第十四話
「お、お嬢様。まさか、その」
「どうしましたの、クララ?」
まるで何も分かっていない様子のアディ。顔を真っ青にしたクララが尋ねる。
「転職なさったんですよね?」
「ええ、そうですわよ」
「それも『盾持ち』から『盾持ち』に。同じ職業に?」
「当然ですわ!」
全く当然ではない。普通は、アディのようなことはしない。
この世界。状況によっては、同一の職業に転職することもある。それは、現在の職業以上に良い職業へと転職出来ない場合だ。
転職できる職業は、本人の能力、資質、これまでにマスターした職業によって決まる。だから、能力の低い者は上位の職業に転職出来ない場合が多い。
また、希少なケースだが、最上級職も他に転職する対象が無い場合がある。転職回数を残した状態で最上級職をマスターした場合。そもそも上位に当たる職業が存在しない。
そうした理由から、同一の職業に転職する者は存在する。その時、再びレベルは一から始まる。そしてレベルを上げ、ステータスを上昇させる。通常の転職と同様の恩恵を受けられる。
そうして能力を底上げすることで、新たな職業に転職出来る場合もある。
けれど――アディの場合、そうではない。
自ら、他の選択肢を制限しているのだから。積極的に最下級職を選んだのだ。他に選択肢があったにも関わらず。
それは、普通ならありえない。
「こ、こんなことって。……いえ、これは夢です。幻想です! お嬢様はきっとまだ転職していらっしゃらないはずです!」
「何を言っているのかしら。クララ、わたくしは盾持ちに転職済みですわよ?」
「うわぁああんっ!? やっぱりお嬢様はお嬢様でしたっ!!」
「当然ですわよ」
噛み合っているような、いないような会話。
「お嬢様、どうかお願いです! 今すぐ転職前にお戻り下さい! そしてちゃんと盾持ち以外に転職してくださいっ!!」
「今更戻れと言われても、もう遅いですわよ? おかしなことを言うのはやめなさいなクララ」
そもそもおかしなことをしているのはアディなのだけれども。ともかく錯乱するクララを、アディは嗜める。
言われて、諦めたようなため息を吐くクララ。
「……ええ、そうですよね。お嬢様ですものね」
と、もはや理屈でもなんでも無い一言を漏らして納得。――そもそも、盾持ちを選んだ時点で茨の道だったんだもの。お嬢様がどんな道をゆこうとも、それを支えるのが私の役目よっ!
などと、改めて気合を入れ直すクララ。
「わかりました、お嬢様! 私、クララは今回のこと、しっかり秘密にしておきます! 誰にも言いませんから、安心して下さいっ!」
「ちょっと、クララ? なんだか目が怖いですわよ?」
覚悟の決まったクララの様子に。アディも、さすがに少しばかり気圧される。
――とまあ、ひと悶着こそ起こったものの。
実は、アディの選択は悪い選択ではない。
まず、職業には連続転職ボーナスというものが存在する。
同じ職業を連続して選ぶと、スキルの熟練度やステータスの成長力にプラスの補正がかかるのだ。
この補正込みであれば。二度目の最下級職でも、一般的な下級職相当の成長力を得られる。
習得可能なスキルの範囲は狭まる為、多少は不利になる。けれど、狭い範囲のスキルを深く鍛えるという意味では悪くない。不利と言っても、本当に少しだけに過ぎない。
こうした、ゲームの世界でも存在したシステムがこの世界にも存在する。
けれど、残念ながらこの世界は現実。連続転職ボーナスなんて、その存在を確認する術が無い。
だから、アディのやっていることが無謀な選択ではないと理解出来る者はほぼ存在しない。
そしてもう一つ。この世界の住人たちが知る術の無いものがある。
それは――隠し職業。特殊な条件で転職できる、特別な最上級職。
アディの場合、その一つ『盾持ち』への転職条件を満たしているのだ。
あらゆる最下級職は。三度マスターすることで同名の最上級職に転職可能となる。
つまり最下級職の『盾持ち』は。名前こそ同じものの最上級職の『盾持ち』となり、その性能は大きく変わる。
最下級の『盾持ち』を三回マスターすることで転職可能になるこの最上級『盾持ち』。習得スキルは『シールドバッシュ』に加えて、一部の最上級職だけが習得できる『サンクチュアリ』等の、防御系スキルのみ。
けれど一方で、ステータスの伸びは著しく高い。盾持ちという、武器によるダメージ増加補正が得られない職業にも関わらず。素のステータスが高い為、一般の戦闘向け最上級職と遜色ない攻撃能力を発揮できる。
その上で、当然盾持ちだから生命、耐久、抵抗のステータスにも優れている。非常に優秀な最上級職だったりする。
そうした理由から。実は、アディの選択は悪くない。むしろ、最善の選択をしているとも言える。
尤も、それが判明するのはずっと先の話。それまでクララの心労が軽減されることは、恐らく無いのである。
今回で第二章は終了です。
次回の投稿から、第三章『もふもふですわ!』が始まります。
また、本日の投稿も以上となります。
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