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【完結】太陽の拳  作者: 月待 紫雲
エピソード11
84/93

交渉

「待ってくれ!」


 人気の無い、会場の通路。

 ローレルは帰ろうとするシスルの主人を呼び止めた。


「貴様は」


 振り返り、驚きを隠せない様子の主人に駆け寄る。そして目の前に辿り着いて足を止めた。


 良かった、間に合った。


 主人はしばらくローレルを見ていたが、やがて視線を移し、その表情を怒りに染めた。

 シスルだ。あの後すぐ目が覚めて、ローレルと共にここに来たのだ。


「シスル……」

「ご主人、様」

「家族の命はないと思え」


 出会い頭に残酷な現実を突きつけ、主人はシスルを脅す。


「待ってくれ、頼みがある」


 しかしローレルは主人に頭を下げた。


「なんだ」


 踏ん反り返る主人。


「シスルの家族を殺さないでくれ」

「殺さない理由が無いな、金にならないなら捨てる。それだけだ」


 大声を上げて、主人が願いを拒否する。だが、ここであきらめるようなローレルではない。

 頭を上げて真っ直ぐ、主人に言う。


「金になると言ったら?」


 自分の胸に手を当てる。


「私がお前のために金を稼ぐ。お前が、シスルと家族を生かしている間だ」

 

 それでもこの主人が金を目的にして、シスルを縛り付けているのなら、その状況が金になると思わせたほうがいい。

 ローレルが考え得る少ない手段であった。


「……ほう」

「シスルはまだ死んでいないし、今まで通り稼がせられるだろ? だから今までの二倍だ」


 シスルが慌ててローレルの腕を掴む。


「あなた、どういうつもり!? 言ってる意味わかってるの」

「わかってる」


 真っすぐ主人を見る。


「人が死ぬくらいなら、私は金をいくらでも出してやる」

「……違うなぁ、ローレル。貴様がすべき態度は頭を下げて懇願することだ」


 主人が下品な笑みを浮かべて、ローレルの体を見る。


「貴様も奴隷になれ。それなら条件を吞んでやる」

「なっ」


 奴隷。

 何をされるかわかったものではない。だが、ハーメルンとは確実に戦えるだろう。

 なら、いい。


「……わかった」


 シスルを見て、頷く。


「バカ、そこまでしなくとも」

「私は事情を知って勝ったんだ。なら勝った責任は取る」


 震える声で応じる。

 先のわからないことほど怖いことはない。

 歯を食いしばる。


「頭を下げろ」


 踏ん反りかえって、主人が要求する。

 ローレルは顔を下げようとした。

 

「おいおい、交渉っつうのはな。そんなにペコペコ頭下げるもんじゃねえんだよ、慣れねえことすんなローレル」


 聞き覚えのある声が邪魔した。


「頭を下げるのはな、お願いする側じゃねえ。される側だ」


 ブレイドだった。リベリアとあともう一人、見知らぬ男を連れて、ローレルたちの前にやってくる。


「貴様、いつ奴隷を連れ出してきた。良いとは言ってないぞ」

「さぁね。俺は俺のもんを取り返しただけだ。テメエが用済みになるからな」


 見知らぬ男は、堀の深い顔をしていて、オールバックの赤髪に青い目をしている。体格はデリーやハーメルンのように逞しいわけではないが、少なくとも素人のものではなく、多少なりとも鍛えられているのがわかるものだった。手にはなにやらアタッシュケースのようなものを持っている。とはいえアタッシュケースより大型の箱なのだが。


「はじめまして、わたくしはシャンゴ・アグニと申します。以後お見知りおきを」


 にこやかに、アグニは名乗った。


「シスルさんと家族、買い取りに参りました」

「は?」


 ローレルも主人も、もちろんシスル本人も、アグニの言葉に驚く。


「このケースには紙幣がびっしり詰まってます。このお金で、シスルさんと彼女の家族を買い取ります。奴隷の値段はこれの十分の一が相場でしょう? あなたのほうが得なはずです」


 ブレイドを見る。

 ブレイドはもうアグニに全て任せるつもりらしくすました顔をしていた。リベリアに関してはひどく不安そうでローレルたちから目を背けている。


「これで足りないというのであれば追加しますよ? もう一ケースくらいならね」

「もう一ケース!」


 元主人は目を輝かせるが、すぐさま頭を振った。


「いや、コイツを利用すればそれ以上稼げる、ダメだ。交渉はしない」

「あなたに出来るとでも?」

「奴隷は使い方次第だよ」


 アグニは主人ではなく、シスルとローレルに体を向ける。


「私、剣闘士というものが大好きでしてね」


 そして、唐突にそんな話をし始めた。剣闘士ならローレルも学校で学んだことはある。ただ、浅すぎる知識しかないのだが。


「剣闘士は確かに雇い主の奴隷のようなものです。今のシスルさんのようにね……けれど剣闘士は闘い続ければ解放される。闘い続け、じゅうぶんに稼いだのなら自由の身になれる」


