【70】「伊達ではない」
「――いやアンタなんで裸なんだよッ!!?」
≪鉄壁同盟≫のリーダー、ガロン・ガスタークは天高く跳躍していく全裸の男を見て、思わず叫んだ。
たった一体で災害のごとき暴威を撒き散らす特異体ノルド。
守護者としてのノルドの力なら、ガロンたち≪鉄壁同盟≫は他のどんな探索者たちよりも熟知していると自負していた。
何しろ彼らは盾士系ジョブ6人という、どうしても攻撃力に劣るパーティー構成で、35層どころか40層すら突破しているのだ。
かつてクランとして35層を突破した時、アーロン、ローガン、イオの三人はノルドを瞬殺していたが、ガロンたちにそうするだけの火力はない。それどころか最初に大ダメージを与え、その後の戦闘を有利にするという「正攻法」すら行えないのが実情だ。
しかし、それでもガロンたちはノルドを倒し、35層を≪鉄壁同盟≫独力で突破した。
それは「マトモに戦えば守護者最強」とも言われるノルドを、真正面から、正真正銘実力で倒した、ということに他ならない。
そんなガロンたちだからこそ、特異体ノルドの力が如何に桁外れであるのか、正確に理解していた。
まるで雪原階層全体を埋め尽くすかのように荒れ狂う雷。
その間を高速で、かつ空中を移動するというふざけた機動力を見せつけながら反撃し、遂にはノルドを防戦一方に追い込み、その場に足止めしてみせた。
知ってはいたが、改めて見ても同じ人間とは信じられない次元の違う戦闘能力だ。
そんなアーロン・ゲイルのおかげで、ここまで作戦は順調に推移している。
激しい戦闘を繰り広げていた彼が、なぜか全裸になっていたのには驚いたが――――ともかくッ!!
ここからはノルド討伐作戦、第二段階。本格的な拘束に入る。
そのために、まずガロンたちに課された仕事は足止めだ。
その時間は数十秒。
たったの数十秒。一分にも満たない短い時間だ。だが、それが如何に困難であるかは、改めて言うまでもない。
「くそッ、気が削がれる!! ――けどッ!!」
空高く跳躍していったアーロンから視線を外し、自身を含めて12人の盾士で囲ったノルドを見る。
何とか気を取り直して、戦いに集中した。
包囲といってもノルドを中心に直径60~70メートルの円形に包囲したに過ぎない。当然、仲間たちの間には距離があり、スカスカの包囲網だ。これを突破することは簡単に思えるし、何より特異体ノルドにとっては――、
「まずは僕たちを倒すつもりか!」
包囲を破るという意識すらなく、邪魔な小虫を片手間に排除する――くらいの考えなのだろう。
ガロンたちが包囲した後、アーロンが最後に放った漆黒の巨槍。ノルドを地面ごと貫いていたそれが、奴の纏う膨大な雷によって遂に崩れ去る。
その直後、ノルドは自身の足元に右拳を叩きつけた。
叩きつけられた拳から莫大な魔力が地面へと注ぎ込まれ、それは包囲するガロンたちを取り込むように、大きな円状に広がっていく。
雷鳴魔法――【雷樹林】
雷が地面から天へと上る現象を、「雷樹」と呼ぶ。
太い雷の幹が天へと伸び、空高くであたかも枝のように無数に分かれる様子が、樹木に似ているからだ。
そんな雷樹がノルドを中心として林のように何本も立ち上る――それが雷鳴魔法【雷樹林】だ。大抵の探索者は為す術もなく雷の幹に呑み込まれ、息絶えるだろう。
そのついでに、空高く立ち上った雷は上空のアーロンまでも襲うかもしれない。
だが――、
「それは僕らを舐めすぎだ……ッ!!」
盾士スキル――【オーラ・アーマー】
盾士スキル――【マジック・アブソーブ】
盾士スキル――【マジック・レジスト】
盾士スキル――【リフレクション・シールド】
ガロンを含む12人の盾士たちは、何の合図もなしに一斉にスキルを切り替えた。
ノルドの戦い方を熟知している≪鉄壁同盟≫ならばともかく、他の盾士たちにノルドの動きから次に発動され得る魔法を予測する経験値はない。にも拘わらず、彼らの動きはあたかも全員で一個の生命体のように噛み合っていた。
地面から放射された無数の雷樹は、しかしその幹から枝を生やすこともなく軌道をねじ曲げられる。雷撃は12人の盾士たちへ均等に集束し、地上以外に被害を及ぼすこともなかった。
――のみならず、12人に向かった雷撃の一部は、【リフレクション・シールド】の効果によって術者であるノルドへ反射される。
当然というべきか、【纏雷】によって雷に対する耐性を得ていたノルドは無傷だったが、自らの攻撃を一部とはいえ跳ね返された衝撃は大きい。
「――――ッ!?」
そして激しい雷が晴れた後には、無傷の盾士たちが姿を現す。
これにはノルドも僅かに目を見開き、驚きを露にした。
【雷樹林】は【轟雷条】よりも上位の範囲攻撃魔法だ。それがまさか、無傷で耐えられるとは思っていなかったのだろう。事実、幾ら防御に秀でた盾士――それも全員が最上級探索者であるとはいえ、本来なら無傷で凌げるような威力ではない。彼らの実力を持ってしても。
ならば、その不可能を可能にした理由がある。
それはガロン・ガスタークの能力だった。
ガロンのジョブは、盾士系固有ジョブ『レギオン・ナイト』だ。
