【60】「いつでも来い」
俺はその後も数多くの≪極剣≫候補たちと戦った。
「俺たちこそが真の≪極剣≫! 偽りの名を騙り虚飾にまみれた栄光に浴そうとする罪人め! かつて神はこう言った。嘘はダメ絶対と!! ゆえにッ、俺たち『ジャッジメント・セイヴァー』が神に代わり貴様に天罰を下すッ! 覚悟しろッ!」
「……ツッコミ待ちか?」
仰々しいピカピカの鎧に身を包んだ青年たちを叩きのめし、
「……ふっ、俺たちの正体を明かすつもりはなかったのだが……な。偽者に≪極剣≫の名を騙らせておくわけにもいかん。この名はあまりにも危険すぎる……お前、このままだと……「組織」に、消されるぞ? 悪いことは言わん。≪極剣≫の名を騙るのは止めておくんだな。……いや、やはりお前のためにも返してもらうとするか……俺たち『ダークフレイム・リユニオン』のソウルネームをなッ!! さあ! 闇の炎に抱かれて死ね!!」
「……手とか、頭とか、大丈夫か?」
なぜか両手に包帯を巻き、前髪を長く伸ばした魔法使い四人組の青年たちを戸惑いながらもぶちのめし(ちなみに普通の火炎魔法を使ってきた)、
「お、お会いできて光栄ですッ、マイスター・ゲイル! 僕たち『ウッドソード愛好会』と言います! 後でサイン下さいッ!!」
「ふむ……君たちは、なかなか見所があるな」
将来有望そうな青年たちを優しく倒し、試合の後で持参した木剣にサインをしてあげた。
――とまあ、実に色々な探索者たちと戦ったのだが、その強さはまさに玉石混淆で、『不知の射撃手』のような力不足の者から、『剣舞姫に蔑まれ隊』のようなイロモノ、そして極々一部には本当に実力ある者たちも混じっていた。
そういう実力者たちはどうも、≪極剣≫に名乗りを上げたというよりは、≪迷宮踏破隊≫へ参加したい――というのが目的だったようだ。
聞くに、前々からクランに所属したいと考えていた一部の探索者たちには、今回の件でギルドからそういう打診があったらしい。
そういう打診というのは、つまるところ俺と戦うことがクラン入団テストになっている、ということを事前に教えたということだ。
まあ、それもエヴァ嬢から求められた目的の一つだから、今さら文句は言わないが、どうも最近、あちらこちらで便利に利用されているような気がしてならない。
いずれビシッと言ってやるべきだろうか。
俺を利用するつもりなら、出すもん出せ――と。
俺も今回のことで気づいたのだが、権力者やギルドのような巨大組織ならば、色々と溜め込んでいそうじゃないか。
もしかしたら、まだ見ぬ素材が手に入るかもしれない。
●◯●
キルケー家から声明が発表されて一ヶ月、「大発生」が起こってからは三ヶ月が過ぎた。
この一月の間、我こそが≪極剣≫だと名乗りを上げる者は多かった。
とはいえ、初日以降はその人数も次第に減っていき、一週間が経過した頃には新たに名乗りを上げる者は、かなり散発的になっていたが。
だが、それまでは毎日のようにギルドの訓練場で賭け試合の対象となっていた俺は、だいぶ顔と名前が売れてしまったらしい。
特に初日に60人の相手をしたのが大きく噂になり、俺の実力に懐疑的な目を向けていた者たちも、ほとんどが考えを改めたようだ――と、後からリオンに聞かされた。
ともかく――「大発生」から三ヶ月が経ち、ノルドが特異個体の本体と断定される頃には一部の反発と疑問はありつつ、≪極剣≫という二つ名は俺のものになりつつあった。
そして。
2日後にノルド討伐が予定された日。
またしても俺はギルドの地下訓練場で、一人の探索者と向かい合っていた。
訓練場の端の方には大勢の観客たちが詰めかけ、こちらに視線を注いでいる。かなりの熱気に満ちた雰囲気で、興奮している様子がありありと伝わってきた。
それは大金を賭けているから――――ではない。
