やり方
ブレイドは病院の廊下にある長いすに踏ん反り返り、水蒸気タバコを吸っていた。隣にはデリーが座っている。
闘いの後、ローレルもデリーも病院で検査を受け、ローレルは意識が戻らずに病室のベッドで眠っている。デリーは特に問題なかった。
とはいえ、ウェイブが無ければ両者とも大惨事になっていたかもしれない闘いだった。
「ブレイド、オレはなぜ負けた」
「あん? 負けたもんは負けたんだよ。それ以外に何があるっつうんだ」
沈んでいるデリーの声を、ブレイドは一蹴する。
拳を握り締め、デリーは歯ぎしりした。
「オレは、他人を殺す気のねえ拳なんざ屁でもねえと思ってた。波動を引き出したばかりのローレルならともかく、今のアイツの拳に殺気のかけらもねえ。だからオレは負けるなんざこれっぽっちも思ってなかった」
「おかげで俺は賭けに勝ったしな」
「そんなことはどうでもいい」
心底どうでもよさそうにデリーはブレイドの言葉を切り捨てた。実際、どうでもいい。
「問題はオレが殺気もねえ拳に打ち倒された。そこだ。実を言えば、ハーメルンの拳にも殺気なぞ無かったのよ……オレにはわからねえ。殺気も込めねえパンチに、なぜあんなにも力が宿る? どうして殺す気で闘ったオレが、殺そうとしてこなかったヤツに負ける……! ハーメルンならまだ良い。だが、ローレルにもだ!」
巨人が座った体勢のまま拳を振るってくる。ブレイドは見透かしたように、巨人の拳を受け止めた。
デリーの眉間にシワが刻まれ、表情を怒りに染めていた。大木のような腕が、震えている。
「教えろブレイド……! オレは、なぜ負けた」
デリーの顔を見て、ブレイドは鼻を鳴らした。
「全く、潰し屋時代みてえな顔しやがって」
潰し屋。
ハンズで闘う相手が決まったとき、闘う前に対戦相手を「潰す」という仕事。簡単な仕事だ、依頼主の対戦相手に会って、暴力で再起不能にしてやればいい。デリーがブレイドに出会ったのは、この潰し屋の対象に、ブレイドがなったからである。
デリーは今、潰し屋をしていないが、潰し屋をしていたときの血走った目で、獲物を探しているような「飢え」を感じさせるような表情を、デリーはしていた。
きっと、潰し屋時代にブレイドに会い、ジェーンに巡りあわなければ、デリーはずっと飢えたままだったのかもしれない。
しかし、飢えをしばらく感じていなかったデリーがここにきて再び飢えを感じている。
ハーメルンとローレルを見下して言っているわけではない、デリーは純粋になぜ殺意を持たぬ拳が力を持つかを知りたいのだ。
極限まで肉体を鍛え続け、気に入らない人間を殺すために拳を振るってきた男だからこそ、理解できないのかもしれない。殺す気のない攻撃で、なぜ人を倒せるのかということを。
「知りたいか?」
「あぁ」
「俺も知らん」
「……はぁ?」
デリーが青筋を立て、ブレイドを睨みつける。
「俺も、アンタも、クライムの人間だろうが。ハーメルンもローレルも外から来たやつらだ。俺が外のことなんざ知るかよ。外には外の闘い方があんだろ」
「ちっ、期待させやがって」
「悪いな。俺は神じゃねえんだよ」
悪魔は煙を吐き出しながら、巨人を宥める。
「やり方には三つある。正しいやり方、間違ったやり方」
「三つ目はなんだ」
「自分のやり方さ。つか、そろそろ拳をどけろ。重いんだよ」
ブレイドの手から、デリーの拳が離れる。
「正しいやり方は、ちゃんとした本読めばわかる。間違ったやり方は素人みりゃわかる。けどよ、自分のやり方貫いてるやつのことなんか知るかよ。見てて面白けりゃ、良いんだよ」
タバコを、携帯灰皿に入れてポケットに仕舞う。
「俺の拳は俺のもんだ。アンタの拳はアンタのもん、当たり前のことだろ?」
「あぁ」
「他人なんて愛し合ったって全部理解できるわけじゃねえんだ。わかろうとしねえで気楽にいこうぜ?」
ブレイドはデリーの肩を叩いて立ち上がる。廊下の奥からジェーンがこちらに向かってきているのが見えた。
「じゃ、あとは夫婦で仲良くやってくれや」
「お、おい」
デリーの制止を聞かず、ブレイドは廊下を歩いていく。ふくれっ面のジェーンとすれ違い、そして後ろでジェーンの怒鳴り声を聞いた。
さすがの巨人も、女には勝てまい。




