16話 出発
放たれた我がブレスは、線状の眩い光となって、城壁のはるか向こう、平原の先の山脈へ吸い込まれていく。
次の瞬間、まばゆい光が世界を照らした。
真夜中に生まれた時間外れの朝日だ。
山に掛かっていた白雲が、爆心地を中心にかき消えていく。
山の高さを超えるほどの巨大な火球が生まれ、地表を焼き尽くし、そこから一気に発生した蒸気が
黒雲と混じり、立ち上る火球を地上から持ち上げていく。
我はその時すでに自由落下が始まっていた。
発生した衝撃波が、光りに包まれた山脈から、地表を広がり近づいてくるのが見える。
我は其れをぼんやりと見つめながら、自分の起こした結果に戦いていた。
あのとき、殺すなという声で我に返らなかったら。
この地獄は目下で引き起こされていたのだ。
我は何をしようとしていたのか。
すぐ下には、エミリアも、マリスも、フラヴィも。
馬車で一緒に談笑した人たちも。一緒に戦った髭の男だっているのに。
すべてを焼き滅ぼし、殺してしまうところだった。
直後、恐ろしい轟音とともに、衝撃波がロンデルに襲いかかった。
我は自身のブレスの力に吹き飛ばされる。
衝撃波の殆どが高い城壁で防がれた。
だが、脆いところは崩れ、正面の門が弾け跳び、発生した乱気流で
瓦が飛び散り、木は大きく揺れ、街は怒号に包まれた。
街まで巨大な火球に照らされ、夕方の明るさとなっていた。
町の人々は、家から出てそれを眺めると、山が噴火したと大騒ぎになっていた。
誰も彼も事態に混乱して、何が起こったのかわからなかった。
しかし、ただバルコニーにて一部始終を見ていた王とその側近だけは、
この事態を引き起こしたのが、一人の男であったことに気づいていた。
バルコニーを回り込み、王らは立ち上るキノコ状の雲を見上げている。
「おお、なんという恐ろしい。全てを焼き尽くすようだ。」
「王!あれは一体、あの男は一体何だったのでしょう」
「先ほど連れてこられた者のように見えました」
「あの光が、あの破壊を引き起こしたのですか。」
「落ち着け、皆も見ていただろう。」
「私と目があった次の瞬間、男が空に飛び上がったと思うと、あの光を発したのだ。
明確な殺意と力を貯め、あの力はこちらに放たれる寸前だった。
だが、そうはならなかった。」
気が変わったのか。
あの光は我々への威嚇、脅しか。
「……ただの市井のものと思い込んだのは過ちだった。
見たであろう。あの男には、弓も魔法も通用しない。
人ならざる者である。無碍に扱うべきものではなかった。」
「王、一体、あの男は何者なのでしょう……!」
「勇者ではないかと連れてこられたな。だが、あれは違う。
だが、勇者と同じ、世界の均衡を統べるものの一つだろう。」
「……ここにいるものならば、知るものもいるであろう。
あれは、おそらく……。世界の年代記に度々記された、破壊と滅びの光。」
『そうか、滅びの光。そう呼ばれたこともあった気がするな。』
バルコニーの一団がこちらを向く。
我は城上の桟の上、あえて頭上より声をかけたのだ。
かなり遠くに飛ばされたが、急いで走って跳んできたんだぞ。
「王を守れ!」
「抜刀!」
「やめい!敵う相手ではない!刺激するな!」
我の存在を認めた側近が迎撃態勢を取るが、王が一歩前に出ると制止した。
「へえ、さすが王ともなると、理解が早いものだ。
我の力は見ただろう。王よ、忠告に来たのだ。」
「時に自分が多数派に回ったと思った人間は増長する。
だが、時に相手がそれ以上の力を持つ場合もあるのだ。」
「破壊をもたらすものよ。なぜ山を焼いた。
次は我らが頭上にもあの光を注ぐつもりなのか。」
「最初山ではなく、貴様らを吹き飛ばす気であった。
だが、直前で気が変わったからやめたのだ。」
「……それは、あのマサヴァルの娘がいたからか。」
「ああ、察しが良いことだ。だがな、人質に取ろうなどと思うなよ。
あの程度のブレスは何度でも撃てるのだ。」
「そうか、ブレス。あの光をブレスと呼ぶのか。
……確信を持った。やはり、貴殿は古代竜と縁のあるものだろう。」
かつて様々な人間の王とも関わりを持ってきた。
時に愚かなものもいたが、眼の前のものはその立場にいるだけの賢さを持ち合わせているらしい。