今日の立ち合いは完全に私的なものであり、賭けの対象でもなければ、事前に告知していたわけでもなかった。急に訓練場を訪れた俺たちが対戦すると聞いて、急遽集まったのが訓練場にいる野次馬たちの正体だ。
ここ最近、急に名が売れ始めた俺が戦うと聞いて集まって来た者たちも多いだろうし、対戦相手のネームバリューで集まって来た者たちも多いはずだ。
しかし、俺たちが訓練場で立ち合いをするのは初めてのことではない。その際にも野次馬どもは集まっていたが、ここまでの規模になったことは一度もなかった。
とするとやはり、明後日に控えたノルド討伐の発表を聞いて、一時的に関心が高まっているのだろうな。
果たして特異個体と化したノルドを討伐できる実力があるのか、誰もが気になっているのだ――ということにしておこう。
正直邪魔なんだが、追い払ったところでキリがないだろうし、放置しておくしかないのは分かりきっている。
「――いくわよ」
俺の対面、10メートル以上は離れた場所で、対戦者が剣を構えながら言った。
両手に握られているのは双剣タイプの黒耀で、対戦者は鮮やかな赤い長髪をポニーテールにしたフィオナ・アッカーマンだ。
鋭い眼光で射貫いてくるフィオナに、こちらも黒耀を構えて返した。
「おう――――いつでも来い」
始まりの合図はない。
俺が言葉を返した次の瞬間、フィオナの姿がその場で霞んだ。
素早く回転しながら両の双剣を何度も振るったのだ。虚空に刻まれた剣線にオーラの刃が生じ、幾本もの斬撃が高速で飛来してくる。
単なる斬撃というよりは、まるで面攻撃のように密度の高い連撃だ。
オーラの刃の鋭さも、刃が飛翔する速度も、もはや三ヶ月前とは比べ物にもならない。
とはいえ――これでも牽制の攻撃だ。捌くことは難しくなかった。
我流剣技――【化勁刃】
オーラを纏わせた黒耀を飛来した刃に触れさせ、任意の方向に弾くことで連鎖的に斬撃を弾き、面となった刃の集合体に穴を開ける。
直後。
「――!?」
弾いた刃の幾本かが、盛大に爆発した。
飛来した刃のほとんどは【フライング・スラッシュ】によるものだったが、その中に【バースト・ブレード】が混じっていたのだろう。
ただし。
通常の【バースト・ブレード】は飛ばすことができない。剣を覆うオーラの刃を、炸裂させるだけのものだ。
つまり、フィオナがやったのは【フライング・スラッシュ】と【バースト・ブレード】の合技だった。
そのものずばりの【フライング・バーストブレード】というスキルも存在するが、『剣舞姫』では修得しないスキルのはずだから、間違いないだろう。
木剣作りを始める前から、『剣舞姫』と相性の良い【フライング・スラッシュ】の練度は、重点的に高めさせていた。
だからこそ、三ヶ月という短期間で二つのスキルを融合できたのだろうし、【フライング・スラッシュ】との合技は他にもできると警戒するべきだ――が、如何せん威力は弱かった。
合技は性質の異なるスキル二つ分のオーラを一つのスキルに込め、纏めるものだ。そしてこれがかなり難しい。フィオナはまだ、そこまで熟練していないのだろう。ゆえにオーラが不足し、威力が本来よりも低下したのだ。
【気鎧】を展開するまでもなく、爆風は殺傷力のない強風となって、俺の衣服をはためかせるだけに終わる。
だが、目的はダメージを与えることではないようだった。
爆発はオーラの輝きを撒き散らし、数瞬、俺の視界を覆い隠した。
「――――」
それと同時、こちらの視線が遮られた瞬間を狙って、フィオナが俺の背後へと高速で迂回移動しているのを感知する。
「ん?」
普通ならフィオナの動きに気を取られるだろうが、俺は違和感を感じた。
ほんの少しだけ、自分の気配を見せつけるような、わざとらしい動き。逆に言えば、気配を隠さず注意を引き付けるような。
なぜか?
