第16話 東京旅行・後編
2日目を迎えた私たちは、私服に着替えて急遽両国国技館に向かう。
というより、花柳先生がずっと行きたかった場所で、チケットも8人分用意してあった。
その両国国技館では今、大相撲の5月場所が行われている。
ゴールデンウィークでちょうど盛り上がりを見せている大相撲の光景はどんな景色かな。
「へぇ、花柳先生って意外と体育会系なところがあるんですね!」
「確かに大相撲観戦が趣味とは通な趣味を持っているな。」
「そういえばご友人に大相撲の親方をやっている人がいたよね。その人が私たちのために集めてくれたんだって。」
「でもこの時間だとさすがに人がいないわね。」
「この時間はまだ序の口力士、いわば若手の力士が昇格を巡って戦っているからね。」
「そういえば紅葉さんはどうなされたでございますか?」
「ああ、もみじちゃんならさっき急に電話が鳴って、その相手をしているみたいですよ。」
「おしゃべりも結構だが周りも見るのだぞ。ここは角界のお偉いさんだけでなく、多くの芸能人や実業家も訪れるのだ。くれぐれも粗相のないように。」
「はい!」
大相撲を観戦する人の中にはお金持ちの方もいて、実業家や投資家、さらに大物芸能人なども観戦をする。
有名な好角家では平安館大学理事長を筆頭に悪魔の大王のサタン大王閣下さん、そして株式会社ツッパリ不動産会長の白鵬将さんなどの人も来るほどだった。
「ひが~し~!やま~な~か~!に~し~!さい~と~う~!」
「申し訳ありません。遅くなりました。」
「誰から電話だったんだい?」
「従姉妹の紅葉しのぶです。まったく…あの子は相変わらず紫吹流に勝負を…。」
「この間言ってた分家の関東の従姉妹だよね。結構負けず嫌いなんだね。」
「誰に似たのかはわかりませんが、どうもライバルともなると負けたくないと思うようです。」
(紫吹流の子の名前をつぶやいていなかったかしら…?)
「どうなされました?常盤先輩。」
「いいえ、何でもないわ。それよりも相撲を観戦しましょう。」
「さぁよく見るとよい。彼らは番付が一番下だが、昇格を目指すために給料がもらえずとも地道に稽古を続け、この本場所一つに全てを賭けている。ローカルアイドルだとテレビの給料はもらえてもその他の活動ではギャラが発生しないこともある。彼らとそなたたち、よく似ているであろう?」
「はい、確かにその通りでございます。」
「そなたたちにはそんな彼らの必死な姿を目に焼き付け、明日のライブの糧にしてもらいたいのだ。それに…某の事も知ってもらう目的も多少は果たせた。」
「そういえば花柳先生は謎多き人と業界で言われてましたね!」
「ひまわりちゃん…それ禁句…!」
「ほう…もうアイドルに精通する日向さんには知られていたのか。某も随分知名度があるものだ。では日向さんに問おう。明日のライブのセンターは誰が相応しいと思うのかね?」
「う…それは…!(悔しいけど私じゃなさそう…。)」
「ふむ、まだセンターへの自信が足りぬか。目を見ればわかるぞ。そなたは少し空気が読めぬ事を自覚はしているようだな。」
「すみません…!」
「よい、それも個性の一つだ。人間に完璧な者などいないのだからな。人それぞれ利点と欠点はある。それをカバー出来るかどうかで、きらめきはより光を増すのだ。自分をあまり卑下するでないぞ。」
「はい!」
ひまわりちゃんは度々何かを思いついてはトラブルを呼んでいて、自分自身もそれを自覚していた。
それがコンプレックスでアイドルに興味があっても、今までアイドルになろうと私を誘わなかった。
そんなひまわりちゃんが私を誘ったという事は、きっと花柳先生に憧れていて、我慢してた夢が爆発したのかなって推測もした。
そのトラブルメーカーな一面を認めつつ、ちゃんと活かすにはどうするかを花柳先生に教わり、ひまわりちゃんも納得してセンターへの自信を手に入れたかな?
