第二話
盾持ちを目指す! そう決めたアーデルハイトは日夜頑張っていた。
「しーるどばっしゅ! ですわっ!」
買ってもらった子ども用のおもちゃの盾を構えて。盾持ちが唯一習得可能と言われているスキル『シールドバッシュ』を見様見真似で練習する。
ちなみにこの時、アーデルハイトは未だ八歳。職業には就いていない。
十歳の時、職業選択の儀を経て人は最初の職業を得る。
なので、これは本当にただのごっこ遊びに過ぎない。だから、侍女や両親、教育係達も、みんな微笑ましいものを見るような目で見守っていた。
まさか、本当に盾持ちになろうとしているとは。誰一人として、想像だにしていない。
「うーん、もっとキレのある動きで弾きませんと。力の強い殿方の攻撃には押し負けてしまいますわ」
等と言って。真剣に、シールドバッシュの研究をしているとは。本当に、誰も気付いていなかった。
特徴的な金色の縦ロールを揺らしながら。アーデルハイトは何度も、何度も。繰り返し、シールドバッシュの練習をする。
屋敷の中ではこうした練習は許されていない。高価な調度品を壊すかも知れないからだ。
だから、アーデルハイトは屋敷の庭で練習をしていた。
――そんなアーデルハイトの目に、ある侍女の姿が映る。
「あら。あの子、とっても危なっかしいですわね」
視線の先には、掃除道具を幾つも重ねて運ぶ少女の姿があった。年齢は、アーデルハイトよりは年上に見える。三、四歳ぐらいは上に見えた。
そんな、アーデルハイトから見てお姉さんとも言える年頃の少女が。どうにも危なっかしく、よろよろと歩いている。
今にも、掃除道具をひっくり返しそうで、アーデルハイトは見ていられなかった。
――盾持ちたるもの。貴族たるもの。下々の者を護るのが務めですもの。大変そうにしている侍女を助けるのは、当然の行いですわ!
なんてことを考えて。アーデルハイトは侍女の方へと歩み寄る。
「もしもし、そこの貴女」
「はい、なんでしょうか……って、お嬢様っ!?」
アーデルハイトに声をかけられて。侍女は――正確には侍女見習いの少女は。雲上の人とも言える存在に驚いてしまい。
バランスを崩して、積み重ねた掃除道具を倒してしまう。
「きゃあっ!」
侍女見習いは慌てて、掃除道具のバランスを保とうとする。けれど、一度崩れたバランスを保つのは難しい。
持ち直せない。と、判断した侍女見習い。せめてお嬢様に怪我をさせないように、と。どうにか、崩れる掃除道具が自分の方に来るよう、姿勢を変えた。
「危ないですわっ!」
けれど。アーデルハイトは普通のご令嬢ではないのだ。
バランスを崩した侍女を見て。慌てて助けに入る。
崩れる山積みの掃除道具。そんなものに、侍女見習いが押し潰されないように。侍女を抱き締めるような格好になって。
背中で崩れる掃除道具を受け止め、侍女を庇ったのである。
「――お、お嬢様っ!」
侍女見習いは、一瞬だけ呆然としていた。けれど、起こった惨事に気を取り直す。慌てて、アーデルハイトの無事を確認する。
「無事みたいですわね。良かったですわ」
にっこりと笑うアーデルハイト。
けれど、そのこめかみには。浅い切り傷があって、うっすらと血が滲んでいた。
「あぁ……お嬢様。私なんかの為にっ!」
侍女見習いは、慌てて手当をしようと思い至る。けれど、手当道具になるようなものは持っていなくて。
「――何をしているのですッ!!」
他の年輩の侍女達が、騒動に気付いて近寄ってくるまで。結局、なにも出来ずにおろおろしているだけだった。