15話 牢獄
「さあ、お前の場所はここだ!」
そう言われ連れ込まれたのは、ひんやりとした城の地下のカビ臭い地下牢の一室であった。
あたりに青白い魔法の光が灯っていたが、ろうそくほどのぼんやりとしたものだ。
檻の中は寝そべることもできないほど狭く、ガッチリとした鉄格子で囲まれている。
個室にしても狭すぎるだろう。これ、トイレとかどうするんだ?
「この鉄格子には魔封じが仕掛けられている。魔法は扱えんぞ。」
そう言うと、兵士は牢獄から去っていく。
封じられなくても、もともと洗浄と照明しか扱えんわい。
実際確かめてみると、実際照明も発動しなかった。
どうやら、魔力が極端に高いものを恐れないところを見るに、
現代人類の間では、魔封じの技術が大分進んでいるのだろう。
力自慢がいても、強大な武力とは認められない感じか。
急に静かになった牢獄内に見張りは居ないらしい。
そのうち、巡回ぐらいは来るだろうが。
我が兵士だったとしても、こんなところに長居したくはないよな。
ふう、とひとつため息をつく。
騒々しい一日であった。さすがの我も気疲れしそうだ。
まあ、どちらにしろこれで、ゆっくり考える時間ぐらいはとれるだろう。
最近覚えた、柔らかいベッドの上で寝転べないのは残念だが。
さあてこのあとどうするか。
答えは決まっている。
どんな形でも、この街をさっさと出るのだ。
はっきり言って、我はこの街に嫌気がさしていた。
どこでも取られる高い税金。横柄な態度の兵士。
威張り散らす貴族。平民など知ったことのないという、お高く止まったものたち。
来てから、ろくなことがない。ろくでもないぞ首都ロンデル。
このままここに居て、人通りの少ない朝方を狙って脱出し、フラヴィの家に行こう。
部屋に居てくれればいいが。
フラヴィの評判まで落ちてはならないと、実力行使はなるべく遠慮していたが。
その結果がこれなら、もはや多少の荒事も覚悟してもいいだろう。
もちろん、指名手配とかされない程度に。
そうなると、人間社会で動きにくくなりそうだからである。
しかし、あまり考え事に勤しむ間もなく、人の気配がした。
コツコツと牢獄の石畳を歩く音が、こちらに近づいてくる。
人影の前に照明魔力の光が見える。この闇に目が慣れていたので、少し眩しく感じた。
「いやあ、昼前はよくもやってくれたものだねえ。
平民が私にあのような狼藉を働くとは、まったく許せんことだ。」
現れたのは、ダイゼンだった。
……………………がっかりだ。
「いやあ、配下にお前の正体を調べさせていたところだったのだがね?
まさか、王城で出会うとは。手間が省けたよ。」
ダイゼンは我にお礼参りをするつもりらしい。
正直、我はこいつになんの否があるとも思っていないが。
狼藉だって働いた記憶もない。ただこいつの魔力を逆流させただけだ。
「先程話した魔法材料にするという話、脅しでもなんでもないのだよ。
せいぜい死なないように、血を沢山流してくれたまえ。
ああ、お前はもうそこから出られないから、その手足もいらなくなるかな?
なるべく先っちょから、少しずつ使ってやろう。」
「全く趣味が悪いな。我のような中年男性を拷問する趣味でもあんのか?」
我としたらこいつと話す価値もない。
さっさと腹でも立てて出ていってくれればいいのだが。
「何を馬鹿な。お前のようなやつが痛めつけられるのを見ても、何にも楽しくはない。」
「なら遠慮してほしいところだね。」
「いやあ、その非協力的態度、予想していたとおりだよ。
だが、それもいつまで続くかな?君を行方を調査するうえで、面白い発見をさせてもらってね。」
「……?」
なんのことだ。
「さあ、連れてきてくれたまえ。」
足音は複数人。
兵士が誰かを連れてくるようだ。
二人は裸足、ぺたりぺたりと、大分体重の軽い音がする。
女性……?
いや、まさか。
「貴様が学園を出た後、このものらの家に居たと調べはついているのだ。
重罪人を匿った罪でしょっぴかせてもらったよ。
ああ、お前のせいだぞかわいそうに。
だが、姉の方は美人だし、妹は大分痩せているが、こちらも可愛らしいじゃないか。
おかげで、お前とは意味で役に立ちそうだな。」
衝撃で頭がぼうっとする。
兵士が地下牢につれてきたのは、エミリアとマリスであった。
二人共、手錠をはめられ、鎖で繋がれている。
傷こそはないものの、乱暴な扱いを受けたのか、疲れた顔をしている。
湿気ったところにしばらく居たせいか、エミリアはボリュームのあった銀髪が、
しぼんで艶がなくなっているようにも見える。
「な……!、何をする!
