エピローグ
――あれから、どれほどの月日が流れたのだろうか。
ブレイドは自動販売機の前で溜め息を吐いた。廊下の壁に背中を預け、天井を見上げる。
金を稼ぐため、久しぶりにハンズをやったが大した相手がいなかった。
今まで、数多くの敵と闘って来た。強敵も少なからずいた。
だが、未だ心は満たされていない。
闘いは好きだ。闘いがなければ生きていけないといってもいい。麻薬に等しいほど中毒性のあるものだ。
弱者を一方的にいたぶるのではなく、手に汗握る熱い闘い。それがブレイドの求めているものだ。
「やあ、色男。こんなところでどうしたんだ?」
やけに気取った感じの声音に、ブレイドは振り向く。
若い女だ。ジーンズに長袖の白いシャツというシンプルな格好をした女だ。長い茶髪を後ろでまとめて、馬の尾のようにしている。強い意志を秘めた、真っ直ぐな瞳がこちらを見ていた。歳は、二十には満たないはずだ。
「どうも何も、休んでいるんだが?」
「休んでる、か……」
女は何が楽しいのか、口の端を吊り上げながらブレイドを見つめてくる。
ブレイドは特に不快に思うこともなく、女へ視線を向ける。
「んで、美女が何のようだ? 遊んでくれるのか?」
「さあな」
女はブレイドの前を通り、自動販売機と向かい合う。
「飲み物は何が好きだ?」
「は?」
「飲み物だ、好きなものを教えてくれ」
女が振り向かずに聞いてくる。
もしも、買ってくれるのならありがたい。
「自販機にあるもんならコーヒーだ」
「ブラックでいいか」
「あぁ。まずいのがまた良くてな」
女は素早く小銭を自動販売機に投入し、ボタンを押す。
ピッ、という電子音の後、缶が自動販売機から出てくる。女はそれを取り出して、無造作に後ろへ……つまりブレイドに向けて投げた。
ブレイドは左手で易々とキャッチした。
「ナイスキャッチ」
女は満足そうに微笑んで言った。
ブレイドがキャッチした缶はブラックコーヒーだった。
「金をお前に賭けて、それで勝ったんでな。一本おごらせてくれ」
女はブレイドに振り向いた後、そういった。
変な女だ。
普通、どちらが勝つか賭けをし合って手に入れた金は自分のものだというのに。
そういえば、そんな変なことを自分もやったな、とブレイドは思い出す。
「俺は缶コーヒー一本で釣られるような男じゃないぜ」
女はそれを聞くなり、鼻を鳴らした。
「知ってるさ」
女は右手をあげ、握り締める。固く握られた、鍛え上げられた拳だった。
「最近、強い男と闘ってないんだ」
唐突に、女は語りだした。
「面白い闘いがなくてな。退屈してたところなんだ。だから、『キング』なんてあだ名を付けられているやつを見に来た」
キング。
本来ハンズで頂点に立つものが得る称号のようなものだ。だがブレイドは辺境の地で『キング』と呼ばれている。圧倒的な強さから来た、安易なあだ名だ。
「それで、キングもどきには会えたのか?」
「会えた。闘うところも見れた」
「……感想は?」
「良い」
ブレイドは思わず、笑みがこぼれた。
「……おふざけはこんくらいにするか。で、だ。飢えたのかローレル?」
女……ローレルは不敵な笑みを浮かべた。
「あぁ、餓えた。それに私も強くなったしな。だからいつかの言葉を現実にするために来た」
ローレルは手を差し出してくる。その手には一枚のチケット。キングの挑戦権である。
「今度は父のためじゃない。正真正銘、私自身のためだけの闘いだ」
無論、燃え盛るその瞳には一切の迷いは無い。
「一応聞くが、拒否権は?」
「ある」
「……よく言うぜ」
目の前に強敵。
ならば、ブレイドの答えは一つだ。
「その目は、拒否を許さねえ目だ」
チケットを受け取り、ブレイドは笑う。
まるで、悪魔のように。
「受けるぜ、キング。俺を退屈にさせるなよ」
いつも通り、余裕たっぷりに、ブレイドは言い放った。
お楽しみは、まだまだこれからだ。
ここまで読んで頂いた方ありがとうございました。
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あとがきを活動報告の方に残しますので、よろしければそちらもどうぞ。
では、本当に、本当にありがとうございました。




