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人食い邪竜、やさしい人間のおっさんとして生きます  作者: 伊沢新餌
1章 気がついたらおっさんであった
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1話 プロローグ

 一体どうしてこうなってしまったのか。

 

 気がつくと、周囲にバラバラになった馬車の破片が散らばっている。

 我は地面にへたり込んでいる。人間の中年男性の姿として。

 そうだ、こうなったまでのことを思い出さなくては。

 

 ………

 そうだそうだ、思い出してきた。

 久しぶりに50年ほどの長い眠りに付き、巣穴から這い出たのが昨日のことである。

 流石に酷い空腹を感じて人間でも襲おうかと、山沿いの街道を征く馬車を襲ってみたのだが。


 牽いていた馬、御者を吹き飛ばし、中にいた数人の中年男を弾き飛ばし。

 ああ、残念だこの馬車には好物の若い人間のメスはいないのかと落胆していたその時。


 今なぎ倒そうとした一人の男が、赤い魔力のこもった宝玉を投げつけてきたのである。

 ……そして気づいたら、我はその人間の姿になっていたのだ。


 宝玉から放たれた閃光に一瞬意識を奪われたと思ったら、眼の前に人間の手があった。

そしてそれが自分の意志で動くものだと気づいたときは、なんとも言えない気分だった。


 自分が人間の姿になってしまったという、信じられない状況は、驚きながらも受け入れるほかなかった。


────────


「ああ、うが、ん。」


 なにか声を出そうとするのだが、なかなかうまくいかない。


 声帯が人間のものになっているのだということに気がつくまで、時間はかからなかった。

 人間の声帯では、竜語を喋ることは難しい。


 さて、状況を改めて確認したい。


 先程まで古代竜として君臨していた我は、今ではちっぽけな人間の男になってしまったのだ。

 身につけているものの特徴から、我に宝玉を投げつけてきた男だということは気づいていた。

 そしてこうなった原因もその宝玉だろう。


 使用者と対象者の精神を入れ替える魔法アイテム?


 近い効果の魔法があったことは聞いたことがある。


 だが、問題は、我の本体側がいないのだ。意識を奪われたのは一瞬のことだった。


 馬車ほどもあった我の体はどこに行ったのだろうか。

 1万を越えて生きてきた我でも、聞いたことのないような魔法だ。


 今の力はどうなった?ドラゴンとしての、力、魔法、ブレス、この体にもあるのだろうか。

 少なくとも、あらゆる魔法、矢だろうと名剣だろうと弾き返す強靭な鱗がないのは確かだ。


 我は神と戦い、聖も魔も滅ぼし君臨した古代竜の一角ではあるが、無敵ではないことは、今までの竜生で解っている。


 しかし、たかが道行く馬車を襲ったことでここまでのピンチに陥ったことは初めての経験であった。


 とりあえず、バラバラに砕けた馬車を漁ってみる。生存者はいない。我以外は。


 中からパン…という小麦を砕き焼いた食べ物が出てきた。


 その食べ物の名前は勝手に頭に思い浮かんだ。

 ……これは、この体にある程度元の持ち主の記憶が同在しているということだろう。


 食べてみると美味い。パン自体は、前にも試しで食べてみたことはあったが、

 ドラゴンの体の時には、全く美味いとは感じなかった。

 これは消化器官の違い。きっと、人間の体が美味いと感じさせているのだろう。


 ほかには、御者の護身用であろう、短めの金属のツメ……。

 

 ショートソードが見つかった。これは頂いておこう。


 今、この体でどこまでの力が出せるのかわからないのだ。

 たとえ人間のちっぽけな武器であろうと持っておいがほうがいいだろう。

 そう……、この体の記憶がそう言ってる気がする。


 他の、最初の一撃で真っ二つになり中身をぶちまけた馬や、同じく首を飛ばされた御者や乗客もいたが、

 それには特に興味をそそられなかった。これはべつに、ドラゴンのときであっても同じであろう。

 我は人間のオスを好き好んで食べることはなかった。


 さて、これからどこに向かったものか。


 一番困ったことに、この体には翼がない、つまり空を飛べないことに気づいたのだ。

 仕方がなく、歩いていくことにする。一歩一歩、二本足を出すことにまだ慣れていない。


 ……なんともまどろっこしいものだ。


 空を飛べばあっという間に飛び越す山も、歩くとどれだけかかるものなのか。

 人間どもは命が短い割に、よくこんな方法で移動できるものだ。

  なるほど、馬やそれの引く車に乗るのも今ではなんとなく理解できる。


 龍種にも翼を持たない地竜と呼ばれるタイプがいて、内心馬鹿にしていたところだが、

 今自分がそのような立場になってしまうとは。


 しかし、今まで生きてきて、数々の強者、超常と戦ってきたが、

 もしかしてこれは、最上位にあるレベルの危機なのではなかろうか。


────────


 まずしばらくの目的としては、もとの古代竜としての存在に戻ることである。

 そのために考えたのは、人間の世界を探ることだった。


 あの宝玉の正体も、戻し方も人間たちを探ればわかるかもしれない。

 もしかして、眠っていた50年の間に人間の間で開発され、一般人にもいきわたるぐらい

 ありふれているものなのだろうか。


 だとしたら恐ろしいことだが、その分解除は簡単かもしれない。


 とりあえずこの姿なら人間どもとコミュニケーションを取ることに問題はないだろう。


 人間は村や街を作って、何かと集まる習性がある。

 本や手紙などのメディアを使い、情報交換をするのも知っている。


 大きなコミュニティで情報を集めれば、あの宝玉のことや、戻る方法も糸口がつかめるかもしれない。


 そう思い、あの馬車が進んでいただろう方角に歩いていたのだが。

 

