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【59】「たくさん来たのか?」


 仕方のない事情により、俺は≪極剣≫の名を騙ることになってしまった。


 加えてキルケー家より、「もしもアーロン・ゲイルが≪極剣≫であることに異論がある者は名乗り出て、これと立ち合いし勝利せよ。勝利した者がいれば、これを正式に≪極剣≫と認める」という声明が発表された。


 何か色々とおかしい気がするが、すでに俺のストレージ・リングの中には『重晶大樹の芯木』が入ってしまっている。


 これはもう俺の物だ。何があろうと絶対に返すことはない……。


 なので、今さら断ることはできそうになかった。


 あと俺にできる事と言えば、面倒なので誰も名乗り出て来ないように祈ることだけだろう。


 俺は神に祈った。


 おお、大いなる木剣神よ、どうか我が安息の日々を守りたまえ――と。


 そしてキルケー家から声明が発表された翌日、リオンがギルドから俺の自宅へと派遣されてきた。


「よお、≪極剣≫殿」


「……朝から何だよ?」


 玄関に出て、にやにやと笑う眼帯男に対応する。


「何だよじゃねぇよ。ほら、ギルド行くぞ?」


「いや、だから何でだよ?」


 ギルドに用事なんてないんだが?


「おいおい、寝ぼけてんのか? そんなもん、ギルドに自称≪極剣≫がたくさん来たからに決まってんじゃねぇか」


「……たくさん来たのか?」


「おう。たくさん来すぎて職員たちが仕事の邪魔だと殺気立つくらいにはな。地下の訓練場を貸し切ってある。さっさと捌けってギルド長からの伝言だ」


 どうやら逃げることはできないらしい。


「……分かった。今、準備してくる。ちょっと待ってろ」


 俺は深くため息を吐くと、リオンを玄関に待たせたまま、家の中に戻った。


 準備と言ってもコートを羽織って剣を腰から下げるくらいだ。だいたいの荷物はストレージ・リングの中に入ってるしな。すぐに準備を終えて玄関へ向かうと、途中でアトリエのドアが開き、中からフィオナが出てきた。


「どこかに出かけるの?」


「ああ、例の件でギルドに呼ばれたから、ちょっと行ってくる」


「そう、分かったわ」


 頷くと、フィオナは俺の後についてきた。


 どうやら見送るつもりらしい。


 玄関に出ると、リオンが一瞬目を見開いてからフィオナに挨拶する。


「やあ、フィオナちゃん、おはよう」


「おはようございます、リオンさん」


「いやぁ……似合ってるね、その、エプロン」


「……そうですか?」


 フィオナは微妙そうな顔をした。


 まあ、味も素っ気もない作業用のエプロンだしな。褒められても困るだろう。っていうかリオンはなぜ褒めたのか。


 ともかく、出掛けることにする。


「いってらっしゃい、アーロン」


「ああ、いってきます」


 フィオナに見送られて家を出て、しばらく歩いたところで、俺はこちらをじっと見続けるリオンに視線をやった。


「……何だよ、その顔は?」


 リオンはにやにやと笑みを浮かべている。何となくムカつく笑い方だ。


「……いや、何でもないぞ?」


 何でもないわけがなかったが、こういう笑い方をする奴は無視するに限る。構うと付け上がるからな。


 しばらく無言で歩いていると、リオンがぽつりと言った。


「…………良かったな」


 ちらりと視線を向けると、どこか安堵したような顔で笑っている。


 俺は何も言葉を返さなかった。



 ●◯●



 探索者ギルドの広いロビーに入ると、今までに見たこともない数の探索者たちが屯していた。


 どこか浮わついたような、祭りの前のような熱気が漂っている。話し声はざわめきを通り越して、もはや騒音のレベルだった。


 俺たちがロビーに入った瞬間、全員の視線がこちらに集中する。一瞬で話し声が止み、奇妙な静寂に包まれた。


「……さすがにこいつら全部じゃねぇよな?」


 こちらを値踏みするような視線の圧力から目を逸らすように、横に目を向けると、隣のリオンは肩を竦めて答えた。


「さすがにな。一応、ギルド側で中級以下の探索者は弾いてあるから、今日はざっと50~60人ってところだ。少ないだろ?」


「勘弁しろよ……」


 俺は今から、そいつら全部と戦わないといけないのか?


