第七話
儀式が終わって。アーデルハイトはお屋敷に戻ると、マックスハイムに呼び出されていた。
アーデルハイトが盾持ちを選んだと宣言した直後。儀式会場は荒れに荒れた。
あの光は何だったのか? まさか公爵令嬢ともあろうものが、最下級職にしかなれないとは。
様々な感情が入り乱れて、会場は騒然とした。
けれどアーデルハイトはまるで気にした様子もなく。堂々と自分の席へと戻る。顔を真っ青にしているクララのことさえ気にしなかった。
そうして波乱を呼んだ職業選択の儀は終了した。
当然、納得できないのはアーデルハイトの身内たちも同様であった。
まさかアーデルハイトが、最下級職にしかなれないとは。しかも、平民がやるような仕事である『盾持ち』になるとは。
そう。盾持ちとは、戦争で雑兵がこなすような役割を担う者に多い職業へと発展していく最下級職である。
最下級職の中でも最下級、と言っていい。
なぜそんな職業を選んだのか。まさか、それしか選べなかったのか。
様々な疑惑があった。だから、マックスハイムは問い質さずにはいられなかった。
「……アディ。なぜ呼び出されたのか、分かっているかな?」
「はい。職業選択の儀のことですわね」
アーデルハイトは頷く。自分でも、とんでもないことをしでかしたとは理解していた。まあ、だからこそ希望する職業を秘密にしていたのだから。当然であった。
「なぜ、盾持ちを選んだんだい?」
苦しむような、悲しむような。そんな表情を浮かべてマックスハイムは尋ねる。
「わたくしは、民を守る立派な貴族になりたいのですわ」
「それが、盾持ちと関係あると?」
「はい。お父様は、黒き盾の英雄、クロキ様のことはご存知でしょうか」
アーデルハイトの問いかけに、頷くマックスハイム。
「ああ。民衆を守るために戦った英雄だね」
「わたくしは、そのクロキ様に憧れていますの。クロキ様のように、民を守る貴族になりたい。そう考えていましたの」
「そうか、なるほど」
つまり、盾が大事だったのだな、とマックスハイムは理解した。
「しかしアディ。それなら、騎士や上級騎士でも良かったんじゃないかな?」
そして、正論を問いかける。
騎士、そして上級騎士。貴族であれば、ほぼ誰でも就くことが出来ると言われている職業。騎士は下級職であり、上級騎士は中級職。どちらも盾を扱うことも出来る職業であり、アーデルハイトの希望に合致する。
そして何より。騎士と上級騎士であれば、貴族としての面子も立つのだ。
けれどアーデルハイトが選んだのは、まさかの盾持ち。
そこにはなにか理由があるだろう、とマックスハイムは考えた。
「いいえ、お父様。騎士ではダメなのですわ」
アーデルハイトは首を横に振る。
「クロキ様は、剣を持たず、魔法も使わず。盾だけで民を守ったと言われていますわ。ですから、騎士のように剣を持つことは許されません。魔法系の職業などもっての外です」
まさか、と。マックスハイムの顔が青ざめる。
「だからわたくしは、盾持ちを選びました。あらゆる職業の中で、ただ唯一『盾しか装備できない』職業。そして『いかなる武器も魔法も扱えない』職業。そんな盾持ちだからこそ、わたくしはなりたいと。憧れを抱いたのですわ」
「……そう、か」
嫌な予感は的中してしまった。
そう。アーデルハイトは、剣や魔法を使いたくない。それだけの理由で盾持ちを選んだのだ。
それは決意表明のようなものだろう。剣も魔法も使わない、という誓いなのだろう。
しかし。だったらなおさら、騎士や上級騎士でも良かった、という話になる。剣も魔法も、使わなければいいだけだ。盾だけを極めれば良いだけだ。
なのに、アーデルハイトは盾持ちを選んだ。
自分で、意識的に縛りを設けるだけでは飽き足らず。根本的に、武器や魔法を使えないよう自らを戒めたのだ。
まさか、そこまで強い憧れだったとは。
盾を持ち、いつも練習をしていた。その光景を、子供の遊びだと思っていた。
だが、間違いだった。アーデルハイトはずっと、盾だけに憧れ、盾だけを求めていたのだ。
おもちゃの盾を使った練習。それを遊びと思わず、もっと本気で受け止めていれば。
せめて、事前に釘を刺すぐらいはできていただろうに。
――と、そんな後悔がマックスハイムの胸の中に吹き荒れる。
「……分かった。もう下がりなさい、アーデルハイト」
「はい、お父様」
こうして、アーデルハイトの真意を知ったマックスハイム。
娘の将来のことを思うと、ため息ばかり出て来てしまう。
だがそれでも。可愛い娘の選択だ。少しでも、良い未来を選べるよう。全力でフォローしてあげよう、と決意するのであった。
これで本日最後の投稿になります。
9月5日までは、この調子で一日4回の投稿が続きますので、宜しくお願いします。
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