 気がついたら迷ってしまった。



 数刻も歩いているうちに歩くことに飽きて、なんとなく近道であろう方向に道を外れて進んでみたのが悪かった。


 そもそも人間の道を大人しく進んだ経験などなかったのだ。

 というか、迷うという経験自体初めてに等しい。

 もとい概念すらなく、それも記憶が教えてくれたものだ。


 人間の集まる場所に行くつもりが、どんどん人間周囲から人間どもの形跡がなくなっていく。

 今は背の高い針葉樹林の並ぶ、森か林の中にを歩いていた。


 このあたりは本来我の縄張りの中にあったわけで、かつても空から森を見下ろしてはいた。


 かつて見た人間どもの集落が確かこっちの方向にあったな……という記憶を元に進んでみたのだが。

 人間の足で進むというのは少し心細いものだ。


 このまま迷った挙げ句食料が何も見つからなかったらどうしようか?

 適当な生き物が見つかれば生でも食べてもいいが、水は?


 前の体であれば数日ぐらいはなんともなかったが、人間ではそうも行かない気がする。


 そもそも、消化器官が違うのだ。前のように手当たり次第口に入れては良くないことが起きる気がする。

 今はまだ問題ないが、困ってきたぞ。

 

 全く、人間とは不便なものだ……。



 そんな事を考えていたとき、不意に静かな森に人間の声が聞こえた。

 近い。


 これは逃がすものかと、駆け出す。

 もう二本足で走ることにも慣れたものだ。


 聞き覚えがあるぞ。あれは、我に襲われた人間のメスが危険を知らせるための、そう、叫び声だ。



 駆け足で森の中を1キロほど下り、声の方向に駆けて行くと、遠くに叫び声を上げたであろう人間のメスが見えた。

 

 若い。10年と、5年前後は生きた歳頃だろうか。


 両の肩を出し吊り下げた服、厚めの布地を二枚重ねたスカート。

 亜麻色の太めに結って下げた髪。

 そして、なにより、歳の割にいい肉付きだ。


 胸は大きく膨らみ、逃げ走るたびに中の大きな乳房が大きく揺れる。


 肩を出し胸元が下がった服からこぼれ落ちてしまいそうだ。


 尻も大きく、厚手の服の下からもその量が見て取れる。

 本来の姿で出会ったならば、間違いなく今日のご馳走になってもらった相手だろう。


 そしてそれを追いかけるのが、大きな熊によく似た、森に住む魔物、キラーベア。

 熊のような見た目をした、それより大きく凶暴。そして人間の肉を好むと言われている。


 なるほど、あの娘を食べようとしているのか。わかるぞ。確かに美味そうだ。

 

 ドラゴンとして、気持ちには共感はできる。だが、それはだめだ。


 我の縄張りの中で、ここまで彷徨ってやっと出会った人間なのだ。

 その娘は我の獲物だ。お前などにやるものか。


 もう娘の方は息が上がってしまっていて、声もあげられないようだ。


 もう足取りもフラフラで、この深い森の中、助けに来る人間もいないと見て、

キラーベアはゆっくりといたぶるように追い詰めている。


 よだれを垂らし、今にもかぶりつく肉のことを考えている、いやらしい目だ。


 きっとあの大きなおっぱいに牙を突きたて、肉がどれほど柔らかいかとでも考えているのだろう。


---


 なんでこんなことになったのだろう。


 行商人に高く売れるハーブを取りに、少し村外れの泉に向かっている途中だった。


 それは私が特別危ないことをしているわけじゃない。産業の少ない村では、誰もが日銭を稼ぐためにやってること。


 この村の周辺では、しばらく魔物は出ていないって聞いていたのに。


 ましてや、こんな村に近いところに、キラーベアが出るなんて。


 必死で逃げたら、いつの間にか森の中にいた。

 人気のないところに追い込まれていたと気づいたときには遅かった。


 見上げるような大きい毛むくじゃらの魔物は、その鋭い牙をむき出しにして、舐め回すように私のことを見つめていた。

 キラーベアは普通の熊以上に、人間の肉が大好きだって聞く。


 ああ、このままじゃ、きっと助からない。


 もうすぐ追いつかれて、あの牙で齧りつかれて、食べられてしまうんだ。


 怖い。すごく怖い。いやだ、こんなの。悪い夢だったらいいのに。

 

