第十五話
――後日。
決闘に負けたキールは、正式に謝罪の文章をレイヴンアロー家に送ってきた。
ちゃんと、クララへの謝罪の言葉まで書かれていた。決闘の約束は果たされた。
そして……婚約の話は、残念ながら破談となった。
当然だ。思いっきり殴り飛ばしたのだから。トラウマのようになったキールは、すっかりアーデルハイトを怖がってしまった。
絶対に嫌だ、と駄々をこねたらしい。
「――とまあ、ここまでが事後報告だ」
と、マックスハイム。自分の書斎にアーデルハイトを呼び出して、今回の決闘騒動の顛末について語っていた。
「お父様、申し訳有りません。せっかくの縁談でしたのに、わたくしのせいで」
「いや、それはもういいんだよアディ。むしろ、最高の結果になった」
父の説明に、アーデルハイトは首を傾げる。もしかしてわたくし、またなにかやっちゃいました? と考える。
「最高の結果とは?」
「実は、あれでもキール様の軍部からの評価はかなり高くてね。かなりの実力から、ゆくゆくは騎士団長に、と推す声もあったぐらいだ」
「まあ、そうでしたの?」
でも、たしかに、と。キールと戦った感触から、アーデルハイトは納得する。あれだけの魔法を、自分と同年齢で扱えるのだ。戦い方のセンスもあった。
期待される、というのも納得の話。
「そんなキール様を、決闘で破ったご令嬢がいるらしい。しかも、最下級職であるにも関わらず、だ。そんな人材を、軍部が評価しないわけがない」
続くマックスハイムの言葉に、ようやく納得がいくアーデルハイト。
つまり、本来の目的は果たされたのだ。アーデルハイトの、貴族社会における地位確立。
元々は、キールとの婚約で王家と繋がることで達成するはずだった。
けれど、今回の決闘でその必要が無いほど、アーデルハイトの評価は上がった。
軍部に限る話とは言え、十分すぎる結果だ。むしろ、王家という限られた繋がりよりもよほど広い。なにせ武闘派の貴族は多い。レイヴンアローもその内の一つ。
結果だけを見れば、婚約というコストなしで評価を上げることに成功したのだ。
「――まあ、私としてもこれで良かったと思っているよ」
「あら、お父様もそう思っていますの?」
「もちろんさ。あんな馬鹿のところに、可愛い娘をやれるわけがないだろう?」
「うふふ。わたくしも、あんな馬鹿が未来の夫になるなんてごめんですわ」
キールのことをボロクソに言って、父と娘は笑いあった。
その日の夜。アーデルハイトは、ベッドの中で思い返す。
決闘の日のこと。あの時、身体に漲った力の感触を。
――皆さんのことを思うと、自分のものとは思えないほどの力が湧いてきましたわ。
けれど、それにいつまでも頼るわけにはいきませんもの。
わたくしは、弱い。このままでは、本当に民を守ることなど到底できませんわね。
と、考えて。キールの発言すら思い返す。
『まあ――どうせ口だけだろう? フン。所詮、その程度ってことさ。決闘を挑む勇気も無いのなら、でかいことを口にするのは止めるんだな』
決闘を挑む勇気、という言葉を。民を守る力に置き換えてしまえば。
その言葉は、正論そのものだった。
勇気もまた、民を守るために必要な力とするなら。アーデルハイトには勇気ならあった。けれど、その先は無かった。不足していた。
これまで、アーデルハイトは自分の力で民を守れるつもりでいた。
けれど、このままでは足りない。
本当に守りたいのなら――いくらあっても足りないぐらいなのだ。
もっと――今よりもずっと。強くなりたいですわ。
そんな思いを胸に抱えながら。アーデルハイトは、明日の訓練に思いを馳せ、眠るのであった。
こちらが本日最後の投稿になります。
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