第十話
盾持ち故に。アーデルハイトは、多くの同世代の貴族令嬢、令息達と疎遠になった。
平民の、下賤な職にしか就けなかった。貴族の面汚し。そう思われていた為である。
しかしこれをアーデルハイトは好機と見た。社交に使う時間が大きく減った分。特訓や、貴族としての教養を学ぶ時間が増えた。
訓練だけではない。ダンスや夜会のマナー等。貴族令嬢として必要な知識を、同世代の誰よりも早く習得していく。
そうしてアーデルハイトは。結果として、同世代の誰よりも優秀な貴族として成長を遂げていた。
残念ながら、それを披露する機会は無いのだけれど。
そうして一年が経過し、アーデルハイト十一歳の時。
「――アディ。君の婚約相手が決まったよ」
マックスハイムの書斎に呼び出されて。アーデルハイトが告げられたのは、驚くべき言葉であった。
「お父様。わたくしの婚約とは?」
「ああ。実はね、アディの後ろ盾をより強固なものにしたくてね。前から、王家の誰かと繋がりが得られないかと考えていたんだよ」
マックスハイムは語る。
現在、アーデルハイトの立場は微妙な状態だ。
元々聡明で、賢く優秀な令嬢であった為、評判は良かった。だが、盾持ちとなったことでその評判が崩れた。
公爵令嬢として、アーデルハイトには二つの役割が期待されていた。
一つは王妃。王位継承権の高い第一王子と婚約し、国母として未来の王を支えること。
もう一つは、次期公爵家当主の出産。アーデルハイトが誰と婚約するにしろ、生まれた子供はレイヴンアローの家督を継ぐ可能性が高い。
そのうち一つ。第一王子との婚約という可能性は無くなった。正式な話では無かったため、悪評が付けばあっさり無かったことになる。
そしてもう一方。次期当主の出産についても問題が生まれた。
評判が著しく落ちたアーデルハイト。婿を迎えるにしても、嫁に行くにしても。その家督は公爵家と大きく差が生まれる。
となると、次期当主の正当性、権威そのものが揺らぎかねない。
そうなれば、傾くのは公爵家だけではない。公爵領全体に影響が及ぶ。
民の生活に悪影響を及ぼすわけにはいかない。よって、アーデルハイトは家格の低い相手と結婚するわけにはいかない。
また、アーデルハイト自身の、貴族としての立場にも影響がある。今後のあらゆる立ち回りに、婚約者の家格は影響する。
盾持ち、という悪評が付きまとう以上。それを打ち消すような後ろ盾となる婚約者が求められる。でなければ、アーデルハイトは貴族社会で相当苦しい立ち回りを強いられる。
そうした理由から、マックスハイムは第二王子との婚約話を取り付けたのであった。
「ですが、お父様。第二王子ですか?」
「ああ、そうだよ」
「今まで婚約者はいらっしゃらなかったんですの?」
アーデルハイトの疑問は尤もなものである。
アーデルハイトの婚約が、本来なら第一王子と進んでいたように。第二王子もまた、その婚約については早々と決まっていてしかるべきものだ。
なのに、アーデルハイトと婚約だなんて。悪評のある公爵令嬢と婚約なんて。
なにか、裏があるのではないか。と、疑るのは当然であった。
「……ああ。実はな。一つだけ問題があるんだよ」
「問題、ですか」
アーデルハイト、そしてマックスハイム。二人して息を飲む。
「――性格が、とても悪いんだよ。第二王子は」
そして……婚約者としては、致命的すぎる欠点が口にされた。