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【完結】太陽の拳  作者: 月待 紫雲
エピソード10
81/93

あっち向いて

 ……三十分後。


「ぜえ……ぜえ……さすが、といったところか」

「やるなローレル。ここまで張り合いがあるのでデリーくらいなもんだったが」


 ブレイドは余裕そうに酒を飲む。じっとり汗をかいて、頬のラインを雫が流れていった。

 ローレルも服に汗がにじんできていた。

 というか、また周りでどっちが勝つか賭けが始まっている。


「ういぃー」


 ブレイドはべろんべろんに酔っ払った人間のフリをして攻撃をかわすものだから当て辛い。しかも酔ってとぼけたようなフリをして攻撃もしてくる。

 混沌。

 ブレイドの内包する世界に酔っ払いの格闘技でもあるのだろうか。

 さっきから酒を飲むのもやめない。

 予測できない攻撃にローレルは体力を削られ続けていた。


「くそっ」

「さぁて、何回戦目かねえ。もうどうでもいいや……いくじぇー」

「どこまでが本当の酔いなのかわからん」

「ローレルちゃん、負けたらメイド服ねー」

「誰か着るかっ」

「ん? ここの制服かぁー、ローレルがねぇ」

「ジェーン、こいつを本気にさせるようなこと言うな」

「いやぁ、でもローレルちゃんも本気になるでしょ」

「なるほど。よし、脱がせて着せてやる」

「絶対ぶん殴ってやるっ」


 やはりこの酒場にローレルの味方はいない。

 眼前にはジャンケンの勝負とはいえ最強の敵だ。

 負けられない理由も出来た。格好はまだ良い。問題は見世物にされるのと働かされるのだ。そして何よりブレイドに見られることだ。

 絶対にこいつはろくなことをしない。


「ろっく」

「ペーパー」

「シィザース」

「ゴー!」


 相手はチョキでこっちはグーだ。

 そしてそのまま拳を振りかぶって、


「あっち、向けぇ!」


 もはやテンプレートでもない言葉を叫び、よりによって苦手な右スイングを放った。

 力を漲らせて思い切り、振りぬく。


「ウゲェ!」


 ふらっと体をゆらめかせたブレイドだが、拳をまともに受けて右を向いた。


「……なん、だと……」


 驚愕するブレイド。

 拳の感触を確かめて、ローレルは拳を振り上げる。


「やった、勝ったぞ!」


 いくらジャンケンとはいえ、ブレイドに勝てたことが嬉しかったローレルは飛び跳ねた。

 ブレイドは景品である酒をカウンターから取ってくると差し出してきた。


「ちきしょぉ。へい、景品」

「お、おう。そういう勝負だったな」


 酒を受け取る。しかしやっぱり、酒の価値はわからずそれよりも勝てた喜びのほうが大きかった。


「くそっ負けちまった」


 言いながら酒を飲む。

 負けたのに、ブレイドの表情は楽しげだった。


「でかしたぞローレルちゃん。さぁ、そのお酒ちゃんをこっちへ渡すのだ」


 やたら上機嫌のジェーンが言い放つ。


 別に酒が目的だったわけではないし、あげても構わない。

 しかしここで悪魔が囁いた。


「いいのかそいつで? お前の手にある酒は一級品だ。お前が飲まないにしても、酒が好きなら一生に一度は飲みてえようなシロモノだ。ロイヤー・ハーメルンなんかは、酒を飲むんじゃなかったのか?」

「あっ、ブレイド! 余計なことを言うんじゃないよ。元々あたしがもらう約束だったんだから、あたしのもんさ」

「約束ねぇー引き受けたんかローレルちゃんはぁ」

「あ、いや、そういえばジェーンに渡すとは言っていない」


 いい練習になりそうだな、ローレルはそう呟いただけだ。一言も誰かのために酒を取ってくるとは言っていない。


「ちょっとローレルちゃん! そりゃないよー」

「しかし私はあの人の居場所知らないしな。ならジェーンに渡しても」

「俺は知ってるぜ」

「あぁ、ブレイドに教えるんじゃなかった」

「情報提供はデリーだろうが。ま、サンキューな」


 ブレイドはさも楽しげにジェーンをからかっていた。


「ローレル。自分には価値のないもんを手に入れたらよーく考えろよ。つまり価値を見出せる人間に恩を売れるわけだ。利益を考えろよ利益をよぉー。酒場やってるジェーンにやったって、利益は少ないだろう」

