沈みするのが居た堪れない。
そして、ティロサウルスはそんな絶好の獲物を見逃しはしない。
水面に落ちた人間の中でも、大好物の若い娘の柔らかい肉ははより貴重なのだろう。
絶対に逃したくない獲物めがけ、一直線に大きな影が水を切って進んでくる。
誰かが長めのロープを投げるも、大分離れてしまってとても届かない。
「助けて!誰か助けてっ!!」
少女がそう叫ぶも、飛び出す人間はいない。
泳げはしても、魔獣が追いかけてきているのだ。
どう見ても助けに向かって間に合う状況ではない。
直後に起こるであろう惨劇に顔を青くしながら、橋に並ぶ全員が固唾を飲んで見守る。
どうするか。
我は迷っていた。
我の中の人間の心は、危機に瀕した少女を助けに行くことを、強く願っている。
しかし、いくらなんでも流石に水中の人間を拾い上げて、あっという間に戻って来る芸当などできるわけがない。
ましては空中には未だデーモンが不気味にこちらを見下ろしているのだ。
我が離れて次こちらに攻撃されたら、フラヴィやマリスが危ない。
我には優先すべき仲間がいる。
そうこうしているうちにも、ティロサウルスが近づいてくる。
水面から頭を出し、牙の並んだ口を開け、今にもご馳走である少女に食いつかんと、とうとう直ぐ側まで迫っていたのだ。
少女が悲鳴を上げた。