 うんざりしながら呟くと、ようやく静寂に包まれていたロビーに話し声が戻ってきた。


「あいつが……」

「間違いねぇ。確かにあいつだぜ」

「……あんまり強そうには見えねぇな」

「やっぱり嘘なんじゃないか、≪極剣≫っていうのは」

「≪迷宮踏破隊≫の新メンバー選出のためって噂もあるぞ」

「看板か」

「本物のゲイル師だ……後で木剣にサイン貰おう」

「いや、実際、奴は強ぇよ。戦っているところを見たことがある」

「噂じゃあ……」

「……マジかよ。ショックだぜ……」

「俺、狙ってたのに」

「バァカ、お前じゃ相手にされねぇよ」

「……殺殺殺殺コロ……」


 様々な話し声が一度に押し寄せてくる。


 一部に物騒な呟きも混じっているような気がしたが、たぶん、空耳だと信じたい。


「んじゃあ、さっさと地下の訓練場に行くぞ」


 リオンに先導され、人混みを掻き分けて地下へ続く階段へ向かう。


「なあ、俺が相手するのが60人なら、それ以外の奴らは何なんだよ? ただの野次馬か?」


 ギルドには、明らかに60人ではきかない数の探索者たちが集まっている。


「ん? ああ、野次馬っつぅか、客だな」


「客?」


 首を傾げる俺に、リオンはあっけらかんと答える。


「お前と対戦者のどっちが勝つか、賭けをしてるからな」


「何勝手に賭けてんだよ」


「ちなみに胴元はギルドだ」


 ギルド主催かよ……。


 俺は強面のギルド長を脳裡に思い浮かべた。ちゃっかりしているというレベルではない。まあ、ギルドも商業組織である以上、金儲けができなければトップは張れないのだろうが。


 呆れる俺の背後に、賭けに参加しているらしき探索者たちがぞろぞろと続く。


 そうして一団となって訓練場へ降りると、中ではすでに、今日の対戦相手と思われる者たちが待っていた。


「……多いな」


 ざっと見回してみると、確かに60人くらいいる。


 それから賭けを仕切るためなのか、ギルド職員が10人近くいた。


 ……ギルドが忙しいのはこれに人員を割いているからだと思うのは、間違っているんだろうか?


 ともかく。


≪極剣≫の名をかけて、戦いが始まる。



 ●◯●



「我こそが真の≪極剣≫なり! またの名を『不知の射撃手インビジブル・シューター』! 我が名を騙る偽物め! 貴様に勝ち、我こそが真の≪極剣≫だと証明してやる!!」


「…………」


「――双方構え! ……始めッ!!」


 探索者ギルド地下訓練場。


 その中央付近にて、俺は対戦者と向かい合っていた。


 対戦者は、たぶん自称であろう二つ名を名乗る弓士系ジョブの男だ。


 審判役をしているリオンが試合の開始を告げた瞬間、男が矢もつがえずに弓を引き絞った。引き絞られた弓の間にオーラで構成された矢が出現し、瞬時に放たれる。


「喰らえッ――【レイ・ボウ】!!」


 我流剣技――【化勁刃】


 俺は右手に下げていた黒耀を振り上げた。


 閃光のような速さで飛んで来たオーラの矢が黒耀に衝突し、軌道を直角に変える。矢は俺の手前で急上昇し、訓練場の天井へと衝突した。


「なにッ!?」


 攻撃を防がれたのがそんなにショックだったのか、男は目を見開いて驚愕する。


 俺はその隙に地面を蹴った。


 我流戦技――【瞬迅】


「はやッ!?」


 次の瞬間には男の懐へと潜り込んでいる。


 右手には黒耀を握っているので、左の拳を驚愕する男の腹にそっと当てた。


 我流戦技――【轟衝波】


「――ごべぇッ!?」


 拳から手加減したオーラを解放する。


 オーラは衝撃力に変換され、男の体内へ浸透。内臓を激しく揺さぶった。


 男は一瞬で意識を失い、糸の切れた人形のようにその場に倒れる。


「――勝者、アーロン・ゲイル!!」


 それを見ていたリオンが、俺の勝利を宣言した。


 直後、試合を観戦していた探索者たちが悲鳴と歓声をそれぞれに上げる。


 悲鳴は賭けに負けた者たち、歓声は賭けに勝った者たちだろう。


 その比率は歓声の方が多めだ。対戦者はそこそこに有名な奴らが多かったようで、最初は俺以外に賭けている奴が多かったのだが、回を重ねるごとに比率は変化していった。今では俺に賭けている奴の方が少しだけ多いようだ。


