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人食い邪竜、やさしい人間のおっさんとして生きます  作者: 伊沢新餌
1章 気がついたらおっさんであった
12/18

12話 エミリアとマリス

 ……なんということだろう。

 せっかくギルドから賞金を受け取ったのだが、税金だといわれそのうち半分を取られてしまったのである。

 

 残りの額は金貨2枚。

 これでも急時対応として馬車ギルドからは奮発してくれたらしい。

 二人で分ければ1枚。我1人分の入街料にもならない。

 まあ馬車代そのものが安かったし、あまり出せたものではないのだろう。

 これは預かっておくが、結局食事も半銀貨必要だったし、この街にいると

 どんどん金が出ていくな。

 

 むう、金に困ることなど新鮮なぐらいだったのだが、どんどん悩みが人間らしくなっていく気がする。

 そろそろ、真面目に金策でも考えなくてはならないな。

 

 さて、ギルドで食事をしてもまだ午後に入ったばかりである。

 フラヴィの家には夕方にでも訪れればいいだろう。

 

 そのまま仕事でも眺めながら暇をつぶしても良かったが、エミリアの家に訪れることにした。

 フラヴィと二人揃ったときでもいいかとも思うが、あの様子ではしばらく忙しそうである。

 古代の殺人魔法、完成させてやるべきかどうかなあ。

 あと、すぐには合流しないほうが良いというのもある。

 

 街中の人間の建物と、その歴史にでも思いを馳せながらエミリアの家を探すと、

 程なくして見つかった。平民街のレンガ造りの集合住宅の一角である。

 フラヴィの家に比べたら本当に質素なものであった。

 

 むしろ一般人としてはこれが正しいのだろう。

 まあ、一人で過ごすならばこんなものでも問題ないか。

 我も巣に居た時はそれほど広くなかった気がする。

 

 表札を確認し、ドアをノックすると、程なくしてエミリアの声が聞こえたのだった。

 

「ああ、ノジーさんいらっしゃい。ちょうどよかった。上がっていってくださいね。」

 

 玄関から現れたエミリアは、チュニックとケープ。ごく一般的な街人の服であった。

 流石に自宅であの露出の高い踊り子衣装は身につけていないらしい。

 

「フラヴィさんは居ないのですね。今日は一人?」


「ああ、フラヴィはちょっと用事があって一人で来たんだ。」


 そう言って玄関からお邪魔すると、狭い部屋の中にはベッドがもう一つあった。

 古びた板張りの床にベッド2つと質素なテーブル、暖房も兼ねた小さな竈門のある最低限のキッチン。

 それだけでもう歩くスペースもほとんどない。

 ベッドの上には寝間着姿の少女が横になっている。

 

「お姉ちゃん、誰か来たの……?エマおばさんじゃないよね?」


「この前の冒険でお世話になったノジーさんだよ。

 ノジーさんには話してなかったですね。妹のマリスです。」

 

 お金が必要だから冒険者をしているとは聞いていた。

 エミリアのようなタイプの女性が冒険者をやっていることにも疑問はなかったが。


「妹さんはお体が悪いのですか?」

「はい。長年の病気で。痛みや苦しみの大きい病気でないのが幸いです。」

 

 病気の妹。これがお金が必要なその理由だろう。

 回復魔法を覚えていたのもきっと関係があるのだろうな。

 

「本当は挨拶させたいのですが、なにせこのところあまり調子が良くないもので。

 なので、すみませんね。」

 

「いえ、お構いなくしてください。私から行きましょう。」


 そう言って布団に歩み寄ると、そこにはエミリアによく似た美少女が居た。

 エミリアと同じ癖のある銀髪が、ぱっつんと短く切りそろえられている。

 体調が悪いというのはむしろ控えめな表現で、ずいぶんと弱ってきているというのが正確な表現に思えた。


「マリスちゃん。こんにちは。」

「こんにちは、ノジーさん。」

 

 か細い声で、我に向かって精一杯の屈託のない笑顔を見せてくれた。

 別に作り笑いというわけでもない。ただ新しい人にあえるだけでも嬉しいのだろうか。

 このぐらいの歳ならまだ遊んだり、友だちを作ったりしたいだろうにな。

 ……なんて、我はどこまで人間に考えが近づいているのやら。

 

「少し待っていてください。お茶を用意しますから。」


 エミリアがキッチンに向かう。狭い家なのでベッドの直ぐ側だ。

 マリスの頭に手をおいてやる。伝わってくる生命力が大変微弱だ。

 

