力と技と
今日はローレルとデリーが闘う日であった。
観客席で、ローレルとデリーの入場を待つ。
ブレイドの左隣は空席だ。右隣にはハーメルンがいる。他にジェーン、ブレイドに勝ったシスルとその主人もいた。
「少し賭けをするか」
闘いが始める前の時間でハーメルンが言い出す。
「いいねえ、それ。やろうじゃないか」
猫のように瞳を輝かせながら、ジェーンがのった。
ブレイドもそれを了承する。
「どちらが勝つか、賭けよう。私は、ローレルに賭ける」
「当然、あたしはデリーだよ。ローレルちゃんも応援してやりたいけどね」
ジェーンは予想通り、デリーに賭けた。そして、誰に賭けるのかとブレイドにアイコンタクトを送ってくる。
確かにローレルは強い。だが、身体能力においてはデリーがはるか上を行っているし、無自覚だが合理的な攻撃の仕方を知っている。
限界まで高めた身体能力。密度があり、巨体を最大限に生かせる筋肉。鉄槌のような拳。
まさに巨人のようなデリーを、どうローレルが相手するかには興味あるが、正直なところ勝てるとは思ってなかった。
だが、この場にリベリアがいたら、どっちにかけるだろうか。
「ローレルにかける」
シスルと主人は賭けに参加しないらしく、無言を貫いている。主人がうるさいのはシスルのときだけのようだ。
「今更賭ける相手を変更するのは無しだぞ、もう始まるからな」
ハーメルンが言い終わってすぐに、デリーとローレルがリングに上がってきた。デリーは口の端をわずかに吊り上げているのに対し、ローレルの顔は真剣そのもの。ローレルは緊張しているようで、ほどよくリラックスできていなかった。
どっちが勝っても良い。どちらが勝ってもおかしくはない。
ブレイドはただこの闘いを見て楽しむだけだ。
『レディ』
リングのそばで、マイクを持ったボブが声を張り上げる。ローレルもデリーもウェイブを引き出す。ローレルは黄色、デリーは青。
『ファイトっ!』
そして、闘いの火蓋は切られた。
△▼
ローレルは床を蹴り、デリーに接近する。デリーは構えたまま、しかけてはこなかった。
デリーの巨体は、ローレルにとって脅威だ。こちらの拳が通じづらい上に、デリーの攻撃は一つ一つが絶大な破壊力を誇るであろう。
デリーから放たれる攻撃はローレルの体では耐えるのが難しい。
「さあ、オレを楽しませてくれっ!」
ローレルはデリーのボディを狙い、拳を突き出す。だが、デリーがローレルの腕を掴むべく手を動かした。ローレルは拳をデリーに当てる前に引き戻す。
「どうした、こいよ?」
ローレルはギリギリデリーの攻撃が届かない場所まで下がる。
うかつに手を出せない。ローレルの攻撃方法は右腕による技のみ。ボクシングのスタイルをやめるつもりなどない。
そんなローレルにデリーのような相手は難しかった。一撃でも食らえば危ない。しかも腕を掴まれれば終わりだ。
これでは攻撃に出る機会がいつだかわからない。
ローレルは軽いステップを踏み、いつでも動き出せるようにする。デリーは隙だらけだが、手を出せばやられるのはローレルだ。
「その右腕で男をぶったおしてきたんだろ。それでオレを殴って見せろよ」
デリーが挑発してくる。自分が有利であることを自覚した上での挑発だった。
「こねえのか? なら」
デリーの巨体が縮む。太腿がふくれあがり、その場の空気が張り詰める。
「こっちから行かせてもらうぜ」
デリーが跳んだ。太い脚で、大きく振った腕で。デリーの巨体がローレルに迫る。
「ウラァ!」
両手の指をからめた拳が、ローレルに向かって振り下ろされる。鈍器のごとく重い一撃は、ローレルには当たらずに床へ叩きつけられた。
ローレルは、攻撃を右にステップを踏んでかわしていたからだ。