答えは次の瞬間に示された。
爆発し、撒き散らされたオーラの遮幕。背後へ迂回するフィオナの動きに気を取られていれば死角となるはずだった遮幕の向こう側から、高速で2本の剣が飛来してきた。
――【ダンシング・オーラソード】だ。
颶風を纏いながら飛来するオーラの剣は、その切っ先の鋭さ以上に、飛翔する速度だけで軽視できない威力となっている。
「――ハッ!!」
俺は黒耀に展開したままだった【化勁刃】で、2本のオーラソードを弾き飛ばした。
その重い感触にも、思わず笑みを浮かべてしまう。弾き返したオーラソードは、まだ砕けていないのだ。おそらく数瞬後には再びこちらを貫かんと、襲いかかって来るだろう。
だが、それよりも前に。
「やっぱそう来るよな!」
背後を振り返りざま、【重飛刃】を放つ。
俺の後ろに回り込んだフィオナが、再び【フライング・スラッシュ】を雨霰と飛ばして来ていたのだ。
正面から見ると網目を描いた面のようにも見える刃の連なり。それを今度は【重飛刃】で斬り裂いたが、その瞬間にまたしても爆発が起こった。
オーラの光の向こう側で、フィオナが動く気配はない。
ただ頭上から、弾き飛ばした2本のオーラソードが戻ってきた。
「おっと!」
当然、オーラソードの動きは警戒していた。
頭上から高速で落下してきたオーラソードを横っ飛びに躱すと、2本の光輝く剣は訓練場の地面に突き刺さり、今度こそ内包されたオーラを使い果たして消滅した。
「――なるほど」
とはいえ、回避したからと反撃には移れない。
フィオナは移動してはいなかったが、こちらがオーラソードを回避したことで生まれた僅かな時間に、幾撃もの【フライング・スラッシュ】を再び放っていた。
それらの攻撃を、俺は先程よりもオーラを込めた【重飛刃】で迎え撃つ。
何だかんだとここ最近、俺自身もだいぶオーラの制御力が上昇している。そのために剣技や戦技の威力は、一年前とも比較にならないほどに強化された実感があった。
だが、この三ヶ月での成長速度で言えば、フィオナのそれは俺以上だ。
一撃一撃が鋭く、そして重くなった【フライング・スラッシュ】は、すでに発動されている【剣の舞】によって一撃ごとに強化されていく。
視界を埋め尽くすような斬撃に手加減なしの【重飛刃】を放ったが、斬り裂けた斬撃の本数が先程よりも少ない。
そして――、
「またか……」
飛来する刃の中に潜んでいた【バースト・ブレード】によって爆発し、またしても俺の視界を覆い隠す。ダメージこそないものの、周囲には塵のように砕けたオーラが大量に漂っていた。
砕けたオーラはすぐに大気中へ溶けていく。だがこの量となると、消えるまでに数秒は掛かるだろう。
『剣舞姫』の戦い方の真髄は、【剣の舞】と【神捧の舞】を交互に発動させることで、自身の基礎能力を高めることにある。
それを思えば緒戦は時間稼ぎに徹しても、何もおかしいことはない――が。
「……」
足を止め、俺とフィオナは撃ち合いの様相を呈した。
フィオナが次々と【フライング・スラッシュ】を放ち、俺が【重飛刃】で迎え撃つ。その度に紛れ込んだ【バースト・ブレード】の刃が爆発を起こし、輝くオーラの欠片が遮幕を作る。
だが、回数を重ねるごとにフィオナが放つ【フライング・スラッシュ】の本数が減っていった。
それもあって、今はまだ【重飛刃】で対応することができている。
流石にスキルの乱発によって、息切れしてきたのだろう――――と、思わせたいのだろうな。
オーラの遮幕によってフィオナの姿は見えないが、おそらく、【フライング・スラッシュ】の本数を減らしたのは意図的なものだ。
何を狙っているのか。
多少わくわくとしながら待っていると、それは突然やってきた。
「――ッ!?」
――優に10本を超える、【ダンシング・オーラソード】だ。
それが俺の前後左右、そして頭上からも襲いかかってきた。
俺が驚いたのは、オーラソードが俺に向かって射出され、かなり近くに来るまで、その存在に気づけなかったことだ。
おそらくはできるだけ迂回させるなどして、気づかれにくいようにしたのだろうが、それでもここまで気づかないのはおかしい。
オーラは魔力とは別物だが、魔力のようにその存在は視覚以外で知覚することもできる。強力なオーラを前にすると、特有の圧迫感にも似た感覚があるのだ。
もちろんオーラを知覚できる精度は鍛練によって感覚を磨かなければ上昇しないが、俺はかなり鋭い方だと自負していた。
その俺の知覚をすり抜けてオーラソードが襲って来たのは――、
(――このためか!)
俺の周囲に撒き散らされたオーラの欠片たちが、オーラに対する知覚を妨害していたからだ。
そして、【重飛刃】を放った直後にオーラソードが飛来してきたので、迎撃も回避もする暇がない。
完全なる技後の硬直を狙ったタイミング。
次の瞬間、10本を超えるオーラソードが一斉に俺の体へ突き立ち、駄目押しとばかりに放たれた幾撃もの【フライング・スラッシュ】が俺へと着弾した。