 ……正直これは、この先あまり長い間生きていられるとは思えない。

 病気がどのようなものかまではわからないが、ただただ衰弱が激しい。

 生命の尾というのが伸びていない。言うなれば、寿命の近づいた老人に触れたときのようだ。

 この先にもマリスが元気に走り回るイメージというのがさっぱり湧かなかった。

 

「他の家族は居ないんですか。」


 しばらくしてエミリアがいい匂いのするハーブティーを注いできたころには、マリスは

 また静かな寝息を立てていた。


「私の家はこの首都を拠点とした行商だったのですけれど。ある時馬車が魔物に襲われまして。

 今では家族は私とマリスの二人だけなんです。」


「この街は女二人で暮らしていくには、高くありませんか。」

「そうですね。前はここまででもなかったのですけれど。流石に税金が高くて。

 マリスが元気になったら、移住も考えようかと思います。」


 よくある話といえばそうなのだろうが。

 エミリアがあんな格好をして、女伊達らに一人冒険者でお金を稼いで。

 魔物と戦う危険な暮らしでやっと、病気の妹を支えていられるのだろう。

 

「何か良くなるあてはあるんですか。」


 マリスのほうに目を配り聞くと、エミリアは少し悲しそうに首を振った。

 

「これからしばらくは、この街で過ごそうと思うのです。冒険者の仕事抜きでも、

 今までのお金でしばらく暮らしていけますから。もっと、マリスといっしょに居てあげたくて。」

 

 エミリアには理解っているのだろう。妹の命が、これから先そうは長くないことを。

 頑張って出稼ぎまでして支えてあげてるのに。

 

「最近は魔物が増えて、流石に物騒でもありまして。私が帰ってこなかったら、マリスは悲しみます。」


 なんとかできないだろうか。

 いや、できたとしても少し知り合った程度の我が、そこまで踏み込んでもいいものか。

 

 ……そこで思い浮かんだのはロインたちの顔だった。

 見ず知らずの汚れた知らないおっさんの我に声をかけ、仲間に誘ってくれた。

 右も左もわからず騙されそうになっていた我を見かねて助けてくれた。

 

 今まではロインたちなど、ちっぽけなそこら辺の人間でしかなかったが、人間の体になり。

 人として付き合った結果、その死を知った時は憤ったものだ。

 

 あれは無力さ故の自分への怒りだったのではなかろうか。

 この体になってから、力はあれどいろいろとままならぬことを学んだものだ。

 

 ロインたちを救えなかった分、エミリアとマリスに力を貸して上げてもいいだろう。

 それがあのお人好しへのお返しというものだ。

 

「少し、用を足しに行ってきます。」


 そう言うと我は家から出た。無論だがこのような集合住宅など、トイレなども共同で外にあるのだ。

 もちろん用事はべつのことである。

 

 我はポーチからポーションを取り出す。手のひらほどの小さなガラス瓶の中に入った水薬だ。

 魔力があり、使うことでいくらかの傷をあっという間に治すことができるのだとか。

 必要なものとは思わなかったが、前の街でフラヴィに説得され銀貨2枚で買わされたものだった。

 

「さて、効果が出るかだな……。」


 かつて人間の間では、古代竜の血は万病の薬になると言われていた。

 伝説によっては不老不死を与えるとすら言われてるらしい。

 

 当然我を討伐しようとしてきた人間の中には、血を狙い目的とするものもいた。

 

 人間は物珍しいものにはそれだけの価値と効果があると考える。

 それは、古代竜の血という、とても手に入らないものに抱いた人間どもの幻想……正直我はそう思っていた。

  

 しかし、かつて昔に、気まぐれに訪れた人間に実際に飲ませたことがあるのだ。

 

 あれは、確か、千年以上前のことだったか。

 老人が自分の重い病気の息子を助けるためにと、武器も持たず血を分けてくれと頼み込んできたのだ。

 巣までの道のりもただ事ではない上、恐ろしい竜の巣に単身やってくるのも面白かった。


 せっかくなので、我はこんなものやっても効果がないぞと分けてやった。するとどうだろう。

 後日、元気になったという息子といっしょに律儀にも礼を言いに来たのだ。

 

 話はここで終わらない。

 分けておきながら逆にその親子を疑った我は、今度はその老人に対し、お前も飲んでみろと、

 更に自分の血を与えてみたのである。

 

 なぜ息子の命を助けてくれた上に、更に分けてくれるのかと老人は不思議がっていたが、

 我の血を飲むとみるみると元気になり、15年ほど若返りすらしたのだ。

 

 あれには我自身びっくりした。

 親子は本当に喜び感謝したが、その時は人間がどうなろうとなんとも思わなかったものだ。

 面倒になるから人に言うなと口止めしたうえでその親子は帰してやった。その後は知らない。

 

 というわけで、我の血は本当に人間に効果はあるのである。

 問題は、今は人間の姿ということだ。

 どういう判定になるのだ?今の姿だとただの人間の血なのか?