やめろ!その二人は、我とは何も関係がない!」
二人は着ていた服を剥がされたのか、布に穴を開けただけの、服と表現するのも憚られるような、
粗末な薄布を着せられていた。
なんてことを。
マリスはほんの少し前まで寝たきりだったんだぞ。病気の子供を、こんな……!
事実、マリスは立ってはいるが、筋肉の弱まった脚で無理をしているらしく、震えている。
「ハッハッハ。何を馬鹿な。こうなったのもお前のせいだろう。
それに、この者らが全く無関係かどうか、そのお前の態度が物語っているではないか。」
「まあ、そんなことはどうでもいいのだよ。
お前の不遜な態度が気に食わなかったのだ。その狼狽えようをみると、正解のようだな」
正解、正解だと?何を言っているんだこいつは。
「くっ……。エミリアは、ちょっと先日馬車で乗り合わせて、挨拶に訪れただけだ!」
「ハハッ。いいねえ。その態度をもっと早く見せてくれればよかったものを。
「さて、中年男性を拷問する趣味はないと言ったな。
フラヴィも可愛らしいが、この女どもも良い。
ここで飼って遊ぶにはちょうど良さそうだ。」
「そら、姉の方はいい乳をしているな。せっかくだお前にも見せてやろう。
お前、剥いでやれ。」
指図を受けた、兜で表情の見えない兵士がミリアの貫頭衣を掴むと、力任せに引き剥がす。
ただの前掛け同然だった布が暴かれ、エミリアの形の良い大きな乳房が露わになった。
「………っ!!」
エミリアは声を上げずただ耐えている。
その姿も痛々しく、我はうつむいた。
ハハハ、といった声が上がる。
兵士たち周囲の視線がエミリアの健康的な乳房に集まっているのがわかる。
「はははっ。いい乳房じゃないか。
まあ、さっきも捜査したばかりなのだがな?肌が細かくて、
柔らかくて良い触り心地だぞ?下の毛もしっかり処理していたのも好印象だ。」
「やめろ。やめろ。
何が目的だ。二人は開放してやれ。」
「目的?そうだなあ、お前がこの国に対し、どんな罪を犯そうとしていたのか白状させてやる。」
「そんなものは、ない。我はこの街にただ調べ物に来ただけだ。」
「本当にそうか?なにかあるんだろう?窃盗目的、スパイ目的、人さらい。
まず、お前はこの私に手を上げるほどの悪党なんだからな。」
「あれはお前がお前自身の魔法で……。」
ダイゼンが手のひらを上に向けると、兵士が鉄格子ごしに、我の背中に太い鉄棒を振り下ろしてきた。
バキンという鈍い音がする。
痛みはない。
むしろ、器用に鉄格子の隙間を通して殴りつけてきたことに感心する。
「おいおい、口答えはよくないな。
もう一度いう。私はお前に自分の罪を吐けと言ってるんだ。」
「その二人は離してやれ。善良なこの国の市民だろう。こんなこと、許されるというのか。」
「ああ、許される。悪人相手ならばな。
なによりまず、お前は貴族を敵に回した。
其れは国を敵に回したということだ。その不遜だけでも十分であろう。」
この男の言っていることは無茶苦茶だ。
「まあどちらにしろだ。国家権力の前では、お前ら平民などどう扱われようと勝手なのだ。」
「もう少し強くやれ。次は首筋だ。」
ダイゼンがそう言うと、兵士が先程より強く鉄棒を振り下ろした。
ガアン!という音が地下牢内に響く。
見ると、我を強く叩いたことで、逆に鉄棒のほうががねじ曲がっていた。
兵士の驚愕が伝わってくる。
「や、やめてください。おじさんにひどいことしないで。」
か細い声が聞こえてきた。
マリスの声だ。
「その人は、病気の私に、薬をくれたんです。
おかげで、これでもすごく元気になったんです。
きっと、高い、良い薬だったと思うのですが、それを、見ず知らずの私にくれたんです。」
「だから、そのおじさんは、すごくいい人なんです。殺さないで、やめてあげてください。」
勇気を振り絞ったのであろう。最後の方は涙声であった。
「ん~~?そうか、そうか、君に高い薬を持ってきてくれたのか。」
ダイゼンはそう言いマリスに歩み寄ると、その短い髪を掴み上げた。
「つまり、盗品で君たちに恩を売ろうとしたのだね?
