教え
ローレルを送ってから、ブレイドはある場所に来ていた。
シスルのいる屋敷だ。
言うまでもなく技を教えるためである。
もう何日もこれは続けている。
ブレイドは一切屋敷の中に入れることはなく、いつも屋敷の庭でシスルに技を教えている。
リベリアともシスルの家族とも一切会っていない。ブレイドはただシスルに技を教えるだけだ。
話をしてみれば、シスルも屋敷の中には入れるものの、家族には会わせてもらえないらしい。ただ、何日かに一度、弟だけには会えるらしい。
「思いのほか覚えるのも上達するのも早いな」
シスルが蹴り技をしているのを見て、ブレイドは呟いた。
「才能があるってことかしら?」
「動きだけはな」
あくびをしながらブレイドが返答する。
猿の爪痕がまだ残っているため、無理に体を動かすわけにもいかない。
できるだけ言葉で説明をし、伝わらなければ実演してみせる。
これだけの単純な作業にブレイドは退屈していた。指摘などしなくとも、形だけならシスルは簡単にこなせてしまうのだ。
そしてサイファーとは違って、何度も練習し、自分に合った技にしていく。
「そういや、あの踊りはどこで教えてもらったんだ」
休憩にして、シスルに水分補給をさせる。ついでに、退屈しのぎに会話をしてみることにした。
「奴隷商人に誘拐される前に住んでいた場所よ」
「家族ごと誘拐されたのか」
「そうよ」
「大胆なやつもいたもんだ。んで、誰に教わったんだよ」
「旅人よ。確かに闘いじゃなく、踊ってお金を稼いでいたわ」
「名前は」
「知らない。ただ、踊りが綺麗だったから、毎日見に行ってたらある日教えてくれるって」
「へぇ、踊りに金は払ってたのか」
「いえ、払ってなかったわ。だって、お金を入れたい人が勝手に缶の中にお金を入れていくだけだもの」
そんなもので稼げる金などたかが知れているだろう。
シスルのようにハンズで稼げばそれなりに金を手に入れられたはずだ。
「あの人は言っていたわ。これはもう、戦いに使うものではないって」
「だろうな」
でなければ、踊りで金を稼がないだろう。
「正直、あなたには感謝してるわ」
「感謝?」
「人を殺すようなことにあの人から教わったものをいつまでも使っていたくなかったから」
「俺にゃ知ったことじゃねえな」
「えぇ。だから、わたしが勝手に感謝してるだけ」
ただの自己満足なのだろう。表情ひとつ変えず、シスルは礼を述べただけだった。
感謝されるために技を教えているわけではないので、どうでもいいことだ。
「今更かもしれないけれど、あなた、リベリアのことはいいの」
「何が」
「わたしのご主人様に渡してしまってよかったの」
「俺はどっちでも良いっつたんだ。俺から離れていったのはあいつの意思だ」
「そうだけど……リベリアのこと、どうでもいいわけ」
「どうでもいいね」
にべもなく言って、
「というのは嘘だ」
前言撤回。
「心配ではあるな」
「ならなんで引き止めなかったの」
「あいつが決めたことだからだ。それにあいつが決めなけりゃ、今こうしてアンタが技を教わることもなかった」
「そうね」
「リベリアはな、いつも自分の身に起こることを受け入れる。完全に、何もかもあきらめてるって感じだったな」
都合の良い主人のための人形。
命令に従うだけの道具。
それがリベリアという奴隷だ。最も奴隷らしく物事をこなし、最も奴隷らしく主人に忠実な女。
だが、ブレイドと一緒に過ごすうちに、それは少しずつ変わってきていた。
感情表現などしなかったリベリアが、今では自分の感情を表に出せるし、自分の意見も言える。
ただの機械人形のようだったリベリアは、今ではちゃんと年頃の少女らしくいる。
そのリベリアが、同じ境遇のシスルを救いたいと言ったのだ。
「そいつがやるって決めたんだ。自分からな」
口の端を吊り上げる。
「手を貸す程度はしてやるさ」
「……案外、良い人なのね、あなた」
「身内に優しいだけさ。正直アンタも、アンタの家族がどうなろうが俺は構わない。アンタも同じだろ」
シスルは頷いた。
「家族のためならなんだってしてやるわ」
「もし俺が敵になったら?」
「殺すわ」
「できねえぞ」
「でしょうね。できる気がしないわ。それでも、あなたを殺す必要があるのなら殺す」
目付きが鋭くなる。
シスルの殺気が伝わってきた。
ありえないが、もしも、シスルがブレイドを殺さなければならなくなったのなら言葉通りにしてみせるだろう。
まぁ、気持ちだけでどうにかなるほど、現実は甘くない。オチなど見えている。
ブレイドがシスルを殺して終わりだ。
シスルとしては、殺す覚悟も殺される覚悟も、中途半端かもしれないがあるらしい。
執念ではなく、潔さを感じる。
「ちっとはマシな目になってきたな。せいぜい頑張ってローレル倒せよ」
「もちろんよ」
ブレイドは別にローレルの味方ではない。
だから、ローレルの敵を強くすることに後ろめたさなどは一切感じない。
味方でいてやるのはリベリア一人で十分だった。




