第一話
アーデルハイト、六歳。黒き盾の英雄の物語と出会う。
乳母が読んでくれた絵本の中身を思い返し、胸が熱くなる。
「わたくしも……えいゆー様のような、立派な貴族になるのですわ!」
黒き盾の英雄は貴族ではない。そして貴族に黒き盾の英雄のような活躍をする必要は無い。
けれど乳母の教育目的の方便が。アーデルハイトに、深刻な勘違いを与えてしまった。
「そのために、まずは立派な盾持ちになりませんと!」
アーデルハイトが選んだのは。貴族としての教育を頑張るわけではなく。黒き盾の英雄に倣い、盾で民を護る道であった。
本来――ゲームの中のアーデルハイトであれば。英雄とお姫様の物語を読んで『二人の結婚が人々の為になる』という思い込みを強めるところ。
けれど乳母が読んだのは『黒き盾の英雄』の物語。英雄と姫ではなく、英雄と盾の物語。
だからアーデルハイトは、お姫様ではなく。『盾持ち』を目指すことになったのだ。
――この世界は、ゲームの世界にそっくりだ。
人々は様々な『職業』に就くことが出来る。ゲーム的な意味での職業。ステータスとか、そういったものを強化する効果のある肩書き。
職業は最下級から始まる。下級、中級、上級と上がってゆく。そして最上級が最も優れた職業。計五段階のランク分けがされている。
そして人は、生涯の内に三回まで転職することが可能なのだ。
職業ごとに存在する『レベル』を最大まで上げると、職業を『マスター』したことになる。
そうすれば、別の職業に転職可能となる。
マスターした職業に応じて、転職可能な職業は決まる。大抵の人は、最初は最下級職にしか転職できない。
けれど、才能ある者は下級や中級の職業が最初から選べる場合もある。
そういった者は特別扱いされ、特に貴族には才能がある者が生まれる可能性が高い。
アーデルハイトの場合も同じだ。アーデルハイトはレイヴンアロー公爵家の一人娘。その才能は飛び抜けていて、複数の中級職に最初から就くことが出来る。
ゲームなら、プレイヤーの行動によってアーデルハイトの選択した職業は変化する。ボスとして敵対するアーデルハイトの性能も変化する。そういった都合から、アーデルハイトは飛び抜けた才能を与えられた。
なのに。アーデルハイトが選ぼうとしているのは『盾持ち』という最下級職。
ゲームではタンク系統の大本となる職業で、将来性はいちおう高い。けれど、生涯での転職は三回しか出来ない。
最上級職を目指すなら、少なくとも下級職以上からでなくてはほぼ不可能。最下級職では、上級職が関の山。
ずばり言ってしまえば。アーデルハイトは、貴族としてはダメダメな選択をしようとしていた。
しかし、このアーデルハイト。変な所で秘密主義なのだ。自分がどんなことを目標に、どうやって頑張るつもりなのか。人に話すようなことを一切しないのだ。
だから、誰にも気付かれず。こっそりと、盾持ちになる未来を夢見て。
「――まずは、立派な盾を買いませんと! ばあやにお願いしなければなりませんわね!」
などと言って。見当違いの方向へと進んでいく。
こうして、アーデルハイトの未来は。ゲームで想定されていたような道から外れてゆく。
悪役令嬢となるはずだった、アーデルハイトは、果たして。
夢見たとおりの、盾持ちの英雄になることが出来るのだろうか?
それは誰にも、この時点では分からないのだった。