いや、もしかしたら、君たちがこの男に盗ませたのかな?」
「違います、そんなんじゃ」
抗議しようとしたマリスの顔を、ダイゼンが裏拳で弾き飛ばす。
弱っていた軽い身体が崩れると、繋がっていたチェーンが引っ張られジャラリと音を立てる。
「犯罪者が。口答えするなと言っていたのが聞こえなかったようだな。
ガキとはいえ、全く態度に躾が足りてない。これだから平民は。」
マリスがあ、と呟くと、床に血が滴る。拳の当たった鼻から出血したようだ。
「おっといかん、姉ほどの値は付かないとは思うが、顔を傷つけてしまうのは良くない。
お前のような痩せっぽちでも、顔が良ければ欲しがるものもけっこういるんだよ。」
「まあ、小娘、悪いのはお前だぞ。二度とそういう目に会いたくなければ、
今のうちに従順な態度を身に着けておくもの……。」
地下牢内に、ぱきりと金属が弾ける大きな音が響く。
「?なんだ?今の音は。」
「ダイゼン様、この男が、手錠を……。」
曲がったままの鉄棒を持ったまま、兵士が狼狽える。
嵌められていた手錠を外したのだ。鍵などいらない。飴のように引きちぎれば良い。
我慢の限界を越えた。
もうお前らは一線を越えたのだ。本気で怒らせたな。我を。
ばちん。次は足首の鎖だ。紙で作られたものと変わらない。
握るだけでバラバラに砕け鉄くずに戻る。
「何だ?身体強化魔法か?牢の魔封じがとけていたのか?」
「いえ、魔力を使った形跡ははありません。作動してます。」
驚いた兵士たちが、いつ我が魔法を使ったのかと確認しているようだ。
さて、次は鉄格子か、中々太いな。
握ると、親指が満足に届かない。
本来人間の力でなんとかできるものではあるまいが。
「お前、一体何をしているんだ。鎖も手錠もをどうやって!」
「どうやってだって?ああ、この鉄棒は1本ごとだとまだるっこしいな。」
我は手のひらを水平に向けて、眼の前で両腕の肘を重ねる。
「ただ引きちぎっているだけだ!」
勢いを付けて片腕ずつ薙ぎ払う。
眼の前の鉄棒がまとめて引きちぎられ、床に転がる。
瞬時に強い力を受けた金属が赤熱化して熱気を放っている。
暗い牢屋がほんのりと赤く照らされた。
本当は背後に扉もあり、そちらのほうが壊す分には簡単だったかもしれないが。
考慮するほどの強度の差ではなかった。
「ええい、何をしている。罪人が逃げ出すぞ!剣を使えい!」
狼狽えたダイゼンが周囲の兵士に指示を出す。
兵士は3人。腰から剣を引き抜くと、間髪入れず切りかかってくる。
一人は上段から袈裟懸け、一人は中段から胴に突きを、さらに一人は腿の動脈を狙い切りかかってくる。
3者が別々のところを同時に狙えば、どれか一つは当たると思ったか。
同じことだ。
人間相手には必殺の攻撃であったが、剣は我に届く前にバラバラに砕けた。
すべての剣が届く前に握りつぶしたのだ。
「ひいっ」
武器がなくなり狼狽える兵士を、即時一人ずつ張り手で吹き飛ばしていく。
3人にとっては一瞬に感じられたであろう。
ほぼ同時に壁に吹き飛んで叩きつけられ、そのまま気絶し動かなくなった。
ダイゼンは……。逃げたか。
配下の者を盾にして、自分は逃げ出すとは。
ーーー
「一体あの者はなんなんだ!ゲイルは何を連れてきた!」
城の地下階段から、息を荒げてどたどたとダイゼンが飛び出してくる。
急に雰囲気が変わり、牢を引きちぎるほどの強大な力を見せた男に危険を感じ、
一目散に逃げてきたのだ。
焦ってはいたが、地下牢の出口に脱獄防止に設置されてある、
ドワーフミスリルの扉は閉めてきた。
あれなら、あの男も破ることは難しいだろう。
今のうちに王に報告して、兵を集めなければなるまい。
あれは、危険だ。国家に危機を及ぼすほどの。
直後、背後から爆発するような衝撃と轟音が響き渡った。
更にもう一度、轟音が響く。
さらに繰り返す、地下で巨人かドラゴンが暴れまわっているような破裂音。
そして、金属のひしゃげちぎられるる音。
この音は、あの男がミスリルの扉を攻撃しているものだ。
とんでもない怒気を放ちながら。
……だめだ!このパワー、人間のものとは思えない。
つまり、ミスリルの扉も、とても持ちそうにない。
あれは人間の侵入を拒むものだ。人間でないものを留めるには不足だろう。
我らは一体、なにをこの街に、この城に招き入れてしまったのか。
あれは勇者などではない。
あれは、勇者などよりも遥かに強く、恐ろしい存在だ。
我々は、例えるならば竜の逆鱗に触れてしまったのだ。
あの男の力に、今までも気づくタイミングは何度もあったであろう。
それが、あの男の無害そうな態度にほだされ、みんな騙されてしまったのだ。
決して私のせいではない。
地下牢の入口は城の離れの小塔にあった。
そしてダイゼンが城に駆け行ってまもなく、その塔は爆発した。
積まれた石垣が周囲に飛び散り、円錐形の屋根が宙を舞う。
ミスリルの扉が破壊された衝撃の余波だけで、地上の構造物は霧散した。
塔が崩れ落ちる轟音が城内に響き、騒然となる。
「なんだ、何が起こっている!」
「ダイゼンさま、一体何があったのです。」
「命ずる!化け物の襲撃だ!兵を集めろ!