「まったく、そこまでお見通しとは。これは我も油断できないな。
そう思ってくれて構わない。同等の力が有ると。」
「疑いはしない、そして、あれを見せられた以上、我らはこれ以上干渉することはない。」
「フン、今更を持って無干渉か。
納得がいかんな。貴様らの働いた狼藉は貴様ら自身がわかっていることだろう。
我が怒り、俄然収まったわけではないぞ。」
「貴様、我が王に無礼な口ぶりを。」
「黙れ!まだお前は事態を理解しておらんのか!」
おそらく武官であろう側近が熱り立ち、口を挟むが、即、王より窘められた。
「数々の狼藉を働いたこと、国の代表を持って謝罪しよう。
大変申し訳なかった。
何か求めるものがあるなら言ってほしい。」
「そうだな……。マサヴァルの娘、フラヴィ、そして牢屋に繋がれているエミリア、マリス。そして我。
この4名に対しこの瞬間より、ロンデルの国は今後一切不利益を与えないこと。」
「一切の不利益?そんな曖昧かつ範囲の広いもの言い……。」
法務官らしい側近が口を出すが、それも王が制止する。
「細かいことなど知らん。我が気に食わなければこの国を滅ぼす、それだけのことだ。
言葉の意味の範囲など、お前らが気を揉めば良い。
それと、ずいぶんこの街の税金で金をむしり取られた。
この街を出ていってやるから、旅費に持ち運びやすい大金をよこせ。馬車もだ。」
我ながら金をよこせとはストレートな物言いである。
だが、実際それだけの迷惑は被っていると言えるし、解決するに明確な手段だ。
今後の旅で必要な分は稼げる時に稼いでおいたほうがいいだろう。
「先方の文句のない、十分な量を用意しろ。余計なことはするな。」
王は法務官を下がらせる。金を取りに行かせるようだ。
「それと、ダイゼン教授。アイツはすべての職から外し位も取り上げろ。その上で街から追い出せ。」
「わかった。手配する。」
「最後に、我に刺客を送り込むようなこともなしだ。
我の力を試したいならば別だが、その時は大きな代償を払ってもらう。」
「わかった。今後刺客は送らない。だから、今後誰かに襲われた時は、ちゃんと身元を
確認してほしい。誤解を元に光を注ぐような真似はやめてほしい。」
「ああ、そのようなものが現れたら、しっかり身元を聞き出すとしよう。
だから貴様らも、愚かな真似はしないように。」
「では、その程度にしておくか。馬車と金は日の出にはマサヴァルの屋敷に届けてくれ。
エミリアとマリスは丁重に扱って開放するように。
そう言うと我は、火球の明かりが収まりつつある空へ跳んだ。
「王、どうするのです。今後あの者が我らにまた牙を向くことも考えられます。
一方的に言いつけられるだけで、何も安全を確証を得られなかったではありませんか。」
「あれには余計なことをしないのが一番だ。
言う通りにしろ。急げ。」
さあ、明日の朝にはこの街ともおさらばだ。
その前に、やり残したことをやっておかないとな。
よおし、見つけた。しばらく塔の屋根から見張っていたが、
街の被害を確認しようと、右往左往する城の兵士にまぎれて、
コソコソ裏から一人逃げ出そうとする人間がいる。頭が光ってるからわかりやすい。
「よお、ダイゼン教授、さっきはよくもやってくれたな。」
少ない髪の毛を乱し、息を切らして焦るダイゼン教授の後ろから声を掛ける。
「ひ、ひいっ。お前、お前は何なんだ。やめろ!近寄るな!」
「我は何者、か。
本当だな、今我は改めてそれに疑問を抱いている。我は一体なんなんだろうな。
だが、言えることは……いまだお前に怒りを覚えていることだ。」
我はゆっくりと歩を進めダイゼンに近づいていく。
「化け物、化け物め!く、くそっ。やめてくれ!死にたくない!」
「先程はお前のことを街ごと滅ぼすところだった。だけど、それは良くないな。
お前一人をなんとかすればいいことだ。」
「ひいいいい!やめてくれ!殺すな!いや、殺さないでくれ!謝るから!金もある!」
「だめだ。お前がやってきたことを反省するんだな。」
そう言い放つと、ダイゼンはうぐぐと声をつまらせ、怯えから怒りの顔に変わる。
「ええい!言ってもわからんのか!下賤め!私に手を上げてみろ!
