第十一話
第二王子、キール=エルランディア=フォーネスフルト。
基本的に、王族は職業選択の儀を終えるまで社交界に顔を出さない。そして、キールの場合はアーデルハイトと同世代であり、儀式も王宮でひっそりと行った。
故に、アーデルハイトは会ったことも無い相手であった。
だが、その噂はこの一年で随分と広まった。
曰く、侍従に無茶な要求をして虐待する男。
曰く、家格の低い貴族を見下し、蔑んで笑いをとろうとする男。
その悪評は枚挙にいとまが無く。アーデルハイトの盾持ちという悪評が霞むほどの不評ぶりであった。
この一年、社交界に出ていなかった為、アーデルハイトは知る由も無かったのだけれど。
そんな傍若無人な第二王子。王位継承権も二番目と、無理に媚びを売る必要もない相手である。
そうした理由から、真っ当な親を持つ令嬢達は、しっかりと婚約話を断ることに成功していた。
結果として今日までキールの婚約者は空席のままであり。
そこにアーデルハイトが座る、というのも難しい話ではなかった。
悪評のある者同士であるため、周囲からの反発も無い。
アーデルハイト自身は優秀であるため、王家と深い繋がりさえあれば、後はどうとでもなる。夫となるキールの能力は不問。
正にうってつけの相手であった。
以上の理由が揃っていた為、アーデルハイトも断らなかった。自分の為に父が用意した縁談なのだ。貴族としても、これ以上にない縁談だとも理解できていた。
そうして話はトントン拍子で進んだ。
そう日を置かずして、二人は顔合わせをすることになる。
お茶会、という形式で。アーデルハイトがキールを招く形で。
「――お初に御目に掛かります、キール様。アーデルハイト=レイヴンアローと申します」
カーテシーをしながら、自己紹介をするアーデルハイト。
その正面には、不機嫌そうな表情を隠そうともしない少年が一人。
「……ふん。僕がキールだ」
作法も何も無い、ぶっきらぼうな挨拶。
が、この程度は予想の範疇。特に指摘することもなく、アーデルハイトは流す。
「では、今日は貴重な機会を頂きまして、是非キール様にはお楽しみ頂きたいと思っておりますわ」
「そうか。まあ、どうでもいいけどな。僕はさっさと帰りたい。早く進めてくれ」
「ええ、かしこまりました」
明らかに、お茶会を望んでいない様子。だが、それでもアーデルハイトは文句を言わない。
そうして、アーデルハイトの案内で。屋敷のバルコニーに用意されたお茶会の席へと向かう。
特に粗相をしなかったのに。あるいは、だからなのか。何か文句を言いたげにしていたキールは、不機嫌そうな顔をしていた。
そうしてお茶会の席に着くと。専属侍女クララがお茶の用意を始める。
「キール様。今回の茶葉ですが、レイヴンアロー領内から取り寄せて頂いたものでございますの」
「どの程度のものだか」
作法もへったくれも無い、キールの返答。けれどアーデルハイトは気にしない。
今日はあくまでも、顔合わせ。お互いに知り合いになった、という事実が必要なのだから。
――が、お茶を淹れて、それぞれにカップが配られた時になって。
「あっ」
クララが思わず、声を上げる。作法も無視して、キールがひったくるようにカップを持ち、口を付けたのだ。
淹れたての紅茶を少しだけ口に含むと、すぐに飲み込む。
そして――なんと、クララに向けてカップをひっくり返した!
「きゃあっ!?」
さすがに、こればかりは看過できない。アーデルハイトは、厳しく咎めるような視線を向けた。
「キール様。何をなさるのですか」
「ぬるい。レイヴンアローでは泥水を紅茶と呼ぶ習慣でもあるのか?」
適温を外してしまい、香りがぼやけてしまった紅茶。それを、キールは泥水と呼んだのだ。
まだ、それはいい。アーデルハイトは、無礼については我慢ができた。
けれど――理不尽な理由で、使用人を。自分の専属侍女を傷つけられたのは、我慢がならなかった。
「――謝罪して下さいませ」
鋭く睨みつけながら、キールに要求した。
今回の話が本日最後の投稿です。
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