第120話 卒業
月光花世界ツアーも最終日に近づき韓国のソウルを旅立った私たちは日本に帰国して故郷の京都に向かう。
花柳さんはみんなの事を気遣うように少しだけ距離を置いていてお千代さんは背中を押すようにするもののどこか躊躇いを感じた。
大阪でのツアーファイナルに向けていつも通り花柳文化劇団の稽古室でライブの最終稽古に励んだ。
最後のレッスン日になると花柳さんは私たちを集めて重大な発表があると言いついに発表した。
「皆の衆、長い世界ツアーはご苦労であった。長旅でさぞお疲れであろう。だがこのツアーを終えればそれぞれまた仕事に入るであろう。そこで某から皆の衆にどうしても伝えねばならない事がある。決してSNSに発表するでないぞ。」
「ゴクリ…。」
「春日はなさん、日向ひまわりさん、紅葉もみじさん、藤野すみれさん、冬野つばきさん、常盤わかばさん、そして紺野るりさん…。そなたたちは月光花として今後も活動を続ける代わりに…もう某の下を離れ卒業をしてもらう。そして今後の活動に至っては新たに焔間ヒメギクさんには正式にプロデューサーに就任してもらう。」
「そんな…!」
「花柳先生から卒業ですか…?」
「どうして今それを…?」
「事務所を退所しろってことですか…?」
「案ずるでない。某のプロデュースから卒業するのであって事務所はそのまま所属してもらう。いわばこれは某のプロデュースから卒業するだけの話だ。本当はもっと早くそなたたちに伝えねばならないと思っていたが…早いほどそなたたちはパニックになりツアーに集中出来なくなると恐れてしまったのだ。それに某は…あのアクドーの直系の子孫だ。この国の英雄を仕切るには相応しくない。そして…この月光花は某が育てるにはもう大きくなりすぎた。某の指導がもう必要がないくらいにだ。もし認められないのであればアイドルを引退せねばならぬが…どうするかはそなたたち次第だ。突然この様な事を言ってすまないと思っている。だが…これが某の今の気持ちだ。わかってほしい…。」
「そうですか…。確かにこの事務所は何人も日本文化人や元・力士、現役棋士などが集うほど大きくなり、経営に回って管理しないとですものね。私たちのプロデュースに手が回らなくなるのも無理はないですね。」
「常盤さん…。」
「それにもう花柳先生はご立派に私たちの成長を成し遂げました。アクドーの直系でも恐れずにすべてを話し、そして京都のみんなは受け入れて私たちを託しました。ここまで来れたのは先生のおかげです。」
「それに私たちは花柳先生がいなければ悔しい思いのままアイドルをやめてしまったと思います。私たちがショックを受けてツアーに集中出来なくなるのが怖くてずっと一人で悩んでたんですよね…。でももう大丈夫です。いずれは覚悟していましたから。」
「紅葉さん…冬野さん…。」
「先生のご指導があったから道を踏み外さなかったのでございます。お千代先生もずっと花柳先生の葛藤をご覧になられたのでございますね。心中お察しいたしますが、もう私たちなら大丈夫でございます。これからは私たち自身で羽ばたいていくでございます。」
「私たちが大きくなったのは他の誰でもなく花柳先生のお力です。妖魔使いとして負けそうでもあんなに命をかけて敵陣に乗り込んだあなただからこそ最後までついて行こうと思ったんです。私たちからは感謝しかありません。」
「紺野さん…藤野さん…。」
「本当は離れたくないです…卒業なんてしたくないですけど…独り立ちしないといつまでもアイドルとして前に進めないんですよね…。寂しいですけど…先生の意志を受け継いで…もっと頑張ります…。」
「はな、泣かないで…。私まで泣きそうになるじゃん…。花柳先生…前までの私ならきっと嫌だってわがまま言ってましたが、先生の支えがあったからこそ心も成長したと思っています。だからこそあえて言います…。3年間ありがとうございました!」
「春日さん…日向さん…。某は幸せ者なのかもしれぬな…。教え子に恵まれ…京都の民に受け入れられ…妖怪や世界の人々にまで支えられ…お千代にも何度も助けられた…。某から言う事はただ一つだ…。ありがとう…。」
「旦那さま…。」
「焔間さん…今後の月光花をよろしく頼んだぞ。某はこの世界ツアーの大坂でのファイナルライブを最後にプロデューサーとして有終の美を飾ろう。さぁ明日からリハーサルだ。ここからは厳しくいくぞ。」
「はい!」
こうして月光花はリハーサルで手を抜かずに最終確認までし、花柳先生のいつもより厳しい稽古で月光花は弱音を吐かずについてきた。
そして大阪ドームでのライブ当日、世界中から月光花のファンが集まり推定5万人くらいは来場していた。
同時に東京ドームではアルコバレーノのファイナルライブが開催されまさにアイドル関ケ原と表現されるまでに盛り上がった。
「やっぱり緊張するね…。」
「はな、深呼吸するんだ。まずは息をゆっくり吐いてごらん?」
「はぁ~…すぅ~…」
「少しは治まったかい?」
「うう…やっぱり緊張する…。」
「無理もない。これだけのファンが世界各地から集まっているんだ。私もなぎなたの全国大会決勝の時よりも緊張するぞ。」
「そうですね。でもここを乗り切らなければ花柳先生に有終の美を飾れません。最高の笑顔と恩返しを先生にしましょう。」
「月光花の皆さーん!お客さんです!」
「こんな時に誰だろう…?」
「皆さん、お久しぶりです。」
「UMD48の白石さん!?」
「どうしてここにいるの!?」
「実は私が関係者席に呼んだんだよ。」
「ヒメギクちゃんが…?」
「世界各地を飛び回ってのツアーファイナルおめでとうございます。そしておかえりなさい。あなたたちが見てきた世界の景色はきっといい経験になったと思います。私たちUMD48も世界ツアーを何度も経験しましたが…あなたたちに負けて以来は悔しさと同時にまだまだ成長できると実感しました。本当にありがとうございます。」
「そんな…あなたたちがいたから私たちもここまで来れたのよ。白石さんたちを目標にして西日本を代表するようになったからあなたたちは誇りに思って?」
「常盤さんは優しいんですね。やっぱり月光花のリーダーは器が大きいですね。それじゃあ皆さん、ライブが終わったらお茶でもしましょう。関係者席で待ってます。」
「はい。ありがとうございます。」
「それじゃあみんな、あの掛け声をやろう!」
「うん!」
「あのっ!今回は私に掛け声をやらせてほしい!」
「ヒメギクが…?いいよ!やって!」
「ありがとう!それじゃあ…日ノ本に咲く影の花!」
「「夜空を灯す淡い月!」」
「月光花!」
「「いざ参る!」」」
こうしてみんなはステージに立ち、世界ツアー最後のライブにに挑む。
花柳先生はプロデューサーとして最後の責務を果たすためにいろんなスタッフさんと連携してみんなを支える。
ライブは成功しアンコールが出るほどでみんなはアンコールに応えるべくもう一度ステージに上がった。
つづく!