【56】「流石は俺だな……」
「――おかえりなさい」
と、玄関まで出てきたフィオナが言った。
なッ!? フィオナがいったいなぜ俺の家に……ッ!? どうやって入った!?
――などと、驚くことは別にない。フィオナがいることは知っていたし、そもそも俺がいない時でも勝手に入って良いと許可を出したのは俺だしな。
フィオナがここにいるのは、木剣製作のためにアトリエを使わせているからだ。聞いたところによるとアパート住まいらしく、そこで作業するには騒音が酷いらしい。それに木屑で部屋が汚れてしまうだろうしな。
それでは修行に差し障りがあるということで、ウチの合鍵を渡し、いつでもアトリエを使って良いと許可を出した――というわけだ。
フィオナが身につけている厚手のエプロンも、作業用の物である。
ここ最近は俺の方が遅く帰ることが多く、アトリエを使いにやって来たフィオナに、こうして出迎えられるのも珍しい光景ではない……のだが。
「あ、ああ……ただいま」
誰かに帰宅を出迎えられるというのは、未だに慣れない。何というか……むず痒いような、奇妙な感じだ。
「討伐に派遣されたのって、午前中だったわよね? ……手強かったの?」
何かを憂慮するような表情で、フィオナが上目遣いに問いかけてきた。
主語を省略しているが、疑問の対象が何なのかは分かっている。特異個体の大猩々が手強くて帰りが遅くなったのか、ということだろう。
気恥ずかしいような、落ち着かない気分を隠して、俺は肩を竦めた。
「まあ、面倒だったがいつも通りだ。その後の調査に時間が掛かったのと、ギルド長に呼ばれたんだよ。大した報告なんてないんだけどな。あと、迷宮から出る前に少し寄り道もしたしな」
答えながらアトリエに向かうと、フィオナも後に続きながら別の問いを投げてきた。
「ふぅーん……寄り道って?」
「エルダートレントの芯木を採ってきた」
まだ在庫は残っているのだが、いつまで迷宮の異常が続くか分からない。時間がある時に少しずつでも溜めておいた方が良いだろう、という判断だ。さっと行ってさっと採ってきた。いや、正確には獲ってきた、というべきなのかもしれないが。
それに、フィオナへの指導も最近は一段落してきたので、今日は黒耀を作るつもりだしな。
そのことを答えながらアトリエに入ると、どうやら結構な時間作業をしていたのか、作業台の上には完成したトレント材の木剣が一振、置かれていた。
「おっ、今日作ったやつか」
「うん……」
俺くらいになると同じ素材で同じ職人が作った木剣でも、違いを見分けることができる。どうやら見たところ、これは今までにフィオナが作った物ではないようなので、今日、新しく作った木剣だろう。
フィオナが特異個体と遭遇してギルドに報告を入れたのは、午前中のかなり早い時間だった。それ以降は迷宮に入っていないはずだから、時間はあったようだ。
「それで……どう?」
少し不安そうにしながらも自信はあるのか、目の中に得意気な光を宿しながら木剣の出来を確認してくるフィオナ。
「そうだな……」
俺は作業台から木剣を持ち上げ、ぶんっと一振りしてから目の高さまで持ち上げ、色んな角度から木剣を眺めてみた。
それからフィオナへ向き直り、ふっと微笑みを浮かべて答える。
「フィオナ…………全然ダメだ」
「…………」
フィオナの目から瞬時に光が失われた。
●◯●
「いや、まず剣身が少しだけ歪んでるだろ? それに刃のところの作り込みも甘い。トレント材を尖らせたところでペーパーナイフ以上の切れ味にはならんが、いずれエルダートレントの芯木を使うことになるんだから、今からそのつもりで作っておいた方が良いだろ? あと握りの部分がまだガタついてるな。これだと握りにくいし、強く振るとすっぽ抜けるぞ。それからこれは剣身の歪みが影響しているんだが、重心が手前に片寄ってるな。一応両手剣タイプだからな、この木剣。この長さの木剣だったらもう少し重心は剣先に寄せた方が遠心力で振りやすいし威力も出やすい。手前に重心が寄ってると軽い力でも振りやすいけど威力が出ないし、何より既存武器と感覚が違いすぎて上手く扱えな――」
「ちょっ――――うるさぁああああああいッ!!」
フィオナが爆発した。
いや、感情的な意味でね?
