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【完結】太陽の拳  作者: 月待 紫雲
エピソード9
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いなくなる

「ふいぃ。ま、ざっとこんなもんよ」


 ポケットから水蒸気タバコを取り出そうとして、コートはさっき脱ぎ捨てたのだと思い出す。

 穴の空いたコートから水蒸気タバコとライターを取り出して吸い始める。

 鉄の味が口内に充満した。


「コートは買い直しだな。シャツも」


 元々赤いTシャツだったがさらに赤くなっている。しかも貫手を食らったときに破れている。

 買い直さなければならないが些細なことだ。金に関しては問題ない。


「ご主人様!」


 殺しの余韻に浸っていると、リベリアとシスルが駆け寄ってきた。


「すぐに医者に、あの、傷口を、早くっ」


 取り乱しているリベリアの頭を撫でて落ち着けさせる。


「あわてんなよ、リベリア。こんなもん唾でもつけときゃ治る」

「そんなわけないでしょ」


 シスルにツッコミを入れられる。


「このままだと死ぬわよ、ウェイブがあるから生きてるようなもんじゃない」

「知らないのか?」


 ブレイドはウェイブを解く。

 痛みがなくなった。


「俺は死なない」


 自分より弱い人間に殺されるつもりはない。

 笑う。

 悪魔のように。


「バカ言ってないで、さっさとウェイブを保ちなさい。寿命が縮むわよ、あなたも、リベリアも」


 リベリアは唇を噛み締め、涙を浮かべていた。


「へいへい」


 体の奥底から力を引き摺り出す。

 痛みが戻ってきた。


「全く、正気が知れないわ。殺されてわらう殺し屋さんも、あんな戦いをしたのに余裕そうなあなたも」


 こめかみを抑えて、シスルが言った。


「正気さ、俺の中じゃあな」

「あなたの中だけね、きっと」


 シスルとやりとりをしながら、リベリアを左手で抱き締める。もちろん、自分の血でリベリアを汚さないようにしている。

 抱き締めたのは心臓の音を聞かせるためだ。

 今生きていれば、死なない。


「俺を誰だと思ってやがる。そんな顔すんなよ、泣き止むまで待つのが面倒くせえ」

「……はい」


 かすれた返事だった。


「さて、面接は合格かねぇ」

「……だそうですけど、ご主人様」


 シスルの言葉で、さっきから感じていた気配がゆっくり近付いてくる。

 怒りと焦りで大量の汗を流し、呼吸を荒くしている主人が噴水の横にいた。


「高い金を払って雇ってやったのに、役立たずが」


 主人が恨めしそうに猿の死骸を一瞥する。そして、ブレイドを睨みつけた。


「シスル、そいつを殺せ」


 主人が命令するが、シスルは首を横に振った。


「わたしが殺されます」

「そこの奴隷と知り合いなのだろう。なら、その関係を利用できるじゃないか」

「できません。この人は、殺す相手がなんであろうと殺せる人間です」


 シスルは殺し合いを見て、何かに気付いたらしい。主人の命令に頷くことはなかった。


「家族がどうなってもいいのか」

「わたしが死んだら、家族を守れません」


 それに、とシスルはブレイドと主人を交互に見つつ、言葉を紡ぐ。


「先ほどこの方は『技を教える』とおっしゃっていました。殺し屋を逆に殺してみせたのも面接試験というものでしょう。ご主人様に仇なす存在ではないと存じます」

「ちっ、役立たずしかここにはいないのか」


 苛立ちを隠さず、主人が吐き出す。


 わかっているからだ。こんな、いきなり自分の縄張りを荒らしてくるようなヤツがまともではないことを。そして、飼いならしていたはずの猛獣を、余裕を持って殺した力があるということを。

 主人にはブレイドが人に見えていないだろう。


「おいおいゴシュジンサマよう、俺はシスルに技を教えてやりたいんだ。リベリアがどうしてもシスルの力になりたいっつうからよ、協力してやりたいんだ。生き残るためにゃ、いや、金を稼ぐためには必要だろ? 飼いならした猿が使ってたような技がよ」


 主人はじっとブレイドを睨みつけたまま、唸り続けた。

 低い唸り声と、踵で地面を叩く音が響く。まるで、狂った時計の音のようだった。


「よし」


 数分は待っただろうか。

 唐突に主人の表情に余裕が戻った。


「貴様には条件をクリアしてもらってから、望み通りのことをさせてやる」

「条件?」

「貴様が殺した命の分の金だ」

「お安いことで」

「それだけじゃないぞ」


 下品な笑みを浮かべて、主人が言った。


「その奴隷を預からせてもらおう」


 汚れた手で、リベリアをさしてくる。


「…………」

「払う金より安いだろう? こんな楽な条件はないはずだ」


 主人がブレイドとリベリアを嘲笑する。

 シスルが歯を食いしばった。


「リベリア」


 腕の中にいるリベリアを呼ぶ。

 リベリアはゆっくり顔をあげた。


「お前が決めろ。俺はお前がどうなろうがどうでもいい」

「ブレイド、あなたっ」

「わかりました。あの方のモノになります」


 どこか諦めたように、どこか悲しげに、リベリアは条件をのむことを決めた。


「じゃあ、もう俺はお前のご主人様じゃねえな」

「はい、ブレイド様」


 手を離す。リベリアが離れる。引き止めることはもちろんしない。


「決まったな。なら今日はさっさと帰れ。明日には金を持って来い。技とやらをシスルに教えるのも忘れるなよ」

「へいよ」

「変なことをしでかすようなら、貴様の奴隷ごとシスルの家族も殺す」

「はいはい」


 踵を返し、噴水を背にする。


「さようなら、ブレイド様」


 よそよそしい声が、ブレイドを送ってくれた。

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