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【完結】太陽の拳  作者: 月待 紫雲
エピソード10
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巨人の一撃

 ローレルは思わず口の端を吊り上げた。

 ストレートも、フックもボディへの攻撃はボディブローだ。

 ボディブローは一撃で相手を倒すための攻撃ではない。内臓を守る骨がない腹部には拳による衝撃を内臓に伝えやすい。


 内臓は神経の集まっている場所だ。神経へダメージを当てることによって体力を大きく奪うことも出来る。

 例えば腎臓のある背中を攻撃するキドニーブローというものがある。ボクシングでは反則だが、ボクシングでクリンチで相手にしがみつき、背中を軽く叩くだけでスタミナのある選手でさえもすぐにバテてしまうようなダメージが行く。


 効果が出るのは、少しずつだ。


 内臓への攻撃はそれだけスタミナを奪う。そしてキドニーブローでなくても、内臓へのダメージは与えられる。それがボディブローだ。

 ボディブローで衝撃を与えられる腸は第二の脳とも言われているほどだ。

 神経の集まったそこへ何度も攻撃し、デリーの気付かぬうちにスタミナを奪い、ダメージを着実に与えていたのである。

 鉄の鎧も、衝撃は伝わる。


「このっ」


 デリーは無理やり動き出そうとし、バランスを崩した。両の拳を床に落としてしまう。

 膝と拳を床につけたデリーの顔面が、ローレルの拳が当てられる位置まで来る。

 行ける。


「ふっ」


 ローレルは軽い呼吸の後、ステップインをした。左足を前へ出しながら腕を引き寄せる。腕が束ねられ、肩のすぐ前に拳が来るようにする。アッパーを打つときのような構えだった。

 そこから一気に放つ。アッパーを無理やり真っ直ぐに突き出したような腕が、当たる瞬間に回転する。

 まるでコークスクリューのように。

 鋭さを増した槍の如き拳は空気を貫き、風を巻き起こし、デリーの側頭部に突き刺さった。

 凄まじい打撃音が、リングに響く。

 デリーの呼吸が止まり、動かなくなった。

 これが、ローレルの狙いだった。いくらボディを攻撃できるからと言って、頭を攻撃して脳を揺らしたほうがダメージを与えられる。しかしデリーの巨体では、ローレルの拳は上手く顔面を叩けない。

 ボディブローでスタミナを奪い、デリーがバランスを崩すのを待っていたのだ。

 そして、拳を回転させながら放つコークスクリューを叩きつける。マスターのバーでコルク抜きを見て思いつき、ブレイドに見せてもらったパンチを参考にしたものだ。

 通常のストレートより高威力で鋭い技を。

 結果は狙い通りだ。


 手応えは確かにあった。これで決まった。


 そうローレルは確信しかけた。

 だが。

 デリーがギョロリと目を見開き、ギロリと瞳が動き、ローレルを睥睨した。巨人の腕が伸び、ローレルの頭を掴む。


「良い度胸じゃねえか、オマエ」


 次の瞬間、体が宙を舞っていた。天井から降り注ぐ電灯の光が強くなる。宙で反転し、ローレルは落ちていった。

 下には拳を握り締めたデリーがいる。

 背筋が凍った。落ちてきたローレルに、拳打をぶつけるつもりだろう。空中では避けられない。せめてもの抵抗に全身に力を入れる。一撃を耐えられれば、なんとかなるかもしれない。


「チェストォッ!」


 ローレルのボディを、デリーの拳が突き上げた。


「あ、ぐっ……がはっ!?」


 堪え切れなかった。内臓を凄まじい衝撃が襲い、呼吸が止まる。

 床にパタリと落ち、ローレルは横向きに倒れる。思いのほか遠くに飛ばされたらしい、背中に強化ガラスがあった。

 呼吸ができない。目頭が熱くなり、視界が歪む。


「う、あ……」


 呼吸をしようと口を開けて酸素を取り込みたかったが、代わりにかぼそい声を漏らすしかなかった。


――負ける?


 ……イヤだ。

 いやだいやだいやだいやだいやだ。


「かはっ! はぁ、はあ!」


 必死に気道を抉じ開けてなんとか酸素を取り込む。途端、全身を激痛が駆け巡った。

 絶叫してのた打ち回る……ことさえできないほどの痛みだった。


 目を瞑る。大粒の涙が、頬を零れ落ちた。右手で腹部を押さえるが、何の意味もない。


 力を振り絞って目蓋を閉じ、瞳に溜まった涙を落とす。ぼやけた視界の中でデリーが立ち上がっているのが見えた。

 青い巨人は、ゆっくり歩み寄って来る。


 立たなければ。

 立って闘わなければ。

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