 お父さんとお母さんが死んで、村の人の助けも借りてなんとか一人で生きてきたけれど、

それもきっと今日までなのだ。まさか、こんな残酷な形で終わるなんて。


 こんな森の中で、キラーベアなんていう恐ろしく強い魔物に立ち向かえる人が

都合よく現れるわけがないのだ。そんなものは、そうおとぎ話の中の話。


 早くもない足で走り続けて、もう息も上がってフラフラだった。

 叫び声ももうあげられない。


 振り向くと、私の眼の前にキラーベアが追いついていた。


 荒くなった相手の呼吸音がふうふうと聞こえるほどに、近づいていた。

 強い獣の匂いが鼻をついた。


「きゃああ!」


 キラーベアがその長い爪を振り下ろす。


 思わず叫び声を上げたけれど、痛みはなにもない。私の胸元の服が切り裂かれたのだ。


 正直、大きすぎて、人の視線を集めてコンプレックスだったおっぱいがこぼれさらけ出される。


 キラーベアがいやらしい目で私のことを見つめている。


 男とは違う、獲物の肉を見る目、こいつも、私のおっぱいが好きなんだ。

 お前に食べられるために大きくなったわけじゃないのに。


 ああ、どうせなら今の一撃で死んでいれば楽だったかもしれないのに。

 食べられて死ぬなんて。そんなのはいやだ。


 助けて……誰か!誰か来て。お願い、なんでもいい。神でも、悪魔でも……!


 その時私は気づいた。キラーベアの背後はるか先から、一人の男が、

 ものすごい勢いで駆け寄ってきていることに。


---


 全く人間の走るのは遅くていけない。


 まだ慣れていないというのもあるが、見えてるところまでたどり着くまでえらく遠く感じる。


 そうしている間にもキラーベアは娘に追いつき、前足で一撃を振り下ろす。


 ああよかった。どうやらただ、いたぶってるだけ。

 まずは食べるために邪魔な服を剥いでいるところのようだ。

 その気持はわかるぞ。


 娘の胸元からおっぱいがぼろん、とこぼれ落ちる。

 これは、服にしまってあった以上の大きさだな。先端の突起のピンク色がなんとも鮮やかだ。


 それ以上はさせんぞ!そのおっぱいは我のものだ!


 食べごろおっぱいの危機に、我は全速力で追いつくと、我は前足……腕を大きく振りかぶり、

キラーベアの頭に思い切り振り下ろした。


 人間で言うただのパンチというものだ。


 獲物を追い詰めるのに夢中だったのだろう、キラーベアのやつが我の接近に気づいたのは、すでに攻撃を繰り出す途中だった。


 そして、やつの意識はそこまでだった。


 拳が直撃したキラーベアの頭は、果実がつぶれるような音をたて、ばらばらに砕けた。

 頭蓋骨が、その中身や牙や目玉とともに、赤い霧となって飛び散る。


 空っぽになった分厚い毛皮だけが、剥製のように首に繋がっていた。


 その直後、遅れて時間が動き出したかのように、頭を無くしたやつの全身が、轟音とともに吹っ飛び転がっていった。


 なんということだ。……なんていうことだ。この威力とは。

 我はその結果に驚愕した。


 

 人間の体での攻撃が、こんなに弱々しいとは!



 手にじわりとした痛みを感じる。砕けたキラーベアの頭蓋骨が分厚かったせいだ。


 本来のツメであれば、鉄竜の甲羅であろうと切り裂いたはずなのに。

 人間の体だと、こんな獣を撫でただけで痛みすら感じてしまうとは。


 本来の体でなでつけたならば、キラーベアなど首どころかバラバラに原型をとどめていなかったはずだ。



 これはまずい。思っていた以上に弱体している。


 こんな時に万が一同種、古代竜や敵対する上位魔族に出会ったら、かなりまずい。

怪我をしたら、この体がどこまで再生できるかもわからないのだ。

逆に、古代竜だとバレることがあれば、人間からも討伐の手を向けられかねない。

これは、なるべくは普通の人間のふりをしておくのが一番なのではなかろうか。


 ……そうだ、それよりも娘の方は無事だろうか。


 目をやると、座り込んだままこちらを呆然とした目で見つめていた。

 こういうときはどうすればいいのだ。身体から記憶を探り、適当な言葉を紡ぎ出す。


「大丈夫かい、お嬢さん」


 我はそう言いながら手を差し伸べようとして、右手が血まみれなのに気づき、左手を出し直した。


「えっ、はい。ありがとうござい……ます。」


 まだ呆然とした顔で我の手を取り、立ち上がる。


「ゆめ、じゃない。生きてる。現実……あっ……!」


 我の視線に気づき、恥ずかしそうに胸元を隠した。


 服から出ると、隠れていた以上に大きな乳房だ、と思ったところだった。


 そのようなものをまじまじと見るべきではない、と身体が言ってるような気がして、慌てて目線をずらした。


---

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