 

 まあ、悩んでもしょうがないのだ。

 我は歯を使って、腕の目立たないところをほんの少し噛みちぎった。

 我の肌に傷を付けられるのは、今のところ我の体自身であろう。


 薬の瓶を開け、にじみ出た血を1滴混ぜてやる。

 もともと暗い色をしていたから、混じり物が目立たなくて良かった。


 さて、伝説の薬の完成である。あとはこれを飲ませるだけだ。

 しかし、これはもし効果が出なかったら……

 いや、出たとしても、自分の体液をこっそり薬に混ぜて飲ませる、かなりヤバい中年男性なんじゃなかろうか?ううむ。

 まあ、ここは好意でやってることということで許してほしい。マリスよ。

 

「やあ、少し並んでいて時間がかかったよ。」


 我はエミリアの家に戻る。あとはどう話を切り出すかだ。

 ……悩みどころだが、ここは結論を先に出すとするか。

 我はエミリアの前にさっきのポーション瓶を差し出す。

 

「……これは?」


 少し首を傾げ、手に取らずエミリアがポーションを眺める。


「少し悩んでいたのだが、これは使ってほしい。ある筋から手に入れた、

 ものすごく病気によく効くというポーションなんだ。」


「ある筋ですか。」


「多少は効果があるんじゃないかなとは思う。妹さんに飲ませてやってくれ」


 どうしたものだろうか。

 我はエミリアからしたら、数日道中をともにした程度の縁なのである。

 そんなおっさんが、「いい薬をやろう」等と言って渡してきたものを妹に飲ませるだろうか。

 

 めちゃくちゃ怪しいだろう。我が人間だったら……緊急時でもなければちょっとやだなあ。

 でも、特に良い言い回しも思いつかなかったんだよなあ。

 嘘はつかないようにしたいし。

 ちなみにある筋とは、フラヴィとポルーナの薬屋のことである。嘘は言ってないぞ。

 

「うーん……、これは高いものなんじゃないですか?」


 我からポーションを受け取って、まじまじと見つめてはエミリアはそう言った。


「いや、別に高くはない。まあそんなに安くもなかったが。」


 原価は銀貨2枚である。

 質素に暮らせば、ポルーナなら20日分のパンが買える値段なので、そう安くはない。

 エミリアは少し困ったような顔をしている。当然だ。

 なんなら、なんと言って怪しい薬を断ろうかと考えているような顔だ。

 

「あとからお金を請求したりはしないよ。ただ、不憫に思っただけなんだ。

 病気の回復に少しでも役に立ったらしい。」

 

「んんん……。」


 そう言うと、エミリアはより困ってしまった。口元に手を当てて明後日を向いて黙ってしまう。

 我が純粋な好意だとは解ったうえで、困っているのだろう。

 まあ、どうしてもいらないと言われれば、我も無理強いすることはないのだが。

 

「お姉ちゃん。それ、私、飲みたい。」


 後ろからか細い声がかかった。マリスはいつの間にか起きていたらしい。

 それでも、布団から起き上がってはいない。それほどの体力もないのだ。

 

「マリス、でも……。」


「おじさん。飲ませてください。もしお代が必要なら、元気になったら働いて返すから。

 私は、少しでも……。」


 そこまで言うと、咳き込み言葉が途切れてしまった。

 どうしよう。こんな状態の妹さんに無責任に作った薬飲ませるの、我自身が心配になってきた。

 

「お金なんかいらないよ。マリスちゃんはこれを飲んでくれるのかい?」


「なんでもいいんです。私、このままじゃ。なにか、元気になれるなら……。」

 

 マリスにとっては藁をも縋るつもりなのだ。

 眼の前にあるどんな方法でも試してみたい。

 それは、現状がただ安静にしていること以外に打てる手がないというのもあるだろう。

 

「ノジーさんは、いい人ですから。悪い人ではないことは理解ってますから。」


 エミリアが何かを決心したように。

 

「だから、その薬、いただけますか?」


───


 我がエミリアに薬を渡すと、エミリアはマリスの身体を優しく起こした。

 ポーションの蓋を開け、少し眺めると……。


「はい、お薬、こぼさないようにね。これを飲めば、きっと良くなるから。」


 薬瓶をマリスの口に当て、飲ませてやる。

 マリスは手を当ててんくんくと言いながら飲み干した。

 人間状態の血が毒とかないよなあ?

