第九話
自分のシールドバッシュが、何やらおかしいらしい。
と、気づいたアーデルハイトだが。実のところ、あまり気にしてはいなかった。
強い分には問題ない、と考えているためである。
何にせよ、立派な盾持ちを目指して修練を続けることに変わりはない。
翌日には、庭に大きな鋼鉄製の柱が運び込まれた。地中深く突き刺し、固定。
そう。これが今後、アーデルハイトの練習相手となるのだ。
木製だとあっさり粉砕される。というのは、前日の人形で判明した。金属の鎧でも、すぐにベコベコに凹んで使い物にならないだろう。
だから鋼鉄の、中までしっかり金属製の柱が選ばれた。これなら、シールドバッシュを受けても凹まない。折れない。砕けない。
地面から抜ける恐れはあるが、そこは諦めるものとした。
こうして練習相手も準備完了。アーテルハイトは毎日、鋼鉄の柱相手にシールドバッシュをぶちかますようになった。
来る日も来る日も、シールドバッシュ。時には柱を引っこ抜きながら、練習の日々。
なかなか体力を使う練習でもあった。おかげで、アーデルハイトの身体は随分と様変わり。貴族の令嬢とは思えぬほど、しっかりと筋肉が発達。健康的な身体つきとなった。
そんなある日。アーデルハイトは、とあるお茶会の予定の為に身支度をしていた。
随分前から決まっていた。寄り子の令嬢達との交流を兼ねた、職業選択の儀以後初のお茶会である。
だが。着付けもある程度終わったところで、緊急の連絡が入る。
「……申し訳ありません、お嬢様」
悔しそうに、クララが頭を下げる。
「カリス様、ビビアン様、ローラ様。皆さん同時に、体調不良とのことです。今回のお茶会は、無かったものとなりそうです」
「あら、そうですの?」
何でもないように、あっさり受け入れるアーデルハイト。だが、実際のところ、これはかなり屈辱的な話である。
よりにもよって、寄り子の貴族令嬢達が。同時に体調不良、というありえない理由でお茶会を欠席。
あまりにも、寄り親であるレイブンアロー公爵家を馬鹿にした態度。それもこれも、恐らくは。
アーデルハイトが盾持ちになったから、舐められているのだ。
「ちょうど良かったですわ。昨日から、何か掴めそうな感覚がありますの。間隔を空けずに練習をしたかったところですわ」
しかし、そこはアーデルハイト。全く気にした様子もなく。むしろお茶会が潰れてラッキーとでも言いたげだった。
とはいえ、それでも侮辱されたことに変わりない。
アーデルハイトを尊敬しているからこそ。クララは納得出来なかった。
「……アディお嬢様。本当にこれで良いのですか?」
クララは、二人っきりの時だけ許された呼び方。愛称の『アディ』を使って、その真剣さを訴えかける。
「盾持ちだからと言って、寄り親をないがしろにして良い道理などありません。だというのに、彼女達は、理由をつけるにしても適当すぎる理由で欠席しています」
「そうですわね。笑っちゃいますわ」
「だったら、お嬢様はっ! ……お怒りに、なられないのですか?」
どうにか言葉を鎮めて。侍女らしい言葉遣いで尋ねるクララ。
そんな真面目なクララのことを。――本当に可愛らしい子ですわね。などと思いながら。
アーデルハイトは堂々と答える。
「構いません。盾持ちを見下す貴族がいることも、承知の上ですもの。あちらから距離を取るというのなら、むしろ都合が良いですわ。練習する時間も、勉強の時間も増えますもの」
ふふっ、と笑みを零すアーデルハイト。
「その分、わたくしは前へ進みます。いずれ結果が、何もかもを見事に纏めてくれるはずでしょう」
つまり。しっかり練習を続けていれば、いずれ見返すような機会が訪れる、と。
だから自分のやるべき努力を、しっかり続けていればいい。
アーデルハイトの言いたいことは、正にそれであった。
「……失礼いたしました、お嬢様」
今度は、また違った意味でクララが頭を下げる。
「私程度の尺度で、お嬢様の器を図ろうとしたこと事態、おこがましいものでした」
「構いませんわ。わたくしの代わりに怒ってくれるクララがいて。少し嬉しかったもの」
アーデルハイトの言葉に、クララは安堵する。そしてなおさら思う。やはりお嬢様は、特別な方なのだ、と。
程度の低い侮辱程度では揺らぐことも無い。芯の通った、本当にお強いお方なのだ。――と、クララは改めて思った。
だからこそ。クララはそんなアーデルハイトの専属侍女であることを、幸福に思う。素晴らしい主の下で働けて、幸せだと。
そして――そんなアーデルハイトだからこそ。クララは、いつでも、どんな時でも味方でいたいと考える。
「――では、お嬢様。お召し替えを手伝います。早く庭に出て、今日の修練を始めましょう」
「ええ。お願いするわ、クララ」
言って、アーデルハイトは。盾持ち訓練用の装備へと、クララにされるがまま着替えていく。
その日。庭でのアーデルハイトの訓練は、いつもより気合の入ったものになったとか。
そんな様子を見て、屋敷の誰もが思う。これなら安心できる、と。
これだけお嬢様が頑張っているのだから。盾持ちが始まりでも、きっと最後は素晴らしい上級職に就けるはずだ、と。
誰もが疑っていないのであった。