その特性はかなり異質であり、「同一系統ジョブでの集団戦闘」時に、最も大きな力を発揮する。
ガロンは四つのグループに分かれて行動する前、全ての盾士たちに二つのスキルを使っていた。
『レギオン・ナイト』固有スキル――【コマンド・リンク】
『レギオン・ナイト』固有スキル――【スキル・コネクト】
【コマンド・リンク】は術者が被術者に対してスキルの発動を強制できる効果がある他、意思疎通能力を格段に上昇させる効果もある。これによって12人の盾士はガロンの言葉なき指揮の下、一個の生命体のように動くことができる。
そして【スキル・コネクト】には、このスキルの影響下にある者たちが同一スキルを使用した際、そのスキルを強化するという「副次効果」があった。
強化された盾士スキルによって、ガロンたちはノルドの攻撃を耐え抜いたのだ。
盾士ジョブのみのパーティーで、ネクロニア有数の探索者となった実力は、伊達ではない。
ゆえに――――ただ攻撃を耐えた程度で、終わるわけもなかった。
「総員ッ!!」
ガロンは巨大な盾を力強く前に出し、仲間たち全員に届くような大声で叫んだ。
同時、【コマンド・リンク】の効果により、すでに発動済みのスキルに加えて、全員が一斉に新しいスキルを発動する。
盾士スキル――【ランパート】
それは本来、城壁のごとき巨大なオーラの壁を生み出すスキルだ。それが【スキル・コネクト】の副次効果により強化された結果、ガロンたちの前面に巨壁のごときオーラの壁が発生する。その壁の高さは、ノルドの身長さえ優に超えていた。
続いて、ガロンは【スキル・コネクト】本来の能力を行使する。
その能力は同一スキルを融合する、というものだ。
同一かつ複数のスキルを、一つに纏め上げる。
ユニオン・スキル――【タイタン・ハンド】
オーラの巨壁が横へと伸長し、互いの壁同士が融合した。そうして生まれたのは曲面によって構成された円筒。ノルドを捕らえる、オーラの巨大な檻だった。
「前へ出ろぉおおおおおおおおおおおッ!!!」
叫び、全力で前進する。
12人の盾士たちが一糸乱れぬ動作で前進するごとに、ノルドを囲む円筒形の檻が縮んでいく。縮んだ分のオーラによって円筒の檻はさらに分厚く、さらに強固になっていく。
「――――――ッ!!」
一方ノルドも、全方位から迫ってくる壁に対して、座して待つことはない。
複数人によってこれが作られている以上、誰か一人が、あるいはどこか一つが欠けるだけで、容易くこの檻は崩壊すると理解していた。
自由になった体で前へ出る。
【纏雷】を集束した右拳で、ダイナミックに壁を殴りつけた。オーラの壁を通して衝撃が響き、目も眩むような雷が解き放たれる。
全体としては強固な檻でも攻撃を一点に集中すれば、そのダメージを負担するのは各盾士の位置関係上、ほぼ一人だけだ。特異体ノルドの全力攻撃に、盾士といえども一人で耐えるのは不可能。ノルドの攻撃は円筒の檻を破壊するに足る十分な威力を持っており、円筒は破壊されるだろう。
ただし――相手がガロン・ガスタークでなければ。
『レギオン・ナイト』固有スキル――【ダメージ・シェアリング】
ノルドが円筒を雷を宿した拳で殴りつけたその瞬間、ガロンはスキルを発動させた。
それはユニオン・スキル発動状態――すなわち互いのオーラが結合した状態でしか使えない特殊なスキルだ。結合したオーラを通し、仲間たちに敵の攻撃――衝撃、破壊力、魔法攻撃――を分散するというスキル。
一点に集中すれば檻を破れる攻撃も、檻全体に分散してしまえば「ちょっと強い」程度でしかない。
ガロンたちは耐えた。耐えて――、
「――ぉおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
前へ出る。
円筒が縮む。
そしてあたかも、ノルドさえ小人扱いする神話の巨人が、その手にノルドを掴むかの如く、身動きもできないほどに、オーラの円筒によって締め上げた。
「~~~~ッ!!!」
拘束されたノルドが野太い雄叫びをあげる。身を捩る。全身から膨大な雷撃を迸らせる。それでも円筒は小揺るぎもしない。
ガロンたちは歯を食い縛り、盾を全面に押し出して、体格の違いすぎるノルドを押さえつけるという離れ業を実現してみせた。
ただし、長くはもたない。
複数スキルの同時発動に巨大なオーラの檻を作り上げる。如何に最上級探索者とはいえ、これだけのことを行えば魔力は凄まじい早さで消耗していく。
だから、ノルドの拘束を完成させるのは、この後だ。
ガロンたちの人生で、一番長い時間が過ぎた。
(流石に無茶だったか!? 腕が重い! 盾が押し返される!! 魔力の減りが早すぎて気持ちが悪いッ!! くそッ、こんなのあと何秒ももたないぞッ!! アーロン、まだか――ッ!?)
ノルドを円筒の檻で拘束してから、10秒と少し。
そろそろガロンたちも限界に達しようかという頃。
――ドンッ!! と。
円筒の中のノルドを中心に、まるで隕石が落ちてきたかのような衝撃が一帯を走り抜けた。
それはノルドの攻撃――などではない。
ガロンは確かに、黒い何かが高速で落ちてきたのを、その目で見た。