ローレルの耳に、重い打撃音が響く。
デリーは両手を床につけ、脚は畳んでいる。
拳を突き出して、ストレートを放てば、デリーの頭部側面に当てられる。
そう思ったローレルはストレートを放つ。予想通り、デリーの頭部に命中した。全力で振るった拳には、まるで鉄を殴ったような感触がした。
ローレルは急いでデリーから離れる。
デリーは何もなかったかのように、ゆっくりと立ち上がった。
「速い、速いぜ。だが、速いだけじゃウサギちゃんと変わらねえっ」
デリーはローレルに突進するかと思いきや、右の裏拳を放ってきた。当然、ローレルが受けられるような攻撃ではない。攻撃が来た場合の選択肢はない。回避のみ。
ローレルは姿勢を落とし、裏拳を回避する。頭上を、デリーの拳が通りすぎた。
「フン!」
右拳が通り過ぎた後、今度は左のパンチがローレルに迫る。
ローレルは後ろへ下がりながら、さらに右へ移動する。デリーが振り切った左腕の脇から、ローレルはストレートを叩き込んだ。ストレートはボディに突き刺さるが、ダメージを与えたようには思えなかった。
デリーの左肩が動いたのを見て、ローレルは反射的に屈んだ。さっきとは逆の、左の裏拳と右パンチが、ローレルの頭上を通り過ぎる。
そして、ローレルが動き出す――
「ごはっ?」
――前に、デリーの右脚がローレルにぶつけられた。
デリーの回し蹴りによってローレルの体はくの字に折れ曲がり、床を転がされていく。
「オレはロイヤー・ハーメルンとも闘ってるんだぜ? その動きなら知ってる。下半身への配慮が欠けやすいってこともな」
仰向けに倒れたローレルにデリーが告げる。天井の電光に、デリーが照らされているのが見えた。
「あ、ぐ」
呼吸が出来ない。視界がぼやける。
たった一撃で。一瞬で。
こんなにも苦しく、痛いのか。
必死に体の中へ酸素を入れようと、ローレルは口を大きく開ける。
ローレルは床を踏みつけることで自分の体を蹴り上げ、後転する。つい先ほどまでローレルのいた場所に、デリーの拳が叩きつけられた。
「はあっ……はぁ、はあ」
立ち上がったローレルは胸が痛むほどに思い切り呼吸をする。しっかりとデリーを警戒しながら、構えた。
巨人が構えたばかりのローレルに襲いかかる。
拳を上から下へ振るってくる。フックをそのまま地面に叩きつけるようなパンチだった。
ローレルは上半身を屈めて前進するダッキングで、デリーの腕を潜り抜ける。右を前足とし、腕を引き、横に緩やかな孤を描くような軌道のスイングをボディへ当てた。
踵で床を蹴り、バックステップを踏んで距離をとる。
「効かねえぞ」
巨人は腕を戻す勢いで足を突き出す。視界が皮の靴底で埋められた。
「ちぃっ!」
ステップインし、足をかわす。脚の外側から、フックをボディに叩きつける。
殴った反作用でデリーから離れる。
デリーの拳を、蹴りを、避けて何度もボディを攻撃した。
だが、ダメージを与えられた様子はない。しかし、デリーの巨体からして通常の攻撃では頭や顔面を攻撃することはできない。となれば、ダメージを効率よく与えるにはボディしかなかった。
しかし、デリーの体のどこにも、弱い場所などない。鎧のような筋肉は大抵の攻撃を受け付けない。
「いちいち避けやがって!」
何度目かの拳を叩きつけ、ローレルは腕に痛みを感じ始める。素手で鉄を殴り続けたように、攻撃しているローレルがダメージを受けているのだ。
痛みと痺れが腕全体に縛り付いている。
デリーは青筋を立て、ローレルに向かって大きく一歩踏み込んだ。
踏み込み、固まった。
「うご……?」
デリーはよろめき、それがなぜか理解できないような素振りをする。
――来た。