まあ、割といつものことなんで、もはや驚きもしないのだが。
「いくら何でも一度にダメ出しし過ぎでしょ!!」
ちょっと涙目なのは、それだけ今回の作品に自信があったということだろうか?
いやしかし、こういうことは最初の内から指摘して直してやらないと、後々困ると思うし。
「そうは言っても、失敗を指摘するのが師匠の役目だろ」
「それはッ……そうだけどッ!」
「分かってくれたか。……それと、剣身のこの部分なんだが、少し薄すぎるな。これだと強度が――」
「まだ言うの!?」
悲鳴のような声をあげるフィオナに、俺は気になる点をビシビシ指摘していった。
そうして全ての指摘を終え、若干うんざりしているようなフィオナを見て、ふと思う。
果たして悪い部分だけを指摘し、やる気を削ぐのは良い指導方法なのか、と。時には褒めてやることも必要なのではないか、と。
ギルドの訓練場や迷宮で、立ち合いして色々と戦い方や鍛練方法を指摘していた時も、そういえばこいつを褒めたことって、ほとんどなかったような気もする。
今は木剣の製作方法も指導しているのだし、それではいかんのではないか――と、思ったのだ。
「だが……」
と、俺は微笑みつつ、最後に付け足した。
「始めて三週間にしては、かなり良くできてると思うぞ」
「……! ……そ、そう」
照れたように頬を赤らめるフィオナに、「ああ」と力強く頷く。
「俺が初めて作った木剣に、匹敵する完成度だ」
「初めて…………アンタは一言多いのよ」
藪蛇だったか。
せっかく鎮静化しつつあったフィオナの機嫌が、再びヒートアップしてしまった。
「だいたい! オーラで木を削るのは良いとして、強くなるのと木剣の完成度にどんな関係があるってのよ!!」
「おいおい、今さら何言ってんだ」
俺はやれやれと首を振る。
それから丁寧に説明してやった。
「良いか? 木剣を正確に作ることは、オーラの繊細な操作性を養う意味で重要だ。硬い素材を大雑把に削るだけなら力ずくで出来ないこともないが、完成度の高い木剣を作るにはオーラを繊細に操れないと話にならないし、長時間作業するには敢えて出力を絞る必要もある。それに今は飾り彫り無しで作っているが、ちゃんとした木剣を作れるようになったら飾り彫りもしてもらうつもりだからな。そうなったら尚更、繊細にオーラを操る必要があるんだぞ? それくらいできるようにならないと、スキルの強化はできてもスキルの応用までは身につかない」
「…………」
俺の説明にフィオナは黙った。
ようやく理解したか、と思った頃、しかし、ぽつりと言う。
「…………それなら木剣じゃなくても良いじゃない。装飾品とか」
「おいおい、何言ってるんだ、フィオナ?」
…………装飾品、だと?
俺は反論した。
「良く考えてみろ。装飾品にエルダートレントの芯木や『属性大樹の芯木』が必要か? 素材によって要求される精度に応えていくことで、オーラの制御力は磨かれていくんだぞ?」
「別に、指輪とか腕輪とか、それはそれで、綺麗で良いと思うけど?」
「おいおい、何言ってるんだ、フィオナ?」
俺は反論した!
「おいおい! 何言ってるんだ、フィオナ!?」
俺はもっと反論した!