 ギルド職員が担架に弓士の男を乗せて運んでいく。


 それを見送る俺へと、リオンが近づいてきて耳打ちした。


「おいアーロン、次はもう少し苦戦するか疲れた演技をしてくれ」


「……」


 じろり、とリオンを睨む。


 リオンの奴がなぜそんなことを言うのか、理由は聞くまでもなく分かっているのだが、こいつは俺が理由を問うていると勘違いしたらしい。聞いてもいないのに答え始めた。


「このままだと賭けが成立しなくなっちまう。だが、お前に疲労が溜まってきているとなれば……な? 分かるだろ?」


 要するに胴元側とすれば、対戦者側に賭けてほしいのだろう。それには俺の勝利が前提となるが。


 一瞬、わざと負けてやろうかとも思ったが、エヴァ嬢からくれぐれも真面目に戦うようにと言われているので、考え直す。万が一にも『重晶大樹の芯木』を没収するとでも言われたら、俺とキルケー家で全面抗争が起こってしまうからな。それは避けねば。


「――っていうかだな、リオン」


「どうした?」


 俺は何らおかしいとも思っていないリオンに突っ込んだ。


「今の奴、弓士だったよな?」


「そうだな」


「その前の奴らは魔法使いのペアだったよな?」


「そうだな」


「さらにその前は、剣士1、弓士1、魔法使い1、盾士2のパーティーだった」


「そうだな」


 ちなみに、対戦は必ずしも一人ずつというわけではなく、パーティーで挑んでくる奴らもいた。とても公平とは言えない試合形式に、涙が出そうになるぜ。


 いや、俺としては纏めて戦った方がさっさと終わるから良い――というのもあるのだが、それでもやっぱりおかしいだろう、という思いも消えない。


 集団で俺に勝っても≪極剣≫と認めるつもりなんだろうか。それとも、胴元が賭けの倍率を操作するために対戦者の人数を増やしているのか、微妙なところだ。


 だが、問題はそんなことではない。


「……これって、自分こそが≪極剣≫だと名乗りを上げた奴らとの試合なんだよな?」


「そうだな」


「なら剣士系ジョブ以外は除外したらどうなんだ?」


≪極剣≫は正体不明とされていたが、スタンピードの時に遠目にその戦闘を目撃した者たちも、少人数ながら存在した。そして目撃者たちが剣士系ジョブだったと証言したことから、≪極剣≫と呼ばれるようになったのだ。


 つまり、≪極剣≫は剣士なのである。


 弓士や魔法使いや盾士がここにいるのはおかしいんじゃないかと、俺は突っ込んだ。


 だが、リオンは反論する。


「おいおい、何言ってんだ? ≪極剣≫は集団だと思われてるんだぜ? なら、剣士以外がいてもおかしくないだろうが」


「……じゃあ、剣士のいるパーティーは良しとしよう。だが、弓士や魔法使い単独とかは、さすがにおかしいだろうが?」


「そんなの≪極剣≫のメンバーが全員来ているとは限らないんだから、剣士じゃないという理由だけで追い返すわけにもいかねぇだろ?」


「…………」


 もう何でもありだな。


 説得を諦めて遠い目をする俺に、リオンは気にすることなく話し続ける。


「ところでアーロン、今の奴はどうだった?」


 どうだった――とは、実力的にクランに入れても問題ないか、ということだろう。


 リオンだって元とはいえ最上級探索者だ。俺に聞くまでもなく答えは分かっているはずだが、それでも毎回確認してくる。


 俺は正直に思うところを述べた。


「上級下位ってところだな。不可だろ」


「やっぱそうか」


 今の弓士の実力は上級探索者の中での下位くらいだろう。【レイ・ボウ】は上級ジョブのスキルで地味に回避も難しい強力な技であるため自信があるのも分かるが、防がれた後の対応がお粗末に過ぎた。


 総じて、【神骸迷宮】の超深層に潜るには力不足といった評価だ。


 とはいえ、すでに半分の30人近くと戦っている。


 ここまで戦った相手の中には実力ある者たちも数人だがいた。そういう奴らは実力的にはクランに参加しても問題ないだろう。後は第二のジューダス君たちにならないよう、身辺調査して問題がなければ、クランにスカウトされるかもしれない。


 ともかく、試合は続く。


「お、そろそろ次の試合の賭けの集計も終わるみたいだな。頼むぜアーロン、次は絶妙な感じに苦戦してくれると助かる」


「…………」


 次は四人組のパーティーだった。


 全員男のパーティーで、リーダーなのか、ふくよかな体型でメガネを掛けた魔法使いの男が前に出て口上を述べる。


「デュフっ、せ、拙者たちこそ真の≪極剣≫なり! またの名を『剣舞姫に蔑まれ隊』! 師という立場を悪用し、彼女に関係を強要せんとする外道に天誅を下すッ!!」

「「「コロースッ!!」」」


「…………」


 フィオナのファンとかいう奴ら、本当にいたのか。


 俺は目の前の男たちを眺めて、フィオナも実は、知らないところで色々苦労しているのかもしれないと思った。


 まあ、それとは関係なく、試合は【轟連刃】を放ち、一瞬で終わらせた。




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