 

「ゲフッアフッ……」

 

 力なく咳をするマリスの背中を、心配そうにエミリアがさすってあげる。

 その慈しみが、まるで母娘のようにすら見える。 


「すごく、これ苦い……。」


 そうか、元になったポーションはすごく苦いのか。もし飲む機会があるならば、覚悟して飲もう。

 そんなことを考えていた矢先だった。

 

「あ、ああっ……」


 マリスがビクンと身体を震わせて、大きな声を上げたのだ。


「マリス、大丈夫?どうかしたの?」

「身体が、身体がすごく熱いの……!!」


 息を荒げてマリスがエミリアにもたれかかる。その見た目は苦しそうだ。

 だが……。

 

「エミリア、大丈夫だ。効果がちゃんと出たみたいだ。」


 我は昔老人に血を分けたときのことを思い出していた。

 同じように衝撃を受け、体が熱いと訴えたのだ。

 そういえばあの老人はみるみるうちに若返っていたが、流石にマリスはそのようなことはないらしい。


 マリスの身体が淡い光に包まれる。錯覚程度のぼんやりとしたものだが、魔力によるものだ。

 収まり、汗が滲んだと思うと、急に力が抜けたように穏やかになる。

 ああよかった。エミリアが毒を疑い出す前に落ち着いて。

 

「マリス?マリス、大丈夫?」


 もたれかかったマリスをエミリアが抱き支える。

 息を落ち着かせたマリスが、姉を安心させるように微笑みかけた。


「お姉ちゃん、このお薬、すごいよ。本当に……身体から元気が溢れてくるみたい。」


 エミリアの顔が驚愕と戸惑いの混じった複雑なものになる。

 いくらなんでもこんな薬などないだろうという効き目だ。

 

「おねえちゃん、ちょっと、立ってみたい。」


「ええ?そんな、危ないから。」


 エミリアが静止するのも聞かず、ベッドからゆっくりと降り、立ち上がる。

 

 演技を疑うほどの回復。だが、そうではないことは見ればわかる。

 マリスは今では自分の力でしっかりと体を支えているのだ。

 

 我ながらバカバカしいほどの効果である。高位の回復魔法でもここまではいくまい。

 先程まで死を感じさせていたほどに弱ったマリスが、同じ人間かと疑うぐらいに回復しているのだから。


 我は近寄ると、マリスの額に手を置く。

 立ち上がって理解る小さな体よ。だが、十分に生命の力が身体を巡っている。

 

 まださすがに全回復まではいかないが、

 しばらく時間を於けば体力も人並に回復するだろう。

 

 良かった。すごいぞ、我の血の効果は。

 なんの病気だったかも関係がない。無闇矢鱈に直してしまうのだから。

 

「マリスちゃん、まだ無理しないでゆっくりしておこう。」

「ノジーさん、この薬は一体……。」


「あまり深くは追求しないように。そして、薬のことは他言無用でね。理由は察してくれ。」


「そうなんですか。本当に貴重なものだったのですね。

 あの、この恩は必ず……。本当に、ありがとうございます。こんな幸運が、この世にあるなんて。」

 

「おじさん、ありがとう。」


 そのまま感謝を続けられても、気まずさが勝ってしまうと思ったので、用事があると言いエミリアの家を出た。

 もし血のことが知られたらとにかく面倒になるだろうから、改めて重く二人には口止めしておいた。

 

 千年ぶりの気まぐれでやったことだが、二人は心から感謝していた。

 まあ、思い通りになってよかったというものだ。

 

 人間の体になってからは、人間に感謝されるのも悪い気分ではない。

 ふふ、悪い気分ではない。ふふ、ふはは……。

 

 思っていた以上に我は機嫌をよくしていたのだろう。

 街中で笑い声を上げながらフラヴィの家に向かったのだった。

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