第111話 誓い
~紅葉もみじside~
ライバルの紫吹ゆかりさんに負けじと仕事を続けてきましたが、さすがに長い戦の疲れを癒すには休息も必要と判断し、私は今まで溜め続けていた休暇の日を秋になって使います。
9月になり私たち紅葉流忍術は十五夜に備えて月見パーティを開きます。
しかも今回は埼玉の春日部からはるばると従姉妹の紅葉しのぶが駆けつけて来るそうです。
十五夜の当日に私は今日も忍術の稽古を…せずに趣味であり癒しである和菓子作り、とくに好物の芋ようかんを作ります。
「ふぅ…やはり鹿児島のサツマイモで作った芋ようかんは香りだけで美味しそうだと感じますね。しのぶは私が作った芋ようかんを喜んでくれるのでしょうか…?」
「もみじお嬢さま、茶道の先生がお見えになられましたよ。」
「ではおもてなしをしてあげてください。先生は稽古の疲れを癒すお茶を淹れる方ですから日頃の感謝を込めてくださいね。」
「わかりました。それともみじお嬢さまにお客様が。」
「お客様ですか…?では私が自ら参りましょう。」
「わくわく…。」
「こちらです。」
「もみじお姉さまぁーっ!」
「きゃっ!?しのぶ…またはしたない事を…!」
「お姉さまに会える日をこれほど楽しみにしていた日はございませんわ!やはりお姉さまは美しい…憎き紫吹ゆかりより断然美しいですわ!」
「もう、またゆかりさんに決闘を挑んだのですか?負けず嫌いなのは誰に似た事でしょう…。」
「くすくす…。もみじお嬢さまは無自覚のようですね。」
「とにかく上がりなさい。せっかくいらしたのですから月見パーティの準備をしましょう。」
「はーい!」
しのぶは誰に似たのかはわかりませんがとても負けず嫌いで、ライバルと決めた人には決闘を申し込むという性分でした。
決闘と言っても喧嘩ではなく単純にどちらが忍びとして優秀で、例えばどちらが刀を抜くのが素早いか、どちらが長い距離を速く走れるか、どちらが正座を長くし続けられるかなど他愛もないものでした。
私が独り言をつぶやくと周りの皆さんは何かおかしかったのかクスクスと微笑み、聞こうとするもしのぶが袖をギュっと握りしめ構ってほしそうに見つめていたので諦めました。
しのぶを中に入れて私はしのぶが来た時のために用意した芋ようかんを置いてある今に案内し、お茶の先生が淹れたお茶を用意します。
「さぁしのぶ、ここでゆっくり休んでくださいね。」
「はい!お姉さま…」
「しーっ…!」
「あっ…ここ道場でしたわね…。ごめんなさい。」
「よほど私に会うのが嬉しかったのですね。私も久しぶりに会えて嬉しいですよ。さぁ私が作った芋ようかんと、茶道の先生が淹れたお茶です。ごゆっくりご堪能ください。」
「はい、お姉さま。」
少しやんちゃなしのぶですが、お茶のマナーについてはしっかりしていて私と先生に礼をしました。
飲むときも音を立てずに素直な感想を言い、美味という言葉に先生は少しだけ安堵していました。
そして自家製の芋ようかんを食べた時には美味しそうにほっぺを手に取り、幸せそうによく噛んでいました。
芋ようかんを作るのは実ははじめてで、テレビで取材した行きつけの八橋屋の職人さんに作り方を教わり、それを実戦で初披露しました。
しのぶは満足そうに私に礼をし、少し食休みしたところで月見パーティの準備にかかりました。
紅葉流忍術は秋道佐助さまがご先祖さまに忍術の心得を教え、そして独自に武術と鎖鎌術、とくにご先祖様が最も得意としていた二刀術を研究して多くの門下生を得て発展したのがきっかけで創立されました。
歴史としては西暦の戦国時代から続き、おそらく2500年くらいは経っているでしょう。
パーティが始まるまで私はしのぶと共にカラオケに向かい、そして自分の歌を目の前で歌いました。
「すごいですお姉さま!まさか本家の声を聴けるなんて幸せですわ!」
「はい。これでもゆかりさんに負けないくらい努力を積み重ねてきましたから。しのぶは前に会った時より成長したのですか?」
「もちろんですわ。同い年の男子で紫吹流の門下生に体術で勝利しましたの。」
「まさか男の子に勝利するなんて…私も負けていられませんね。私は…」
