第89話 ムサシ・ムラサメ
~藤野すみれside~
妖魔界を訪れた私は何かに引き寄せられるようにみんなとはぐれ、雨が降っていて湿気を感じる町に不時着した。
そこにはアジサイがさまざまな紫色に染まり、梅雨の時期を迎えているようだった。
すると唐傘お化けの妖怪が私に唐傘を渡してこう言ったんだ。
「君は見ない顔だね。その姿はもしかして人間かい?」
「はい。実はヒメギクに七人将のことを紹介され、この妖魔界に訪れました。それより…この町は今は梅雨なのですか?」
「ううん。この町はシグレの町といって、ずっと雨が降る地域なんだ。だから僕みたいな唐傘や河童など水や湿気に強い妖怪が集まっているんだ。君は人間だし雨に濡れたら風を引く。僕の特製唐傘をあげるよ。」
「ありがとうございます。」
傘を渡された私はこの町を少しだけ散策し、ずぶ濡れになった私服から着替えるために呉服屋で服を買い、新たに梅雨用の着物に着替えた。
この町はずっと雨が降っていると聞いたが、その分水が豊富で水源に困らない町だった。
さらに旅人用の傘屋も多く他の妖怪たちも訪れるため合羽も売られていた。
七人将の手がかりを探すべく、たとえ一人になっても自分のやれる事のために妖怪のみんなを訪ねた。
「うーん…七人将さまは先代妖魔大王が暗殺されて以降みんな隠居しちゃったからね。我々も行方を探しているんだけど、有力な情報がないんだよね。」
「そうでしたか。やはり主を守れなくてショックだったんですね。」
「地獄界からの罪人共と交戦している時に暗殺されたんだ、間に合わないのも無理はないよ。彼らは責任感が凄く強いから自分たちでは妖魔大王さまの護衛は出来ないと判断し、どこかへ消えていったんだよ。」
「そうでしたか…。見つけるのは難しそうですね。ありがとうございました。」
「ああ、でも待って。この町で噂になっているんだが…七人将の一人のムサシ・ムラサメといって、彼の目撃情報が子どもたちによって報告されているんだ。場所は最も雨が強く豪雨だから妖怪でもなかなか近づけない危険な場所でね。あのキリガクレ山の頂上らしいんだ。子どもたちは好奇心旺盛すぎてよくあの山に登ろうとしてね、大人のみんなはいつも苦戦しているよ。」
「なるほど…私はどうしてもムサシ・ムラサメさんに会いに行きたいのでその山に向かいます。いい情報をありがとうございました。」
「あまり無茶しないようにね。あそこは豪雨が降る山だから念のために合羽を買ってね。それとゴーグルと防水足袋と雪駄もね。」
こうしてムサシ・ムラサメさんの情報を聞いた私はキリガクレ山に向かう。
河童の妖怪のご厚意で防水機能のある衣服を購入し、ムサシ・ムラサメさんの力を伝授されるために準備した。
歩けば歩くほど泥濘で足元のバランスを崩し、上に登るほど雨が強くなっていった。
同時に風も強くなり、前に進む者を拒むようだった。
山の山頂まで登り切ると、上裸の男性が杖を持って雨の中で振り回していた。
その姿はとても美しく豪快で、まるで武芸を見せられているようだった。
私が不用意に近づけばおそらく返り討ちに遭い、そのまま気絶させられるだろう。
男性の武芸に見惚れていると、さすがに近づきすぎたのか気付かれてしまった。
「ついに来たのか。新たな妖魔使いの人間が。」
「あの…あなたは…?」
「俺を知らないとは遠い未来の人間界から来たのだな。俺は村雨武蔵、ここではムサシ・ムラサメと皆が呼ぶがな。」
「あなたが…ムサシ・ムラサメさん…!私は…」
「言わなくてもわかる。ザイマ一族を討伐し、ホロビノミコという黒幕をおびき寄せた妖魔界の英雄、月光花の藤野すみれだろう。」
「何故私の名前を…?そうか…もう妖魔界にも知られているんですね。」
「妖魔大王さまは同じ人間でありながら器が大きく、罪人の反逆でも力で押さえつけずに心を開かせてなだめていた。否定するのではなく肯定し、そして反省のチャンスを与え本当に反省すれば罪を軽くするほどだった。だがそれを都合のいい様に悪用する罪人共には一切容赦しないなど見極める目を持っていた。そんな妖魔大王さまが暗殺されたと聞いたときは、俺はなんて無力なんだ…と思ったさ。それ以降この山に籠って修行を続けたのだ。それに…俺はどこかで俺は強いと傲慢になっていたのかもしれんな。その戒めとして今も修行を続けている。お前も共に修行しないか?」
