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【完結】太陽の拳  作者: 月待 紫雲
エピソード9
69/93

猿と悪魔

「死ねえィ!」


 黄色い声が響く。


 鳥の嘴のような形にした手でこめかみを穿ちに来る。

 掌打で顎を砕きに来る。

 指で針のごとく、喉を刺しに来る。

 鳩尾を叩きに来る。

 内臓に直結できる体の箇所を全て正確に貫手で穿ちに来る。


 容赦なく金的も、狙われる。


 基本的な打撃は当然、鳥嘴拳、貫手、諸手。

 あらゆる技で、あらゆる急所を狙い、殺すために技が放たれる。

 拳で嘴を弾き上げ、掌打を肘で受け、喉への一撃を上腕で叩き落し、鳩尾への攻撃を半身になって避け、金的は両手で止める。

 距離を取って、息吹。


「アンタ、構えないのか」

「構えなぞ動きを制限する枷よ。いちいちしておれるか」


 休む暇なく、激しい急所への攻撃が繰り出されていく。

 ブレイドは正確に、急所の攻撃を受け、避け、弾く。

 全て一撃必殺。完璧に攻撃をいなさねばならない。


「構えが枷? わかってねえなぁ。枷になるんなら構えなんざ最初から存在してねえんだよ」


 守主攻従。攻撃はまだだ。まだ、反撃するようなときじゃない。

 じっくり、暴れたくなる体を抑えながら、スリルを味わう。

 攻撃をひとつも食らっていないのに、死線が見えてくる。


 ――いいぞ。


 興奮が抑え切れない。味わっていたいのに早く食らってしまいたい。


 ゾクリ、と。


 欲望の塊がブレイドの中を駆け巡る。

 これは殺し合いだ。闘いのように「勝敗」などはなく、殺すか殺されるかだけの関係だけがある。

 互いに闘いを楽しむわけではなく、いつ殺せるか、いつ殺されるかを楽しむ。


 愉快だ。

 もっとだ。もっと味わせてくれ。


「アンタが直接ハンズ出るか、シスルにその技教えてやりゃ、もっとゴシュジンサマは稼げただろうにな」

「ワシがあんな小娘のことなぞ気にするわけがなかろう? 雇われの身だ、金さえ貰えればいい」

「違げえだろ。殺せりゃいいんだろうがっ」

「然り!」


 貫手が頬をかすめる。

 途端、血が飛んだ。

 猿の爪が、ブレイドの頬を切ったのだ。波動で硬化した爪は、そこらの刃物より断然硬く、尖らせておけば切れ味も貫通力も増す。完全な武器になる。


「二ィ」

「得意になるのはまだ早いぜクソ猿」


 スピード、正確さ、どちらもあちらが上。

 怠けすぎで鈍ったか、それとも、猿が強いのか。

 些細なことだ。

 面白ければそれで良い……いや鈍っているのは良くないのだが。

 薄い痛みが少しだけ、ブレイドの意識を現実に近づける。

 リベリアに視線を向けると、胸に手を当て、震えながら目を背けていた。


「リベリア! 目ぇ背けんじゃねえ!」

「そっくりそのまま、同じ言葉をキサマに送ろう」


 ブレイドの右胸に貫手が刺さる。体をずらしたおかげで急所ははずしている。


「ご主人様っ」


 リベリアが叫ぶ。

 猿はブレイドが腕を掴もうとするのを見切って、素早く手を引き抜きバックステップを踏む。

 血に濡れた左の人差し指を、猿がくわえる。


「……美味だ。これほど美味な血は初めてかもしれんの」


 ニタァ、と嗤う。

 猿は指を離す。だらりと涎が糸を引き、ブレイドは気分を悪くした。


「キサマ、奴隷に慕われているな? 取って食って捨てるような奴隷を」


 猿はリベリアに視線を移す。

 リベリアは怯えきった表情でブレイドを見ていた。


「ご主人、様……」


 まるで自分が傷ついたかのように、リベリアは悲しげな瞳をしていた。


「良いぞ、もっとだ! 遠慮なく泣け、喚け。この美味い血には最高のつまみになる」


 猿にとってここは食卓か。

 実に美味そうな顔をするものである。


 と。


 ブレイドは気付いた。近くにふたり、人がいる。

 そしてひとりはこっちに向かってきている。


「殺し屋さん。もう、やめてもらえる?」


 シスルだった。

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