「知っていますわ。お姉さまが京都だけでなく世界中の危機を救ってくださったことを。紫吹ゆかりも同じような魔王に挑み勝利しましたが、お姉さまだって世界を救ったのですから従姉妹として誇らしいですわ。それに…もう闇雲に決闘を申し込むのは卒業しましたの。3年前に挑んだのは小学4年生で、もう中学に進学しましたからお淑やかになり自覚を持って大人にならないといけませんの。それに…高校は平安館女学校に通うって決めましたの。勉強も頑張って合格して…お姉さまが学んだ事を吸収して紅葉流のさらなる発展に貢献したいのです。」
「しのぶ…。」
「お姉さまはアイドルを続けるのですか?それとも紅葉流の本家として跡を継ぐのですか?」
「それは…まだわかりません。高校1年生になったばかりで進路の事はまだ決めていないのです。でも…アイドルも紅葉流もどっちもこなせてこそ真の文武両道といえます。それにアイドルが家業を継いではいけないというルールはもうなくなったのです。もし本家の免許皆伝がアイドルでいい宣伝になれば、きっと紅葉流はもっと発展すると思いますよ。もちろん…稽古と入門試験は厳しくしますけどね。」
「お姉さま…それでこそお姉さまですわ。お姉さまなら絶対に二刀流を成功させますわ。私も…分家だからと諦めずにいつか本家に認められる忍びになりますわ!」
「はい。伊賀や甲賀、風魔、紫吹に負けない忍びになりましょう。さぁそろそろ5分前です。道場に戻りましょう。」
「はい!」
「ありがとうございましたー。」
こうして夕方になるまでカラオケで歌ったり語り合ったりし、しのぶに今の私の本音をいうことが出来ました。
アイドルと忍術の二刀流は簡単ではありませんが、それでも私は自ら厳しい道を進むと決めたので中途半端に終わらせないように自己暗示しました。
遊び心がある母上が望遠鏡を用意し、少し堅苦しい父上は照れくさそうに浴衣の帯を締め直して母上の隣に寄り添いました。
私は父上の照れる姿をゆかりさんに似ていると思い、少しだけ心が和みました。
「さぁもみじ、それにしのぶちゃん。月見団子を召し上がれ。」
「いただきます。」
「今宵はきっといいよるになるわね、あなた。」
「そ、そうだな…今日は月が綺麗だな…。」
「あら、宗司さんったら改めてプロポーズ?意外とウブなところがあるのね♪」
「なっ…何を言うのだ!私はただ…月景色が綺麗だから言っただけだ!それにお前とはもう結婚しているだろう!」
「照れている宗司さんって可愛いわねぇ。」
「うう…。お前には敵わん…。」
「出会った時もこのように十五夜で美しい月だったわね…。あの頃が懐かしいわ…。」
「ああ…。今思えば私たちの娘があんなにたくましく…京都の英雄になり妖魔界の七人将になった…。私たち親はもう必要ないのかもしれんな…。」
「父上、母上…そんなお顔なさらないでください。確かに親元をいずれは離れねばなりませんが、ここまで成長したのは父上と母上のおかげです。必要ないだなんてそんな事を思うほど親不孝者ではないですよ。それに…私は紅葉流忍術の免許皆伝者です。今は比叡山で修行中の兄の代わりに跡を継ぐ決意も固めています。同時にアイドルとしても中途半端にせず全てやりきります。だから…」
「よい。アイドルについては雅美も了承している。生き方くらい好きにしろ。だから頼む…私たちを超える存在になり、紅葉流に貢献しそして…もみじなりの幸せを掴みなさい。」
「はい!」
「しのぶちゃん、今のうちにもみじと仲良くしてね。あなたの憧れはいずれ超えるべき存在になるのよ。」
「はい!叔母さま!」
「皆さん、紅葉流忍術は戦国時代から続き、西日本で長い歴史を誇っていました。あの頃は影のような存在でしたが、今となってはあの伊賀と甲賀を抜き、紫吹流と共に大きな忍術流派となりました。そしてこれからも紅葉流忍術を発展させましょう。」
「いよっ!お嬢!」
「もみじちゃんについていくわ!」
「イランから入門してよかったよ!神よ、紅葉流にさらなる進展を!」
こうして紅葉流の皆さんと交流を深め、月見パーティを終えて全員道場で寝泊まりしました。
皆さんは紅葉流を受け継ぐ優秀な方々でこのような方々に支えられてザイマ一族やホロビノミコに勝てたと思うと紅葉流本家の直系として誇らしく思います。
長い歴史に驕らずこれからも成長を続け、相手に負けないだけでなく自分自身に打ち砕かれないようにこれからも稽古を続け鍛練を積みます。
そして10月に入り、花柳先生によって重大な発表がなされるのでした。
つづく!