文学少女と龍とドラゴン
「ごめん。本当に…」
「ううん。誰も悪くないよ」
卒業間近の高校生、来栖裕二と生粋の文学少女・佐奈美雅は、ひょんなことから秘境にいた。
尤も、未だ誰一人として足を踏み入れたことのない、前人未踏の秘境などというものが、この現代日本に存在するとは思い難いが、ろくに方向を示さないコンパス片手に道なき道を、視界を遮るほどの木や蔦や苔が生い茂る鬱蒼とした密林を歩くうち、およそ断崖絶壁と呼ぶに相応しい、見上げれば自然と口が開いてしまうほど見事に切り立った場所に行き着いた。
早い話が遭難である。
絶壁が立ちはだかり、これ以上は進むことも出来ず。
が、引き返すにしても、何処をどう歩いて来たのかも判らず。
下手に奥へ奥へと迷い込めば、それこそ野垂れ死にすることになるやも知れず。
ならば、もう余計に動くことはせず、雨風の凌げそうな場所を探すことにした。
結果、ぽっかりと口を開けた洞穴を絶壁の途中に運良く見つけ、二人は歩き疲れ果てた身体を休めているところである。
携帯用ランタンの灯りに照らされ、ペットボトルの水を飲みながら裕二が言う。
「何だか子供の頃にテレビで観た、日本昔ばなしの中にいる気分だよ」
「うん。雰囲気はあるね」
「あ。ところでさ。龍っていると思う?」
「龍? どうかなあ…」
生粋の文学少女・美雅は、これまで読んだ本を参考に、龍の姿を思い描いた。
「長くて巨大で全身が鱗で覆われてて、そのうち喉下の一枚だけが逆鱗で、口元に長い髭があって、空を自在に立ち昇って、啼き声で雷雲や嵐を――」
「あ。うん。もうそれくらいで。ありがとう」
「そう…」
「だけど、僕が言っている龍は、もっとこう――」
「恐竜みたいな?」
「そうそう。そういうやつ」
生粋の文学少女・美雅は当然、ハイファンラノベ一冊あれば飯が三杯はイケる、コアなへビーユーザーである。
「それだと龍というよりドラゴンかな」
「ああ。ドラゴン…」
「どちらも神話や伝説上の架空生物だけど、日本や中国で言うところの龍と西洋のドラゴンはイコールじゃないよ」
「ふうん」
「とても大きい蜥蜴みたいな姿で、龍と決定的に違うのは、空を飛ぶための両翼があること。本によって違うけど、大抵は口から灼熱の炎を吹き出したり、姿を見た者を宝石に――あ。だけどドラゴンは肉食だから、人間なんて頭からパクリだよ」
「容赦ないな」
「冒険者がいるファンタジーな世界の生き物だし」
「そっか…。で、眼前にいるコレは?」
「ドラゴン」
読了、感謝いたします。ありがとうございました。
尚、時系列的に第一話となる《ひとりぼっちの文学少女に…》も投稿済みです。
宜しければ、是非。