 遠まわしに元主人のために闘えば自由になれないと言っていた。


「ローレルさんでしたっけ」

「あぁ」

「実はハンズで勝った時点でシスルさんの身柄はあなたが握ってることになるんです」

「そうなのか?」


 ローレルはブレイドやシスルの顔を見る。


「元々ハンズで負ければ死ぬようなもの。奴隷で他の者が所有権を持っていようが、その奴隷が負ければ勝者の思い通りってわけなんですよ」


 何せここ、クライムですからね、と。アグニは続ける。


「シスルさん、わたくしは約束をしましょう。あなたが来てくれるのであれば、家族を買い取った金額を闘って稼いだとき、全員を自由にすることを」

「…………」


 そしてアグニは主人に向き直る。


「貴方はシスルさんが戻ろうが戻るまいがお金が手に入ります。シスルさんが帰らなかった場合、家族をわたくしに売って利益を得るのと、殺すなんて無駄なことをしてしまうのはどちらがより賢明だと思われますか」

「ふん、金の出るほうに決まっているだろう。だから早く頭を下げろ。この男の口車に乗せられるな」


 ローレルに向かって主人が手招きする。

 確かに主人にとってはアグニの出した条件は、ローレルの出した条件には劣るかもしれない。

 だが、それ以外の人間にとってはどうだろうか。


「シスル。私はお前をどうこうしようなんて気はない。私はお前の望む場所に、お前を行かせたいと思う」


 今、決定権はシスルにある。ローレルはシスルの意思に従うだけだ。


「……本当に、自由になれますか」


 シスルの問いにアグニは微笑んだ。


「えぇ、もちろん。わたくしはお金がほしいのではありませんから。ここにいるパーガトリ・ブレイドと同じ闘いを楽しむ人間です。あぁ、敬語も何もいりません。わたくしとあなたの関係は主人と奴隷ではありませんから」

「じゃ、じゃああたしは」

「シスル! 貴様、自分の家族が」

「ですからわたくしが買い取るんですよ」

「認めんぞ」


 強情な主人に、アグニはため息を吐く。


「手ぇ、貸してやろうか」


 そんなアグニをブレイドがからかうが、アグニは首を振った。


「いえいえ」


 ウェイブが引き出される。

 ローレルでも、ブレイドでも、シスルでもない。

 アグニのウェイブだ。

 どす黒いウェイブが、アグニを包んでいる。


「気に入らないので殺して終わらせます」


 殺気だ。いつかの少女のような純粋な、殺気。

 表情はおだやかでも、波動のように真っ黒なウェイブをアグニは発している。

 鳥肌が立った。

 ローレルでもこうなのだ、主人はそれだけで済まされないはずだ。

 殺気の矛先は主人なのだから。


「わ、わしを殺せば、シスルの家族も死ぬぞ」

「残念、そういうことがないように手は回してあります。シスルさんの家族がどこにいるかは、ブレイドさんに教えてもらいましたから」


 汗を滲ませ、全身を震わせながらも、元主人はブレイドをキッと睨む。


「貴様! このために」

「悪いな、金持ちが一人死のうがどうでもいいんだわ。それよりも、かわい子ちゃんからのお願いが大事でね」


 ブレイドの瞳は何ら感情の抱いていない、冷たいものだった。リベリアを抱き寄せる。


「権力者には、それより大きな権力と暴力で従わせればいい。そうでしょう? わたくしは穏便にことを済ませようと思ったのに、いやぁ残念です」


 それはもやは交渉ではない。


「従っていただけないのでしたら、潰すまでです」


 ゆっくり、アグニの手が伸びていく。


 どこへ?

 主人の頭へ。


 何のために?

 潰すために。


「ま、待て。わかった、交渉に応じる」

「最初からそうすればいいんですよ、全く」


 ウェイブと共に殺気が消え失せる。


「ではシスルと家族は買い取らせていただくという方向で」

「あ、あぁ。喜んで」


 引きつった笑みを浮かべる元主人は実に滑稽だった。


「ローレルさん」

「なんだ」

「というわけでローレルさんは奴隷にならずに済むのでよろしくお願いします」

「あ、あぁ。ありがとう」


 ほっと胸をなでおろす。どうなるかと思ったが、丸く収めてくれるのであればそれに越したことはない。


 アグニはちらりと視線をブレイドに移し、また戻す。


「さて早速、家族を受け取りに行きましょうか」


 アグニが主人の肩を叩くと、主人は小さく悲鳴を上げた。


「案内してもらいましょうか。無事に受け取りを済ませたらお金をお渡しします……なんて形式の問題で意味は無いのですが。あぁ、シスルさん、いきますよ。ではみなさん、ごきげんよう」


 アグニは主人を引っ張り、シスルを呼び寄せてどこかに消えていった。

 嵐が過ぎ去ったみたいだった。

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