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【完結】太陽の拳  作者: 月待 紫雲
エピソード10
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終わった世界

 終わった世界で、ブレイドは目を開けた。


「またか」

「またか、じゃないよ。君が望んでここに来るんでしょう」


 隣に少女がいた。

 微笑を浮かべて楽しげに足を揺らしている。

 空気に腰掛けて、浮いていた。ブレイドは瓦礫をイス代わりに座っている。


「本当は寂しいんでしょー私に会いたいくらいに」


 声と同時に体を弾ませる少女。

 奇妙な光景極まりないが、夢などそんなものだ。


「寂しい? バカ言うな」

「もぅ、強がっちゃってー」


 ため息を吐き、立ち上がる。

 少女の頭を軽く叩いた。


「あいたっ」

「くだらないこと言ってんじゃねえよ、殴られたいのか」

「うぅ……殴ってから言ったぁ」

「おぉ、悪いな。ついしっかり」

「うっかりでしょぉ、そこは」

「お前にはしっかりやってやる」

「図星だから叩いたんで……あいたっ」


 頭を掴む。ギリギリと、少女の頭に指を食い込ませていく。


「お前、からかいたいからわざとしてるだろ」

「え、えへへー」

「俺がどういう人間か、お前はよーくわかってるだろう?」

「そうだねぇ、君が私に会いに来てくれるのは私を忘れないためだもんねぇ」

「わざわざ言うな」

「嬉しいなー、偽者でもいいから、私を忘れないために私に会いたいだなんて、えへへ嬉しいなー嬉しい嬉しい……いたたたっ!」


 頭を潰すべく力を入れていく。


「へるぷみーぶれいどっ!」

「どうせ平気だろ」

「平気じゃないよ、痛いよ!」

「ったく。ベラベラしゃべりやがって。本物みてえだ」

「だって、独りの間退屈なんだもの」

「独りのときなんてお前にあるか、夢の住人如きが」

「それは君にとってはでしょっ」


 手を離す。

 少女は空中で頭を抱え、うずくまった。


「女の子に乱暴しないでよ、もう」

「知るか」


 ブレイドは座り込んで頬杖を付く。

 まるで彼女そのままだ。

 確かにブレイドは少女を忘れたくないと思った。

 そう思っていたから、きっと夢の中で会えるのだとわかっている。

 おかげで、大切であったはずの人間の、心臓を抉り出した感触を今でも思い出せる。


 憎い。


 愛おしい。


 どちらかと言えば、憎い。だが少女を愛おしく思っていたのも嘘ではない。

 だから遠くなっていく彼女の存在を少しでも近いままで留めておきたかった。


「わかるよ、君を歪めたのは私だもんね」


 憎たらしい笑みを浮かべて、少女は言った。


「君は本当の意味で人を愛せない。君の奴隷も、私も、誰も」

「あぁ」

「闘いが一番だもんね」

「あぁ」

「私がそうさせた。歪めて、治せなくした」

「違うな。こりゃ俺が望んでなったことだ」


 天使のような笑顔の少女に、悪魔のような笑みを浮かべて返す。


「お前ごときに俺をどうこうできるなんて思い上がるなよ」

「怖いなー」

「怖いなんざこれっぽっちも思ってねえくせに」

「さすがブレイド。私のことよくわかってる」


 少女はようやっと地に足をつけた。

 ブレイドの隣に座り、覗き込むようにして顔を見てくる。


「ねぇ、ブレイド」


 甘く、囁くように。

 少女は名を呼ぶ。


「なんだよ」

「もしもの話していい?」

「好きにしろ」

「もしもさ、みんながみんな、優しい世界で生きてたらどうだったかなぁ」

「どういうことだよ」

「ガッコウとかいう場所に通っててー、酒場の人たちが先生で、片腕の子とか君の奴隷が可愛い後輩ちゃんで、私が美人な先輩」

「自分で美人とかいうか」

「美人でしょー私」

「否定はしないでやるよ」

「わーい」

「いや、だからなんだよ」

「でさ、ブレイド。そんな世界で生きられたら、楽しいんじゃないかな」

「退屈なだけだろ」

「えー、甘々なガクエン生活いいじゃん。恋人同士になってキスとかしたりとか、キャー」

「うるせえな。そんなにしたいなら今してやろうか」


 ブレイドが言うと、少女の瞳は途端に冷たくなった。


「いやよ。形だけで空っぽなことなんてされたくないわ」


 冷ややかに見下してくる。

 親しげだった雰囲気が霧散し、今やゴミの相手でもしているかのような態度だ。


「私がどういう人間か、君はよーくわかってるでしょう」

「あぁ、よーくわかってるさ。憎たらしい女の性格ぐらい」

「そんなに想ってくれるなんて嬉しいわ」


 にこりと笑い、雰囲気が元に戻る。少女は立ち上がってブレイドの前で一回ターンをした。

 ふわりと、ワンピースが舞う。


「その様子だとやっぱり闘いが一番みたいね」

「わかりきったことを」

「万が一っていうのもあるじゃない」

「万に一つもねえよ」

「ちぇ」

「それに」


 頬を膨らます少女に、ブレイドは言い放つ。


「お前は闘いと縁のない俺を好きになったか」


 少女はきょとんとして、何度も瞬きをしていた。

 やがて、


「興味さえ沸かなかったでしょうね」


 と吐き捨てた。

 コイツも中々のバトルジャンキーだろう。ただしする側ではないだけだ。

 よくわかっている、何せ――



 ――瞳を開けて、夢から覚める。



 ブレイドはいつものソファーで横になっていた。

 起き上がって、首を回す。

 物足りない一日が今日も始まる。

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