この国家がお前を許さん!兵が次々と送り込まれ、お前もお前の親しい人間も……。」
どうやらダイゼンには先程の通達は伝わってないようだ。さっき思わず呼んでしまったが、
こいつはもう教授でもなんでもないんだよな。
「お前も今日から平民の仲間入りだよ、馬鹿野郎!」
もうこれ以上話すこともないと判断した俺は、一気に間を詰めると、ダイゼンの股間を蹴り上げた。
つま先で何かが潰れる感触がする。気持ち悪い。
そのままの勢いで数メートル上空に飛び上がったダイゼンは、城壁のゴミ捨て場に頭から突っ込むと、失神失禁した。
「真っ二つにされなかっただけ感謝しておくんだ。」
こんな奴、心底どうでもいいが、先ほども我自身から殺すなという忠告を受けてしまったからな。
さて、我は一体なんなのだろうか。
我は、人間に姿が変わったとき、人間の身体を乗っ取り精神の主導権を奪っていると思っていた。
矮小なこの身体の人間の精神は、どこかに消えてしまったと思っていたのだ。
身を守るため、正体を悟られぬよう、我の意思で人間らしく振る舞っているつもりだった。
だが、むしろドラゴンとしての本来の我の心は、先程の激情に駆られた瞬間こそ真なるものではないのか。
フラヴィもエミリアも、ドラゴンとして出会っていたならば、あっという間に食い殺していただろう。
ダイゼンだってあそこまで怒りを覚えておきながら、最終的に殺すのはためらった。
これは人間の心によるものだ。
我は人間の男と想像以上に精神が交わり、変質していたことに気づいていなかったのだ。
そんなことをぼんやり屋根の上に寝そべりながら考えていると、空が明るくなってきた。日の出も近い。
いけない、馬車を受け取らなくては。
我は急いでマサヴァルの屋敷に向かった。
すでに屋敷の門の前に馬車は運ばれていた。
先ほど王の傍に居た側近が数人の兵を連れてきていた。
ほぼ寝ずに用意したのだろう。顔は疲れている。
一頭だてながら立派な馬で、幌屋根も懸架装置も付いた大きく高級なものだ。
「金は中に積んである。大白金貨150枚だ。使いやすいように、一部は小金貨で積んである。
それと連れのものは丁重に扱い、馬車で連れてきた。」
幌の中に抱えて持つほどの木箱が積んである。あれだろう。
人間なら幾生か遊んで暮らせる大金だ。
その向かいに、毛布にくるまれエミリアとマリスが座っていた。
二人共に牢から出され、ちゃんとした服を着せてもらっているらしい。マリスは疲れて寝ていた。
「ノジーさん、あの後大きな音がして。しばらくしたら偉い人が出てきて……
出してもらえた後、すごい謝られちゃいました。
ノジーさんが助けてくれたんですよね。その……。ありがとうございます。」
エミリア達は眼の前で、我が鉄格子を素手でぶった切るところも見ているのだ。
いろいろ聞きたいことも有るだろう。
「エミリア、もしよければ、一緒にこの街を出ないか。マリスの調子次第だが……。」
「この子はもう大丈夫だと思います。……これもノジーさんのおかげ。
もう、このような街には未練もありません。ノジーさんがよければ、連れて行ってください。」
「我のことが怖くはないのか?」
「ノジーさんは強いですし、怒ったら怖いこともわかりました。それ以上に優しいこともわかってますから。
それに、この馬車に乗せられたとき、もしかしたらノジーさんがこの街を
連れ出してくれるんじゃないかと思ってました。」
「乗り心地の良さそうな馬車じゃない。
まさか、私を置いていく気じゃないでしょうね?」
そう声をかけてきたのは、屋敷から現れたのはフラヴィだった。
「フラヴィ、家のことはいいのかい。」
「私は、まだ世界のこともっと見てみたい。ノジーと一緒なら、どんな敵が出ても安全そうだしね。」
「フラヴィ!」
追うようにもう一人屋敷の玄関から現れたのは、ゲイルだった。
ゲイルは我の姿を見ると、気まずそうに頭を下げる。
「その……。ノジー殿だったか。先程は大変失礼をした。
こちらの早とちりで、ご迷惑をおかけしたことをお詫びしたい。」
「早とちりだけじゃなく、大分失礼なことも言ったよな」
平民に追い打ちをかけられると思っていなかったのか、