「くっ、この悪魔! 純粋なローレルちゃんを誘導すんな」

「で、ブレイド。本音は?」


 ローレルが訊ねるとブレイドは人差し指を立ててこう答えた。


「ジェーンの思い通りになるのが気にくわねえ。俺が負けるだけの男だと思うな」

「正直だな」

「おうよ。ま、真面目な話、滅多に手に入んねえ酒だ。お前もお前で誰かと出会ってるだろうし別れもしただろうさ。そいつを渡す相手ってもんはちょいと考えてみ」

「言ってることは最もだな。これ、高価なようだし」


 酒のボトルを、正確にはラベルを見ながら、ローレルはしばし考える。

 悲しいことにローレルと親しい人間は少ない。ここで誰も思いつかないようであればジェーンに渡してしまうのもアリだろう。


「うーん……なぁ、ブレイド」

「あんだ」

「この酒ってプロでもほしがるものなのか」

「プロ? 知らねえが、イイ酒を知ってるんなら持っときたいだろうな。お金で買えない価値があるってやつ」

「お前は買ってきたんだろう」

「わかっちゃいねえな。見つけるのが大変なのさ。金だけじゃ偽物を買っちまう。こういうもんは目も鼻も利かせないとな」

「そういうものか」

「そういうものだ」


 ならあの(マスター)に渡すのがいいだろうか。


「……悪いなジェーン。これは私が日頃お世話になってる人に渡すことにするよ」

「むううぅ、ローレルちゃんのバーカ。ふんっ!」


 ジェーンは頬を膨らませて怒り、カウンターに戻っていってしまった。

 ふくれっ面のまま、カウンターに座る。


「ははは、悪いな」

「勝ったのはお前さ。そうしつこくジェーンも文句言えねえよ」

「いいもん。帰ってきたデリーに慰めてもらうもん」

「おう、そうしてもらえバカップル」


 ブレイドは飲みきったボトルを床に放る。


「お前は何しに来たんだ」

「雨宿り、なんだが……何も飲まずに帰るのもなんだな」

「そのお酒くれれば飲まなくても大丈夫なのに」

「おいおい酒場だぜ飲まずに帰らせるなよ」

「ふーんだっ」


 ジェーンの拗ねっぷりに苦笑いしながらも、ローレルはカウンター席に座る。


「カフェオレでも頼めるか? 酒は飲むつもりないんだ」

「……あいよ」

「俺は追加な」

「へーい」


 なんともやる気のない返事だった。

 ブレイドがローレルの隣に座った。カウンターテーブルに景品の酒が置かれている。

 盗もうとたくらむ連中は出てくるのだろう。ローレル自身、物への執着はない。だが、誰かにプレゼントすると決めた場合はそう簡単に盗まれるわけにもいかない。

 なので、酒を置いたのはブレイドとローレルの間だ。


「やれやれ。負けたせいで目が覚めちまった」

「む、負けたのが悔しいのか?」

「嬉しそうに訊いてくんな、ガキかよ」

「ガキじゃない。確かにまだ未熟かもしれないが」

「胸はご立派だ」

「ナチュラルにセクハラ発言をするな」

「触っていいか?」

「やめろ、本当はお前酔ってるだろ」


 腕で自分の体を抱くようにし、身をかばう。

 ブレイドはため息を吐いた。


「頭ぐっちゃぐちゃになるまで酔えりゃいいんだがな」

「……やっぱり変だ、お前」


 思わず呟いてしまっていた。

 デリーとの闘いが終わった後に気付いて、今も違和感が付き纏っている。

 らしくない。もっと余裕に満ちて、他人を笑って、楽しそうにしているのがローレルの知るブレイドだ。

 だが、今は無理をしているように見えた。


「おいおい、俺だって酔いに身を任せたいときがあらぁ」

「愚痴くらいなら聞くが」

「お前が? はっ」

「笑うなよ。人がせっかく気にしてるのに」

「余計なお世話だバーカ。話すときゃ話す、それだけのことだ。他人に言われて話すかよ」

「はいはいカフェオレと酒の追加だよー」


 ローレルの前にカップ。ブレイドの前にはボトルごと置かれる。

 ジェーンはまだ拗ねているようでふくれっ面だった。それでも仕事はちゃんとする気らしく、他の客の対応に向かう。


「蓋開けんの面倒くせ。割ろう」

「え、割るって」


 ブレイドはさっさとボトルを持ち上げた。


「フッ」


 軽く鋭い呼気と共に手刀が放たれる。

 次の瞬間には、ボトルの細い首の部分から上が「切れて」なくなっていた。

 まるで、野菜をざっくり包丁で切ったような、綺麗な切れ方をしていた。

 その切れ目に口を付け、ブレイドは豪快に酒を飲みだす。


「お前の行動はいちいち驚かされるな」

「チョップでならお前もやれるさ」


 にべもなくいって、酒を飲み続ける。

 ローレルもつられるようにミルクを飲んだ。

 飲みなれた甘い味がした。しかし舌を鳴らして、違和感に首をかしげる。


「どした?」

「なんでもない」


 おいしいことに変わりはないので、飲み続けることにした。


「お前、俺と特訓したときのやつ覚えてるか」

「ん? 蹴りを避け続けるやつか」

「そうそう」

「覚えてるぞ」

「オーケー、ならいいんだ」


 ブレイドの言動に疑問が浮かんだが、あまり話してくれそうにもなかったので追及するのはやめる。

 というか、若干の壁を感じて自分からはどうにも質問しにくかった。

 何度もカップに唇をつけてミルクを飲む。

 体が温かくなり、眠気が襲ってくる。体の熱を吐き出した。

 ブレイドは鼻を人差し指でこすって、口を開いた。視線の先にはジェーンがいる。


「おい、ジェーン。ローレルにカクテル飲ませただろ」

「……え」


 ローレルが口をつけていたカップを戻し、残っていたカフェオレを見てみる。

 もうあと一口で飲み終わるくらいで、ほとんど飲んでしまっていた。

 視界の先のジェーンは、舌を出してから仕事に戻る。


「ふぁ」


 酒、と自覚した途端、眠気に近い感覚がローレルを襲った。


「……送るぜ。酒の安全のためにもな」


 そんなローレルに、ブレイドはため息を吐いた。

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