戦いの後
ローレルが目覚めたとき、視界に映ったのは知らない天井だった。
清潔な白い天井。今ローレルのいる場所が病院であると悟るのに少々時間がかかった。
「よぉ、ローレル。元気か」
ブレイドだった。
ベッドに横になっている体を起こそうとしたが、重くて無理だった。
「大丈夫、多分」
「丸二日寝てたぞ、お前。体、動かそうとするなよ。ゆっくり体が覚めてくのを待ってろ」
「あぁ、そうさせてもらう」
頷きつつローレルは闘いをぼんやり思い出す。
そういえば最後の一撃を放ったとき、腕に嫌な音が響いてきたのだが、今右腕に痛みはない。動かそうと思えば問題なく動かせそうだ。
てっきり千切れたのでは、と勘違いするほどに腕の感覚がすっぽり抜けた覚えがあるのに、不思議だ。
「右腕は」
「関節がはずれたからな、ハメた」
「は? 医者じゃなくてブレイドが」
「お前が気絶した後すぐに」
はずれた関節を治すなんて素人に出来るわけが無い。普通に医者に任せるものだ。
それを一人でやってしまうあたり、ブレイドに常識がないのかそれとも人の体にある程度理解があるのか……ローレルは少し不安になった。
「脱臼のくせがついたりしないか」
「何も心配ねえよ」
「そうなのか」
「おうよ。あ、タバコ吸っていいか」
「水蒸気だろ、なら別に構わない」
「サンキュー」
ブレイドがいつも通りタバコを取り出し、吸い始める。窓を開けて、しっかり腕を外に出していた。
そうして気付いた。
「……リベリアは?」
「ん? あぁ、あいつ? 知らねえ」
「知らないって、どういうことだ」
「今は俺のとこにはいねえからな」
「いないって、何かあったのか」
「あった。つっても、深刻なことじゃねえ、気にする必要はねえさ」
「シスル、だったか。あいつに負けたことと関係あるのか?」
訊ねると、驚いた顔をされた。
「何だ、バカでも予想ぐらい立てられるのか」
「そりゃ、あれだけわざとらしく負けられてはな」
「バカは認めるのか」
「あえてスルーしたんだっ!」
態度はいつも通りだ。
だが、違和感がある。無理にいつも通りにしているような……よそよそしい感じのブレイドは初めてだった。
いつかに感じた、別のナニカではない。ローレルの知っているブレイドが気まずそうにしている。
あまり触れないほうが良さそうな気がしたが、気になってしまった。
「気にするなってほうが無理な話か」
「あ、いや」
「顔に書いてるぜ、知りたいってな」
紫煙を燻らせる。
「教えてくれるのか」
「誰が教えるかバカ」
「じゃあ、思わせぶりなことを言うなっ!」
「けっ、そんだけ元気なら大丈夫そうだな」
口調も態度もいつも通りだ。
けれど、雰囲気がどこか何とも言い難い、寂しいような、空虚なような、変な感覚を覚えるようなものだった。
「どうかしたか?」
「いやだから教えねえっての」
「そうじゃなくて、お前自身が」
「……は?」
珍しくブレイドが目を丸くした。
不意打ちを食らった顔だ。
「変か、俺」
「変だ、お前」
首をかしげて、顎に手を当てる。
「うーん、知らねえ」
「知らないってお前なぁ」
「知らないもんは知らねえよ。ほれ、元気になったのなら着替えろ。車で送ってやるから」
「いや、自分で帰れるのだが」
「闘いやった後だ。そこそこ疲れてるだろうさ。体に負担をかけるのは、今日はやめておけ」
ブレイドの言葉に逆らう必要はなかった。無理をしても仕方が無いのは自分でもわかる。
なら、言葉に甘えてもいいだろうか。
「じゃあ、頼む」
「了解。じゃ、さっさと着替えろ」
頷く。
ブレイドは部屋にいたまま、こちらを見ていた。
「ブレイド」
「あんだよ」
「着替えをするんだ、出て行け」
「手伝わなくていいのか」
「て、手伝われてたまるかっ」
「残念、せっかく裸が見れると思ったのに」
「ストレートに言うなバカっ」
顔を赤くするローレルを笑いながら、ブレイドは廊下へ出て行った。