うぐ、と一瞬ゲイルは顔をしかめる。
「数々の失言でありました。どうかお許しください。
そして、娘と話させてください。」
「好きにすれば良い。」
一礼するとゲイルはフラヴィに向き直る。
「フラヴィ。また、冒険者の真似事をするというのかね。
本当は父さんは心配なのだ。フラヴィが魔物に殺されるんじゃないかと。」
「お父様。本当はわかっておりました。
お父様の言ってることは、いつもその時都合よく、私を利用しようとしていたこと。
今回の件で身にしみました。」
「フラヴィ、そんなことはない。いつだって私はお前のことを思ってきた。」
「お父様、しおらしくしてるのも、今のうちだけだということもわかっているのです。
また今まで通り、喉元をすぎれば、人のことを都合よく利用しようとする。
だから、私は学園も家も出たのです。」
「これからは反省する。学院にいて、好きな魔法でも研究してくれれば良い」
「学園は退学手続きをとってください。もう、私はあそこにいる必要もなくなりました。」
「フラヴィ、それはどういう。」
フラヴィは杖を持ち、庭の木に向かって呪文を唱えだす。
ああ、これはさっき不発に終わったあの魔法だ。
「ヴォイドラ!」
突如怨霊のうめき声のような音とともに生まれた闇が目標の木を覆うと、
渦を巻き一瞬で跡形もなく飲み込んでいった。
消えるとともに負の破裂が巻き起こり、破裂音とともに、空気が引っ張られる。
あとには元あった木を中心とした小さなクレーターができていた。
強力な古代の殺人魔法の復活であった。
「これは確かに室内で使う魔法じゃないわね。威力の制御が思ってたより難しい。」
ああ、全く立派な威力だ。本人は謙遜しているが扱いも上手い。
おそらくはこの魔法一つでフラヴィは父親の実力も越えたであろう。
「ごらんになられましたか。お父様が私に研究を命じていた、マサルタの古代魔法です。
見ての通りの恐ろしい魔法ですから。」
ゲイルは口をあんぐりと開けて驚きを隠さない。
娘が実際に完成させてしまうとは思わなかったのだろう。
「フラヴィ、よく、よくやった。して、その術式は……。」
「このような魔法、この家に残しては不幸しか呼びません。
よって、お父様にも教えることはできません。」
「おお、フラヴィ、私が、私が悪かった。戻ってきておくれ……。」
ゲイルは先程の、うわべだけで引き留めようとしていたときと違い、心底惜しそうにうなだれる。
この父親は、今の今まで娘の才能を侮っていたのだ。
娘が家を見限り、出ていく瞬間になって初めてその価値に気づいたのだ。
「行きましょう。ノジー。」
「あ、ああ。」
馬車を出発させ、朝日の方向に向かう。
門の手前でゲイルは小さくうなだれたままだった。
御者台の隣りに座ったフラヴィは、そんな父親も実家も、振り返ることもしなかった。
エミリアの家に寄って必要なものを馬車に積み、朝市で買い物を済ませ、
ロンデルの門を出る頃にはあたりはすっかり明るくなっていた。
見ると昨日吹き飛ばした山にきれいな穴が空いている。
「そういえば、昨日の噴火、なんだったのかしらね」
フラヴィもエミリアも、一体何が起こったのかは知らないようだ。
そろそろ我のことも話すべきかどうするべきか。時間はゆっくりありそうだ。
「お姉ちゃん、ここはどこ?」
疲れていたのかマリスがずいぶん遅く目を覚ます。
昨日と比べれば、驚くような血色の良さだった。
あとは食べれば、すぐに普通の子供と同じ元気になるだろう。
「ロンデルを出たところ。マリスも元気になったら、いろんなところ行きたいって
言ってたでしょ?勝手に連れ出しちゃってごめんね。」
「本当?ううん!私、夢だったの。ロンデルを出るのも、
お姉ちゃんと冒険するの。だから、嬉しいし、楽しみ。」
マリスにとっては勝手に本人の了承を得ずに連れてきてしまったからな。
そう言ってくれてよかった。
「お姉ちゃんだけじゃないぞ。俺達もついてるからな。」
「話は聞いてるわ。よろしくねマリスちゃん。私はフラヴィ。」
馬車は進み、首都へ向かう人通りの多い街道を進み次の街へ向かう。
こうして、改めて我と女性3人の旅が始まったのである。




