特訓のメニュー
ブレイドの家にて。
ローレルはリベリアと並んでソファーに座っていた。ブレイドはなぜかメガネをかけた状態で、テレビの前に立っていた。その手にはノートとシャープペンシルがある。
格好に突っ込む気はなかった。気分でやっているに違いない。
「うし、残り一か月のトレーニングを決めるぞ」
意気込んだ様子でブレイドが宣言する。
「何かやりたいことはあるか」
問われて、ローレルは顎に手を当てて考える。
「ミット打ちだな」
「ウチにあったか?」
「ないですね」
「買うか」
即購入が決まったミットだが、ローレルは手を振って否定した。
「いや何もそこまでしなくても」
こっちは住まわせてもらってサポートされる立場である。あまり負担をかけたくはない。
「金の心配なんざねえし、平気さ。ミット打ちな」
「……ありがとう」
「他は?」
今までひとりでやっていたトレーニングをふたりで行えるのだ。この差は大きい。やりたいことはすぐ浮かんだ。
「スパーリングだな。実践経験がほしい」
「オーケー。ロイヤー・ハーメルンもボクシングだろうからパンチだけで相手してやる」
今現状でブレイドほどスパーリング相手として心強い相手はいない。元キングである実力も、ボクシングを知っているという点においてもベストだった。だからこそ、ブレイドはサポートしてくれるのかもしれないが。
「あとはボディ打ちだな」
「なんですか、それ」
「腹筋周りを攻めてもらうのさ。痛みに耐える訓練だ」
リベリアは露骨にいやそうな顔をした。
「痛そうですね」
「やるならウェイブは必須だな。最終的なダメージは体に響かないほうが良い」
ローレルは頷いた。
「俺も提案がある」
人差し指を立てて、ブレイドが言った。
「ウェイブの強化だ」
それはローレルが今まで触れていなかったものだった。ウェイブの強さは心の強さだと学んだ。だからローレルは意図的にウェイブを強化しようなど考えなかった。単純にやり方がわからないというのもあるが、ローレルの中では鍛え上げた肉体と磨き上げた技術で闘うという思考から抜け出せなかったからだ。
従って、ローレルは今まで一度も、ウェイブに関するトレーニングはほぼしていない。精々、発動させる時間を短くする程度だ。
「どうやるんだ? というかできるのか」
「できる」
ブレイドは断言した。
「精神統一の時間を設ける。座って、姿勢を正して呼吸するだけだ」
ローレルはなんて楽なトレーニングなんだと思った。スタミナをつけるためにパンチを打ち続けるわけでも、攻撃を受け続けるわけでもない。
ただ座って、呼吸をするだけ。そこに何の苦労もないのだ。
「まずは一時間、雑念を取り除くことだけに専念する。最終的には二時間だ」
ローレルは頷いた。
ウェイブもハンズにおいて闘うことを考えれば必須の要素だ。強化しない手はない。
「よし。んじゃ、ラストスパートかけてくぞ、こんだけサポートしてやるんだ。本番、楽しませてくれよ?」
ブレイドは笑みを浮かべる。
悪魔のような笑みを。
△▼
「そうだ、お前。右スイングの練習しろ。腕引いて、大振りなやつ」
外でミットをはめながらブレイドが言ってきた。
「それは構わないが、なぜスイングなんだ? 苦手だぞ」
大振りの右スイングは特に隙を生む。両腕があれば戦略に入れられるのだろうが、ローレルは右腕しかない。ゆえに右スイングは苦手だった。やってもショートフックや溜めのないロングフックだ。
ブレイドの言うスイングは溜めのあるものだろう。ローレルにとっては弱点をさらす行為にしかならない。
「武器になるからさ」
ブレイドは構える。
パンチを打つのに、正確な場所だ。
「とりあえず、ジャブからだな」
ローレルは頷いて、間合いに飛び込む。
そしてミット目掛けてジャブを放った。ブレイドの両手のミットから小気味の良い音が響く。
「いいぞ」
ミットの位置が変わる。
ジャブからのストレート。
アッパーやフック。
ブレイドの指示とミットの位置にあわせて様々なパンチを際限なく打ち続ける。たまにブレイドからの攻撃が飛んできて、避けてから攻撃を叩き込む場面もあった。
ミット打ちに要求されるのは拳の正確さだ。いかにミットの中心にパンチを当て続けられるかが重要となる。
これにより、正確なパンチの距離や打ち方を覚えるのだ。
初心者でなくても、パンチの正確さは一生の課題となる。だからこそミット打ちは重要なトレーニングの一つになっている。
「いまだ、打て!」
ミットを横に向けるブレイド。
そこにローレルは右スイングを放った。拳を、まるで槍投げのように後方から弧を描いて叩き込む。
「……中心からずれてんな」
「一か月でどうにかするしかないな」
ブレイドはミットを外すとローレルに片方投げてきた。受け取ったのを確認すると、右手に装着してくれる。
「一回、ちょいと真似するから受けてくれ」
「あぁ」
ブレイドは拳を握る。
そしてローレルに向けて右スイングを放った。矢を引き絞るように溜めをつけて、拳を振るう。
「っ!」
ローレルは驚いた。溜めからの拳が瞬間移動したかのようにローレルのミットに叩き込まれたからだ。溜めた、つまり隙だと認識した瞬間に拳が襲ってくる。
「うーん、お前がやってたときはもっとコンパクトだったんだがな」
振り切った拳をゆっくり戻しながらブレイドは首を傾げる。
ローレルは腕のしびれを振り払いながら右手を差し出す。ブレイドはミットを外して己に付けなおした。
「俺が目指してほしいのはこいつだ。タイミングが読まれづらいから消えたように見える。お前、無意識にたまにやってたぞ」
「そうなのか?」
「あぁ。だから意図的にできりゃ最高だ」
ブレイドは楽しげにミット同士を突き合わせて音を鳴らす。
「さ、再開だ。ドンと来い」
ローレルは拳を構え直して突撃した。