「おいおい! 何言ってるんだ、フィオナッ!?」
「わ、分かったから! 分かったからそれ止めなさいよ!!」
――どうやら納得してくれたようだ。
俺は落ち着きを取り戻し、フィオナの方へ乗り出さんばかりだった上半身を元に戻した。
一方、フィオナは若干身を引き気味にしている。
「ちょっと、今のアンタ、怖かったわよ」
「ふぅ、すまん。……なぜかアイデンティティを否定されたような気がして、な……」
「アンタのアイデンティティって木剣なの……?」
俺は気を取り直し、フィオナに向き直る。
フィオナが妙に突っかかって来るのも、たぶん成長の証だろう。ナーバスになっていたのだ。木剣職人のみならず、様々な分野のクリエイターにはありがちな話である。
自分が成長し、作品を見る目が養われたからこそ、それまで作っていた自分の作品の粗が見えるようになって、疑問を感じる。ひいては、それがスランプに繋がるわけだ。
しかし、スランプを乗り越えた暁には、一回り成長した自分が待っている……。
俺はフィオナに優しく微笑んだ。
「安心しろ、フィオナ」
「え……? な、何よ? 突然……」
なぜか挙動不審気味に視線を彷徨わせ始めたフィオナに、力強く、告げる。
「お前は、俺が絶対に……」
「ぜ、絶対に……?」
「超一流の木剣職人にしてやる!!」
俺という巨匠に弟子入りしたからには、超一流にならないという選択肢はない。ここからはただひたすら、超一流の木剣職人に向かって道を転がり落ちていくだけだ。
そんな俺の力強い確約に、フィオナは感動で打ち震えていた。
「――――木剣職人になるのが目的じゃないわよッ!!」
違った。
●◯●
アトリエで二人、木剣を作り続ける。
俺はエルダートレントの芯木を木剣二振分の角材に分割すると、指先にオーラを展開し、製作作業を始めた。
今回作るのは二本一対の細剣だ。
得物の長さや重心、握りの太さなんかは既に把握している。売り物ではないとは言っても、初めて作る「黒耀シリーズ双剣バージョン」だ。当然、手抜きなどはしない。というか実用の品だからな。万が一もないよう、集中して作業に当たる。
この前、翡翠を作った影響か、いつもより更に滑らかにオーラが動く中、流れるような迷いのない手つきで角材から木剣を削り出していく。
黒耀の細剣バージョンを作るのは初めてではない。細くて優美なシルエットの、見映えのする剣というのは、上流階級には人気でそこそこ注文が入るからな。
なので、二本一対とはいえ慣れた手つきで木剣を作っていく。
しばらくして鞘を含めて完成したが、久しぶりの木剣作りに興が乗っているのか、どうせだから飾り彫りも豪華にしようと決めた。
いつもはアイビーの飾り彫りをすることが多い。個人的な感想だが、蔦模様はパターンが一定しているのと単純な曲線で構成されるため、比較的彫りやすいのだ。
だが今回は少し豪華に、茨と薔薇を彫ることにした。
剣身の強度が落ちないように注意しながら彫り、おまけで鞘にも飾り彫りを施す。
それから仕上げに、茨の部分に金箔を貼り、薔薇の部分には赤い樹脂塗料で色づけした。この塗料は塗った後に専用の薬液を上塗りすると、瞬時に乾くという優れ物だ。地味に金箔よりも高い。
自分用の黒耀は極技で壊してしまうし、消耗品と割り切っているから色づけはしないんだが、売り物の場合にはこうやって色づけすることもある。こうした方が見た目が華やかだしな。
「流石は俺だな……」
気がつくと、いつもより手の込んだ逸品が出来上がっていた。
程よい疲労感に息を吐き、顔を上げると、窓の外はすっかり日が落ちて暗くなっている。
フィオナはというと、長時間の作業に限界が近いのか、かなり疲労した様子で、それでも悪戦苦闘しながら作業を続けていた。
「…………」
少し言い合いになってしまったが、それでも引きずることなく続けているのは真面目だな、と思う。
それだけ「強くなりたい」という想いが大きいのだろう。
真剣な想いには、こちらも真剣に応えたくなるものだ。
とはいえ、根を詰めすぎても良いことはない。今日はこれで切り上げさせることにした。
「フィオナ、そろそろメシにしよう」
「ん……そうね。もうこんな時間……今から作るの?」
「いや、適当に買ってきたから、それで済まそうぜ。嫌いな物とかあっても、文句言うなよ?」
「言わないわよ。……ありがと。ごちそうになるわ」
「おう。…………んで、これをお前にやる」
俺は作ったばかりの黒耀二振りを、フィオナに差し出した。
フィオナは虚を衝かれたように目を見開きながら受け取り、しばらく二振りの木剣を眺めていた。
「ぇ……良いの?」
「ああ」
「でも……何で?」
「あー……特に、理由はないが」
本当に理由はなかったが、あまりにもフィオナがじっと見てくるので、言葉を付け足した。
「まあ、何だ……お前もそれで戦ってみたら、何か掴めるかもしれんだろ? 一応、並みの金属剣よりは斬れるはずだが、それでもオーラを纏わせて使うのが前提の武器だしな。修行には良いと思う」
「…………」
「とはいえ、使う相手は選べよ? 最初の内は、弱い魔物相手に練習してみるんだな」
「…………」
「……えっと、どうした?」
戸惑いながら問うと、フィオナは首を振った。
「何でもない。…………アーロン、ありがとう」
「……どう、いたしまして」
それがあまりに素直な笑顔だったので、俺は面食らった。