地下牢から現れるものを全力で止めろ!手段は選ぶな!」
「地下牢!?一体何が現れるというのです。」
「弓と魔法だ!急げ!訓練ではないぞ!」
「出てきたぞ!!」
騒ぎ間髪入れずに集まってきた兵士たちが見たのは、
地下から現れる平民の服を着た、中年男性であった。
しかし、そこに居た全員が、其れがこの破壊を引き起こした原因だということは理解した。
それは人間の姿をした、恐ろしい怒気と魔力を放った、形容しがたいなにかだった。
ーーー
お前ら、そうお前らだ。
フラヴィに、エミリアに、マリスにした仕打ち、
ここまで事態を荒げぬように進めてきた我を、ここまで追い詰めた仕打ち。
許さん!
許さん……!
集まってきた兵士たちが、次々を我に弓を放つ。
狙いは正確だ。頭にいくつも当たる。
眼球にも当たるが、痒くもない。
……小賢しいものどもめ。
そもそも、がだ。我は何を人間相手に気を使っていたというのか。
ワレは、ドラゴンなのだ。
眼の前に有るもの全て破壊し、焼き、喰らえば良い。
火球がいくつも生まれ、放たれたと思うと、我の胸の上が爆轟に包まれる。
耳障りな音が響き、胸元が引き裂かれる。
城内の魔法使い共の攻撃だ。なかなか正確で強力である。
ハハハ、久しぶりだ。しばらくなかった感覚だ、これは。
何事かと周囲の者に守られながら、城のバルコニーに王が現れる。
上がる炎に照らされ今や城内はずいぶんな明るさだ。
王は攻撃の中心にいる我を見ては、明らかに驚愕の表情を浮かべた。
ああそうだ。お前がさっき、実験材料にでも好きにしろと言い捨てた男だ。
我はその目をまっすぐに見つめる。
そうだ、お前に見せてやろう。
侮り、無礼を働き、怒らせた相手の力を。
こんな国、消えて無くなってしまえば良いのだ。
我は攻撃を受けるまま、息を吸い込み、ブレスの準備を始める。
全身の魔力が胸に集まる。
目標は眼の前の城だ。加減などしない、地上攻撃だ。
我は次の瞬間飛び上がった。
爆炎を突き抜け、目線が高くなる。眼下に城壁の屋根が広がる。
喧騒が遠ざかり、急にあたりが静かになる。
まだ上昇する。周囲は星空ばかりとなる。眼下に街並みが広がり、夜の明かりが見える。
ああ、そうか。
地上からは大きな街だとは思ったが、竜の視線からすると小さいものだ。
街の端から端までが全て視界に収まるところまで上がったところで上昇も止まる。十分だ。
ハハハ。
立派な国だな。
よくぞこんなモノを作ったものだ、人間どもよ。
だがお前らはこれがどんなに脆いものか気づいていないようだ。
もうブレスの準備は整った。
あの不快な男も、無礼な王も。我に楯突く者共も。
このクソみたいな国は、全て吹き飛び、消えてしまえ!
我が眼下の街に向かって、必殺のブレスを放とうとした瞬間であった。
【【【やめろ!!!!】】】
【【【殺すな!!!!】】】
頭に我自身の声が響く。
我は頭を上げ、地平線上に向かってブレスを吐き出したのであった。