大相撲の方は花柳先生が個人的に観たいもので、無理して全部付き合わなくていいとは言っていた。
それでも私たちは最後まで付き合い、花柳先生の事をもっと知ろうと努力し、お互いの話をたくさんした。
そして…
「ついに幕内が始まるわね!」
「優勝候補は横綱の鷹ノ海かもしれないね。」
「最近はわずか2年で異例の幕内進出した八岐龍もいますね。」
「さらに前場所優勝のロシア出身の志辺里亜もいるでございますね。」
「ほう、皆もそれなりに知っていたのか。」
「平安館学院という男子校で相撲部があって、よく全校応援にも行ってて知ってるんです。」
「某が通っていたころは相撲部はあまり強くなかった。だが近年では補強と育成に力を入れ、大相撲出身のコーチも加入して一気に強くなったのだ。某はこれでも元相撲部だったのだ。」
「ええ!?」
「あんなに細くてスマートなのにですか!?」
「意外すぎて驚きました…!」
「だが生憎食べても体は大きくならず、それが悔しくて大きさよりも技を極めようと何度も自主稽古に励み、最後の大会では当時の高校生横綱相手に奮闘し、勝利を収めたのだ。だが残念ながら某は団体戦だったが故、チームは1回戦敗退。最後は惨めだった。横綱戦での試合が原因で右足首を痛め、今でもまともにすり足も出来ぬ。だから相撲界に入るのを諦めた。」
「そうでしたか…!」
「だが今となってはそれが糧となってプロデュースをしている。平安館学院という母校で日本文化を習い、もっとよき伝統文化を広めたいと思い、相撲界を諦めてテレビの仕事に入った。そしてアイドルを通じて日本文化をもっと大勢の民に知られ、減少傾向にある伝統文化の人口増加と存続の維持を決めたのだ。」
「それが数々のアイドルプロデュースでございますね…。」
「さぁもう出るぞ。ここからはすり足稽古だ。体力もつけねば長い単独ソロライブで最後まで持たぬぞ。」
「うっ…!」
「常盤、そう怖い顔するな。私が教えるから。」
「あのっ!最年少で何を言ってるんだと思われますが…すり足なら私の道場でよく稽古してますので…だから…」
「ええ、それじゃあ冬野さんと紅葉さんにお願いしようかしら。目上や同級生だけでなく目下からも見習わないといけないこともあるしね。」
「ありがとうございます!」
「ふっふっふ…某はこのような団結力のあるグループをプロデュース出来て誇りに思うぞ。ではセンターを発表する。明日のデビューライブのセンターは…春日はなさんだ。」
「え…?」
「春日さんからは神に従事している仕事柄だからか神聖な気を感じるのだ。その気で皆を引っ張り、ファンを魅了する事が出来るであろう。引っ込み思案なのは承知している。だからこそそなたに託したいのだ。」
「えっと…いいんですか…?」
「はなだったら私もサポート出来るよ。心配しないで、私たちがついているから。」
「ひまわりちゃん…。えっと…不束者ですが、よろしくお願いします!」
「はい!よろしくお願いします!はな先輩!」
「君なら出来ると信じているよ。」
「春日さん、自信持っていきましょう!」
「最年長として春日さんを支えるでございます。」
「私たちは妖怪たちの期待も背負っている。彼らの期待にも応えよう。」
「はい!それとね…花柳先生と話し合って掛け声決めたんだ。それはね…日ノ本に咲く黒き花!夜空を灯す淡い月!月光花!いざ参る!に決まったんだけど、どうかな?」
「いいじゃん!影のアイドルっぽくてカッコいい!」
「和のテイストにピッタリだね。」
「はな先輩が決めた掛け声、素敵です。」
「確かにこれは決まりそうね。」
「異論はございません。」
「早速掛け声頼むよ。」
「はい!日ノ本に咲く黒き花!」
「「夜空を灯す淡い月!」」
「月光花!」
「「いざ参る!」」
「某は満足だ…。」
こうして月光花の団結力を高めるために両国国技館で花柳先生の事を知り、掛け声も決まって絆が深まる。
ヒメギクちゃんも本当は連れていきたかったけれど、今は春日家で巫女のバイトをしている。
彼女もきっと…ライブに来るのかな。
そしてついに…本番を迎えた。
つづく!