第十四話
「――ぐぅッ!」
アーデルハイトは踏ん張り、声を漏らす。炎の渦の圧力が、あまりにも高かったからだ。
シールドバッシュのエネルギーで、しっかり押し返しているはずなのに。それでも、炎の渦は止まらない。押し返せない。
ずりずり、と。少しずつ後退させられるアーデルハイト。
「はははッ!! よく頑張るじゃあないか! 無駄な努力なのになぁッ!」
煽るように言ったキール。その手からは、継続して炎の渦の魔法が放たれている。
このままでは、押し切られてしまう。アーデルハイト本人も、そして周りの誰もがそう思った。
このままでは――負けて、しまいますわね。
と、アーデルハイトは悔しさを噛みしめる。負けたくない。けれど、その思いをどれだけ振り絞っても。踏ん張る足は後ろへ押し込まれていく。炎の渦は勢いを増していく。
こんな体たらくでは、民を守るなど、到底……と、アーデルハイトに後ろ向きが考えが浮かぶ。
けれどそんな時。アーデルハイトの耳に届く声。
「――アディ様ぁっ!! 負けないでぇっ!!」
クララの、応援する声が響いた。
その声が、アーデルハイトの視野を広げた。
ふと、視界の隅に映るものに意識を向ける。クララが、泣きそうな顔で応援している。自分が傷ついているわけでもないのに。本当に苦しそうに、悲しそうに。
マックスハイムも、王子の従者でさえも、心配そうに視線をアーデルハイトに注いでいる。
――それだけじゃない。
庭を覗ける、屋敷の窓から。使用人たちが。みんなが。
他でもない――民達が、自分を見守っている。
それに気づくと、アーデルハイトの腕に力が湧き上がる。
どうして自分が戦っているのか。どうして、キールに強く反抗したのか。それをよく自覚する。
そうですわ。――わたくしは、こんなにも大事にされている。皆さんに、守られている。たくさんの優しさの中に包まれて、今日ここに立っている。
だから――負けたくない!
わたくしの為ではなくて……わたくしを支えてくれる皆さんの為にッ!
踏ん張る足に、今までにないぐらいの力が籠もる。
じゃりっ、と土が音を立てる。ここで初めて、アーデルハイトは炎の渦に逆らった。
「な、なんだッ!?」
狼狽するキール。すでに、炎の渦は最大出力だ。これを耐えきる最下級職など、ありえない。
そう――ありえないはずだった。
けれど、アーデルハイトは地を踏みしめる。
守りたい人のことを、今日、初めて心から理解して。
今――夢が『本物』に変わった瞬間だ。
その、火事場の馬鹿力みたいなエネルギーが、盾から溢れ出す!
「シールドっ……バアアァァァァッシュッ!!」
アーデルハイトの、渾身の一撃。
シールドバッシュの力が弾けて、光が生まれる。
まるで、花が咲くように、温かい金色の光が煌めいて。
そのまま――炎の渦をかき消してしまう。
「そんな、まさかッ!?」
驚愕するキール。けれど、まだ終わりではない。
決着はついていない。だから、アーデルハイトは駆け出す。
「ハァァァァアッ!!」
盾を構えて、キールへと突撃するアーデルハイト。
いくら盾とはいえ、硬くて重い物体だ。そんなもので、体重の乗った体当たりを受ければ。線の細い、魔道士のキールはひとたまりもない。
「くそッ!!」
慌てて、キールは風の魔法を放つ。炎の魔法と比べて、速射性が高い魔法だから。こうした緊急時には有効な選択だ。
けれど――威力には劣る。
「――シールドバッシュッ!!」
アーデルハイトの歩みを止めるほどの攻撃にはならない。
シールドバッシュが、キールの悪あがきをかき消してしまう。
そのまま、盾ごとアーデルハイトの体当たりがキールを吹き飛ばす!
シールドバッシュのエネルギーも乗せた、渾身の体当たりだ。
「ぐあァァアアッ!!」
キールは勢いよく吹き飛ばされる。
そのまま二回、三回と転がって――アーデルハイトの練習用の、鋼鉄の杭にちょうど衝突して止まる。
どう見ても、キールは立ち上がれる状態に無かった。
「――しょ、勝者ッ! アーデルハイト!」
慌てた様子で、宣言するマックスハイム。
まさか、自分の娘が勝つとは到底思っていなかったのに。それでも、アーデルハイトはやってのけた。
「……やりました、わっ!」
小さく、ガッツポーズをするアーデルハイト。
そして全力を出し切ったためか――ゆっくりと、その場に崩れ落ちるように。笑顔で倒れ込んだのであった。