第十六話
翌日。アーデルハイトはいつもより朝早く起床。
意気揚々と、訓練場に向かう。庭の一角、いつもの鋼鉄杭が突き刺さっている場所だ。
けれど今日は、少し準備があった。壊してもいいものをいくらか用意して欲しい、と先に頼んであったのだ。
そのお陰で、庭には故障した家事道具や調子の悪い家具などがごろごろと用意されていた。
「あの、アディ様。これは何の為に用意したのですか?」
「実験の為ですわ」
言うと、アーデルハイトは壊れた機織り機を引きずり、鋼鉄杭の前に設置。
「わたくし、考えましたの。盾持ちと言えど、ただ受け身で守るだけではダメですわ。敵は打倒してこそ、守るべきものを守れるのだと思いますの」
「はあ」
「その為には、シールドバッシュを使った攻撃手段を考える必要がありますわ」
この人は何を言っているのだろう? と、クララには理解が追いつかなかった。
「そこで、まず考えたのは、これですわ。――シールドバッシュ!」
言うと、アーデルハイトは盾を構える。けれど、通常の構えよりもずっと低い。腰を落として、まるでタックルでも狙っているかのような姿勢になる。
そのまま盾を突き出し――機織り機にぶちかます。
すると、低い位置から弾かれた機織り機は、シールドバッシュの勢いに乗って浮き上がる。
そのまま吹き飛び、後方の鋼鉄杭に衝突。衝撃で、そのまま粉砕されてしまう。
「とまあ、このように。標的に対して破壊的なシールドバッシュを使うのですわ。これを、仮にシールドアタックと名付けましょうか」
「な、な、なななっ! なにをなさっているのですかっ!?」
慌てるクララ。それも当然。あたかも普通のことのようにアーデルハイトはやってのけた。が、これは普通の人間には不可能な芸当だったのだ。
通常、職業が持つスキルというものはある程度同じ動作の中でしか発動できない。
シールドバッシュなら、相手の攻撃を弾くような動きでなければ発動しないのが普通だ。
そうした動作制限は、この世界で職業スキルを扱う者の中では常識中の常識である。
だというのに。アーデルハイトは――当然のように、おかしな姿勢からシールドバッシュを放ってみせた。
こうした芸当は、長年の修練を積んだ一流の職業持ちなら不可能ではない。そんな技一つあるだけで、多くの人々に尊敬される。
そんな高等技術を、アーデルハイトはあっさりと使ってみせたのだ。
「……もしかしてわたくし、また何かやっちゃいました?」
「やっちゃってます!」
必死のツッコミを入れるクララ。けれどまるで気にした様子のないアーデルハイト。
「まあ、何にせよこうして工夫をすることが大事なのですわ。ただ相手の攻撃を弾くだけでない。能動的な、攻めのシールドバッシュ。そうした技を身に着けてこそ、ようやくわたくしは民を守る貴族としてあるべき姿になれるのです」
「あ、アディ様……」
良いことを言っている風のアーデルハイト。けれどクララは心の中でツッコんだ。どこの世界にシールドバッシュが貴族の嗜み、なんて常識があるのかと。
なにやらズレたことを言うアーデルハイト。だが、言葉にしてまではツッコまないクララ。アディ様の進む道を、応援すると決めたんですもの。ちゃんと最後までやり通すべきよねっ!
――なんて、考えているが故に。アーデルハイトの感覚のズレが修正されることは無かった。
その結果、これからアーデルハイトはどんどんズレたことをやり出すのだが。それはまた、別の話である。