じゃんけん
ローレルはジェーンとデリーの経営する酒場に来ていた。
この場所に来る理由は大したものでなく、ただの雨宿りがてら話ができればと入ってきただけだ。
「邪魔するぞ」
酒場レイジ・フェロウに入り、店内に視線を向けた瞬間、
「ふはははっ! マヌケがぁッ」
「おごぉっ!」
人が宙を舞っていた。
ブレイドがアッパーカットで人を殴り飛ばしていた。
「は?」
唖然としていると中年の男が駆け寄ってきた。
「おっ、強い姉ちゃんじゃあねえか! ちょうど良い。ヤツを倒してくれ! 頼む」
アームレスリングのときにいた男だろうか。目を輝かせて話しかけてきた。
ブレイドが暴れているだけにしてはやけに楽しそうだ。
あと、若干酒臭い。
「ブレイドのヤツ、加減てもんも知らんし、ルールもマナーも守る気ねえんだ。ヤツを倒せるのは姉ちゃんしかいねえよ、相応の金を払うから勝ってきてくれ」
「勝つ?」
「ジャンケンだよ、ジャンケン」
「人が飛んでくようなアレがか」
「おうよ、見てりゃわかるって」
ブレイドは腕を組み、勝利の笑みを浮かべている。
そこへひとり男がやってきた。
ふたりは向かい合うと、構える。
「ロック」
「ペーパー」
「シザース」
ブレイドから始まり、交互にジャンケンの言葉を紡ぐ。
「ゴー」
そして同時に拳を突き出した。
ブレイドはグー。
挑戦者はチョキだった。
「あっちむいて……ホイッ」
「ごへえっ!」
ブレイドの右フックが炸裂し、相手を無理やり「右」に向かせて、あろうことか倒した。
「そんなジャンケンがあるかっ」
思わず、叫ばずにはいられないほどの理不尽さだった。
「なぁ、姉ちゃんわかっただろう?」
「いや、そもそもなぜジャンケンを」
「酒だよ酒。景品になってる高級酒さ」
そういって中年の男が指差す方向には、酒があった。いかにもな装飾が施されたボトルが、カウンターに置かれている。
「他の野郎が持って来た酒なら本気にしねえさ……だがな、数多の偽物が蔓延る中でヤツは『本物』を持ってくる。そして囁くんだ……『俺の酒か? ほしければくれてやる。倒せ!』ってな」
「は、はあ」
生返事しかできないローレル。
酒のどこがいいのか、わからないからだ。
「金は払うからさ、姉ちゃんがアレ討伐してきてくれよ」
「ダメだよローレルちゃーん。そこの男にあの酒に見合った額なんて出せないんだから」
ふらりとジェーンが会話に入り込んできた。
「ちゃんとお金払える人の味方しないと。例えばあたしとか」
「ちょ、マスター汚ねえぞ。あんたは仕入れりゃいいだけの話だろうが」
「いやぁねえ、あれだけのお酒は本物見つけるのが難しいのよ。というわけでローレルちゃん、ブレイドからお酒取ってきて」
「いや、デリーに頼めば」
「今いないのよ。だからお願い」
ね? と。
ジェーンが頼み込んでくる。
「おらぁ、ここにはデリーいなけりゃ雑魚しかこねえのか? ああん」
明らかに酔ってるブレイドは酒場に要求するようなことではないものを言い始める。
しかし、ジャンケンか。
「いい練習になりそうだな」
「おっ、やってくれるの? ありがと! さあ行くんだメイドローレルちゃん!」
「メイドって言うな」
腕を回してブレイドに歩み寄る。
「私じゃ不満か? パーガトリ・ブレイド」
「……んあ? ローリエちゃんじゃねえか」
「誰がローリエだ。ローレルだ」
ブレイドが怪訝そうな顔をする。
「上等じゃあねえか。後悔すんなよ」
「さて、後悔するのはどっちかな」
拳を一度握って力を抜く。
これはジャンケンであって遊びではない。
立派な勝負だ。
「ウェイブは無しだぜベイビー」
「とか言って使ってくるなよ」
「ねぇよ」
ブレイドから闘気が膨れあがる。
久しぶりにボクシングをしているときのような……なんというか爽やかな気持ちがローレルから湧き上がった。
「ロック」
ブレイドが構える。
「ペーパー」
応えるようにローレルは拳を握った。
「シザース」
「ゴー!」
ブレイドはチョキ。
ローレルはグー。
ただ、ブレイドはチョキで目潰しをしに来ていた。
ローレルは頭を下げて避ける。
上等だ。そっちがその気ならやってやる。
「あっち向いて……」
拳を握る。
「ホイ!」
顎目掛けてアッパー。
ブレイドはバックステップを踏んで避ける。
「へへっ、やるじゃねえかお嬢ちゃん」
「なに、まだまだこれからだ」
「じゃあ、二回戦だ。ロック!」
「ペーパー」
「シザース」
ゴー。
ブレイドがグー。
ローレルがチョキ。
「よっしゃ! あっち向いて……」
闘気が膨れ上がるのがわかった。
「ホイィッ!」
二発のフェイントからの本命、左スイング。
「甘いな」
ローレルは体を一度沈め、ウィービングで拳の下を潜った。
「面白くなってきたぜ、ギアチェンジだ」
ここにレイジ・フェイロウにおける名勝負が始まった。