「七人将さまでもそう思われるのですね。偉大な方と聞いていたのですが…意外でした。是非あなたと共に修行させてください。」
「なら俺がようやくものにした究極奥義を伝授する。その名は…神風ノ豪雨だ。」
「神風ノ豪雨…!」
「それはこの杖を天に掲げ、神の力を借りて豪雨のように一撃で相手を上から叩く技だ。だが神の力を得るが故に神に認められたと自分に驕る連中が後を絶たない。そして自分に驕ると神は怒りだし、二度とその技を使えなくする上に神隠しに遭ってしまうというリスクもある。」
「神さまに無礼を働かないようにするんですね。人は一度大きな強い力を得てしまえば最強だと傲慢し、力を振りかざして上に立とうとするから…。」
「だから人間には本来使えない技だ。俺は七人将として半人半妖になったからギリギリ使えたのだ。今から俺がお前に神の力を与える。そして…俺が術で作りだした土人形たちと組手をせよ。あまりの強さに自分を見失うなよ。」
「望むところです。では…参ります。」
「では…全能なる主ヤタノ・スメラギよ…この子娘にあなた様のお力を与えたまえ…!」
「うっ…!」
「ふぅ…。どうだ、力が湧いてくるだろう。これなら誰でも倒せる気がするだろう。」
「はい…何故か自信が湧いてきます。どんな敵でも倒せる気がします。」
「そうか…では土人形を形成する。村雨真拳奥義…土人形転生!」
「あの偉大な七人将さまの形成した土人形だ…油断せずに行こう。はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
私は土人形を相手に杖を振りかざし、無限に現れる土人形を相手に必殺技を使わずに無双し、もはや敵などいないと思い込んでもおかしくなかった。
だけど私は自分の力に溺れてしまうとオニゴローのように力を悪用し、守れるはずのものを守れなくなってしまうのが怖くなった。
強すぎる力はいずれは迫害を呼んでしまうものだが、私は決して自分は強いと思い込まず、私は完璧な力を得たとしてもまだ心は未熟で弱いのだと言いつけ、そしてその完璧になれるように自分なりに強くなろうと決心し、神に祈りを捧げてようやく必殺技を放つ。
「自分が強いと驕る時ほど弱く脆く儚いものはない…。オニゴロー…君と戦えて本当によかった…。君がいなかったらこのまま私は強すぎる力に頼り、何かを破壊するところだったよ…。だからこそ…これは絶対に決めるよ。真・神風ノ豪雨!」
「何だと…!?」
ムサシさんでさえ足で支えるのが手一杯なくらいの威力で台風の豪雨のような殴打を放った。
土人形たちは跡形もなく消え去り、天候が先ほどまで豪雨だったのに空が晴れ始めた。
山頂にはスミレやフジ、リンドウにアヤメ、キキョウなどの紫色系の花が咲き、アジサイもまた色とりどりに咲き誇っていた。
ムサシさんは驚き半分と好奇心半分で私に近づき、私の右肩をポンっと叩いてこう言った。
「俺の究極奥義をあっさり超えるなんて、やっぱり妖魔界の英雄はダテじゃないな。俺の完敗だ。お前は将来、ヒメギク妖魔大王さまの七人将に任命されるかもしれん。ホロビノミコとの戦は厳しいが、きっとお前なら乗り越えられると信じているぞ。」
「ムサシさん…ありがとうございます。」
「せっかく千年ぶりに晴れたんだ、町でお祭りしようじゃないか。俺も俺を越えるものが現れた記念に町に姿を出すか。」
「いいんですか?」
「修行はもう終わりだ。それに…俺もまだまだだって思い知ったからたまには息抜きするさ。ほら、行くぞ。」
「はい。」
こうしてムサシさんによる傲慢の試練を突破し、新たな究極奥義を会得して山を下って町に戻る。
久しぶりの下山に町中がお祭りになり、千年も振り続けた雨が上がって日が昇り大きな虹を描いた。
妖魔界も人間界と同じ美しい景色を見せ、私は感動のあまりに笑顔が止まらなかった。
つづく!




